第7話「星系内をぶっちぎれ」

 マルティニーク星系はカリブ宙域の中核星系の一つである。


 元々はここを拠点にカリブ宙域が開発されていったため、多くの企業が進出し、開拓地フロンティアらしい活気に満ちたところだった。

 しかし、超光速機関FTLを遥かに凌ぐ移動手段、ハイパーゲートシステムがバルバドス星系に接続されたため、その価値は急速に低下した。


 今では辺境のカリブ宙域内の中継地点としてしか価値が認められず、この星系に進出していた多くの企業は既にバルバドスに移っている。

 それでも人口は二億人を超え、豊富な天然資源と豊かな大地によって、カリブ宙域にはなくてはならない星系であることは間違いない。


 ドランカード酔っ払い号は超空間から離脱ジャンプアウトし、通常空間に戻った。速度を保ったままという危険な状態だったが、最果てともいえるセンテナリオ星系に向かう船はほとんどなく、大きなトラブルになることなく航行している。


 ジャンプアウト後の確認を終えると、船の人工知能AI、ドリーが星系内に流されている放送について報告する。


『帝国軍基地から情報が流され続けています。読み上げますか?』


「頼む」


『では。“マルキス星系行きジャンプポイントは現在閉鎖されている。船舶の航行は軍の許可が必要である。帝国軍マルティニーク基地航路局にて許可証を発行するため、航行を希望するものは航路局に申請せよ”とのことです。やはり封鎖されていましたね』


「そうだな。航行している帝国軍と星系警備隊ガーズの艦船は識別できるか?」


『はい。三隻の巡視艦パトロールベッセルが航行しているようです。一隻がマルキスジャンプポイントJPに、残り二隻は第四惑星フォール周辺を遊弋ゆうよくしています。巡視艇パトロールボートはトリニダードJPに五艇、パスティールJPとカノーアンJPに二隻ずつですね。他はトリニテJPに一隻です。帝国軍のふねですが、連絡用の大型艇ランチは確認できますが、軽巡航艦、フリゲート艦などは一隻にも確認できません』


 船の人工知能AI、ドリーの報告は予想通りだった。


「ありがとう。すまないが、センテナリオで襲われた情報を軍とガーズに流しておいてくれ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 ジャンプ前はここマルティニークで燃料補給を行うことも視野に入れていた。

 しかし、燃料補給用の港湾施設のある巨大ガス惑星ガスジャイアント、第六惑星ペレの位置が悪く、早々に諦めている。唯一の有人惑星フォールにも当然同じような施設はあるが、そもそも行く気はなかった。


 ここマルティニークは最果てのセンテナリオほど治安は悪くないが、それでも辺境の星系に過ぎない。どこの世界にも悪事に手を染める役人はいる。

 つまり、辺境フロンティアマフィアの力が強いということだ。


 そのため、フォールには最初から行くつもりがなかったが、俺が「フォールには行かない」と宣言すると、ジョニーは「上陸しないのか?」と肩を落とす。

 こいつの場合、単に酒を飲みに行きたいだけだから気にしていない。


 星系内の情報を確認し、「トリニテJPに向かう」と宣言する。


「何でトリニテなんだい? トリニダードの方が近いし、燃料的にもこっちなら補給なしでいけるはずだよ」


 ヘネシーが首を傾げながら聞いてきた。


「勘だ」


「勘? それだけの理由で遠回りするのかい!?」


「ああ。航行データを見たが、トリニダードJPにはおかしな動きの船が多すぎる。それにガーズの巡視艇が五隻もいるのが気になる」


『船長のおっしゃる通りです。トリニダードJP付近には経済速度を無視した船が少なくとも三隻います。それに主要航路とはいえ、トリニダードJPに五隻も巡視艇がいることは不自然すぎます』


 通常なら物資の積載量が少ない巡視艇が基地から遠いJPに一艇いればいいほうだ。大規模な密輸の取り締まりでもやっていない限り、複数いることはありえない。


 特に哨戒艦隊パトロールフリートが出払っているこのタイミングで、多数の巡視艇を航路が集中する有人惑星近くから離すことは不自然すぎる。もし、大規模な事故でも起きたら、対応しきれなくなるからだ。


 ガーズの職員、それも上層部にマフィアの息が掛かった者がいるのだろう。


 もし、五隻の巡視艇が敵に回るとなると、俺が動かすドランカード号といえども逃げ切ることは難しい。

 巡視艇は機動力があり、武装もドランカード号が相手なら充分過ぎる。更にマフィアの海賊船と違い連携もいい。


 この位置だと、トリニテ以外の星系に向かう針路を取れば、すぐに巡視艇が集まってくる。

 誘導されているとは思わないが、現状で取りうる選択肢はトリニテしかありえないという状況だ。


「ところでトリニテって燃料の補給ができるんだっけ?」


 ヘネシーの問いに俺に代わってドリーが答える。


『大丈夫です。現在の惑星の位置ならJPから百光分で補給ベースのロランに到着できますから、〇・二光速で九時間といったところです』


 トリニテ星系は有人惑星がなく、主要航路でもないが、燃料補給と緊急時の避難用の基地ベースロランがある。


「相手は俺たちのように巡航速度の倍みたいな馬鹿げた速度では飛ばない。六時間後に現れても、逃げる余裕は稼げるはずだ」


 その後、星系を横切るような形で、猛スピードで進んでいく。


 トリニテ星系行きのJPまでは二百光分先、〇・二光速、すなわち光速の二十パーセントで十六時間四十分、加速・減速時間を考慮しても十八時間あれば到着する。

 〇・四光速なら九時間強で到着できる。


 何度か星系警備隊ガーズから速度超過の警告が来るが、


「急ぎの用があるんだよ。それにさっきの情報で分かるだろう? そっちで奴らを何とかしてくれるなら速度を落としてもいいが、こっちは航宙法に違反しているわけじゃないんだ」


 星系内での航宙船の速度だが、地上の道路のような制限速度は存在しない。光速の一パーセントで飛ぼうが、五十パーセントで飛ぼうが自由なのだ。

 但し、他の船や施設に影響を与えないという条件はつく。


 星間物質の濃度が濃い惑星近くで光速の二十パーセント以上で飛べば、防御スクリーンが過負荷になって最悪の場合、船が破壊される。そうなると、それだけの速度を持ったデブリを撒き散らすことになるから、当然、ガーズは速度を落とすよう命じることができる。


 今回は他の船に迷惑が掛かることはないし、ドランカード号の防御スクリーンは通常の設計の倍の能力に強化してあることは船の情報としてガーズにも提供してある。

 そもそも軍艦であるスループ艦は安全裕度に余裕がある設計で、改造されていなくても〇・三光速で飛んでも危険は少ない。

 つまり、能力的に問題ない速度だから、ガーズも強く言うことはできないのだ。


 フォールにある警備隊ガーズ本部までは百光分以上あるため、三時間に一回くらいの緩慢なやり取りになる。

 ただ、無茶な速度で進んでいるため、非常に目立ち、この星系にいるマフィアたちに目を付けられる可能性はある。


 マルティニークにジャンプアウトしてから七時間経過したが、今のところ海賊船は現れないし、フォールからトリニテJPに向かう船もない。思ったより順調だ。


『どうやらマフィアのスループは武装商船と一緒に来るみたいですね。もしかしたら、諦めたかもしれないですけど』


「そうだな。諦めてくれれば万々歳だが、いずれにせよ、今更戻るわけにもいかない」


『おっしゃる通りです。トリニテから先のことはお考えですか?』


 ドリーの問いに即答せず、宙域図を確認する。


 トリニテは五つの星系に接続している。


 一つはここマルティニーク。他には逃げてきたセンテナリオ。

 残りの三つがバルバドスに向かうルートの候補だ。


 一つ目はカノーアンに行き、パスティール、トリニダードを経由してバルバドスに入るルートだ。

 二つ目はゴルダに行き、ヴァンダイクかトリニダードを経由してバルバドスというルート。

 最後はレポスに行き、レサント、グレナダを経由してバルバドスというルートになる。


 カノーアンルートとゴルダルートはここマルティニークから先回りすることが可能であり、待ち伏せの可能性がある。

 レポスルートは追跡者から逃れるには有利だが、予想しやすいため、レサントで待ち伏せされる危険がある。


「状況によるがレポスに向かうルートしかないだろうな。レポスに向かうなら、もう一度補給が必要だから、そのことを頭に入れておく必要がある」


『そうですね。レポスに向かうしか手はないと思います。そうなると補給はレポスしかありませんね。そこで補給してしまえば、追われても逃げ切れますし』


 レポスならトリニテでの状況を見て補給ができる。もし、敵が現れなければどこかで待ち伏せしていることになるが、こちらはどこに向かってもいいのだから、もう一度マルティニークに戻ることを含め、選択肢が格段に増える。帝国軍くらいの艦数があれば、そこら中に網を張ることはできるだろうが、マフィアではそこまで船は持っていない。

 逆に追跡者が現れたなら、その時間余裕を見て補給をどこで行うか判断できる。


「それで行くしかないな。ジャンプまで時間がある。それぞれ……」


警備隊ガーズから通信です。スクリーンに映します』


 その直後、コクピットのメインスクリーンに警備隊の制服を着た、脂ぎった感じの中年の男が映し出される。


「ドランカード号に告ぐ。貴船には海賊の嫌疑が掛けられている。直ちにフォールに針路を変更し、警備隊本部に出頭することを推奨する。繰り返す……」


 推奨するということは任意の出頭を意味する。


「推奨するね……フォールとの距離は?」


『百十光分です。ちなみにトリニテJPまでの距離は三十光分、減速を入れても九十五分で到着します』


 こういう時、優秀なAIは楽だ。俺が何を考えているのかを予想して情報をくれる。


「助かるよ、ドリー」と礼を言って、返信する。


「こちらはトレード興業所属の貨客船、ドランカード号の船長ジャック・トレードだ。海賊の嫌疑というが、令状の発行は終わっているんだろうな? こっちは海賊に追われているんだ。こんなところで減速してそっちに向かえば、途中で捕まっちまう。そっちを何とかしてくれ」


 これで往復二百二十分以上の時間を稼げる。その頃にはセンテナリオから海賊たちが現れるかが見極められる。


『不味くないですか? 相手は警備隊ですから、臨検した上で令状を発行することが可能です。こちらが海賊行為の被害者であり、先に告発していることを前面に押し立てるべきです』


「そうだな」


『巡視艇の艇長スキッパーを相手にする方がいいかもしれません。今回の進路変更指示は海賊への協力行為に当たる不当な行為であり、国家賠償法に従って訴えると主張してはどうでしょうか? スキッパーも自分が訴えられるのは嫌でしょうから、本部の言うことを素直に聞かない可能性は充分に考えられます』


「確かにそうだな。今回の指示は明らかにおかしい。この通信記録を盾に取れば、スキッパーも強気には出にくいだろう……トリニテJPにいる巡視艇の名前は?」


『ドランブイです。ラスティ・ニール艇長が指揮を執っていると、ガーズの公開情報にあります』


 いつも通り、即答してくれる。


「ありがとう」とドリーに礼をいい、もう一度通信回線を開く。


「任意の出頭ならトリニテJPの巡視艇に出頭させてもらうがいいな。その方が時間的にも早いし、こちらも経済的に助かるからな」


 これで任意出頭を拒否したのではないと主張できる。

 ガーズ本部がマフィアの指示に従っているとしても、さすがにすべての巡視艇まで手を回している可能性は低い。


「トリニテJPにいる巡視艇パトロールボートドランブイに向かう。スキッパーにも臨検する権限はあるはずだから、これでいいだろう?」


 そこで通信を切り、「ドランブイに通信を送る」とドリーに指示を出す。


 通信回線が開いたことを確認し、もう一度マイクを握る。


「こちらはトレード興業所属の貨客船、ドランカード号の船長ジャック・トレードだ。フォールのガーズ本部がふざけたことを言ってきた。海賊の嫌疑だそうだが、俺たちに後ろ暗いところはない。調査には協力するつもりだが、さすがにフォールは遠すぎるし、追ってくる海賊に捕まる恐れがある。そちらに向かうから、何とかしてくれ。もし、拒否するようなら、貴官が海賊に協力したと訴えるからな。以上だ」


 こちらが近づいているから、早ければ四十分後に返信がくる。それでも減速は相手の出方を待ってからで充分に間に合う。


 四十分後、トリニテJPまでの距離は十四光分にまで縮まったところで、巡視艇から通信が届いた。

 被っている制帽が傾き、やや疲れたような表情が印象的な三十代半ばくらいの男性士官がスクリーンに映し出される。


「こちらはマルティニーク星系警備隊所属の巡視艇ドランブイの艇長、ラスティ・ニールだ。貴船の申し出を受諾した。当方の指定する座標で邂逅ランデブーする。一光分以内に入ったら、もう一度連絡する……」


「了解した。貴官の寛大なる対応に感謝する」


 罠の可能性はゼロではないが、さすがに疑ったらキリがない。


 トリニテJP手前の指定ポイントに向かう。

 やる気のなさそうな見た目だが、ニール艇長は慎重だった。ドランカード号が減速している間、速度を上げて回避機動を繰り返し、更に俺たちが素直に従うのか確認するためか、何度も航路を変更するよう求めてきた。


 素直に向こうの指示通りに動き、指定されたポイントに到着した。


「主機関を停止し、防御スクリーンを解除しろ。こちらの小型艇カッターを左舷側の気閘エアロックに接舷する。警備隊の士官の指示に従い……」


 通信と同時に二十メートル級のカッターが滑るように発進した。巡視艇自体はいつでも主砲を放てるように、ドランカード号を後方で遊弋している。


「まともな士官もいるんだな」と思わず呟くほど、手馴れた感じの中にも緊張感が漂ってくる。


 すぐにカッターから通信が入る。


「警備隊のラスティ・ニール大尉だ。船長は武装を解除した上で、舷門ギャングウエイで待て」


 ギャングウエイは乗客や乗員が使う乗降口だが、ドランカード号の場合、格納庫から入ることが多く、エアロックは緊急用だ。


「うちの船にはギャングウエイなんて上等なものはないぞ。スキッパー自ら出張っていいのかい。まあ、こっちはその方が手っ取り早くて助かるんだが」


 正直言って、スキッパー自ら来るとは思わなかった。

 通常、このような任務では次席指揮官が乗り込み、艇長は船に残って指揮を執る。物好きという話ではなく、危機管理がなっていないと疑うレベルだ。


「手不足なんでな。まあ、下士官連中は優秀な奴が多いから、変な気を起こさないほうがいいぞ」


「了解したよ」と笑いながら返すが、優秀な下士官がいることは疑っていない。実際、異動が多い軍を嫌ってガーズに鞍替えする者は多いからだ。


 エアロックで大人しく待っていると、プシュという僅かに空気が抜ける音と共にエアロックの内扉が開かれる。

 装甲服を身に纏った二人の兵士がブラスターライフルを構えて機敏な動作で飛び込み、周囲を見回し警戒する。


 なかなか訓練が行き届いていると感心する。まあ、宙兵隊上がりのジョニーなら及第点は出さないのだろうが。


 兵士の後に続いて、警備隊大尉の徽章を付けた簡易宇宙服スペーススーツの士官が悠然と入ってくる。更に三人の下士官が後に続く。


ようこそ、我が船へウェルカムボート艦長キャプテン


 二ールは艇長スキッパーだが、慣例通りに艦長キャプテンと呼ぶ。


「マルティニーク星系警備隊のラスティ・ニール大尉だ。海賊行為の嫌疑が掛けられているため、調査を行う。今回の調査は正式な臨検ではないため任意である。そのため、貴船には拒否する権利がある」


 定例文を読んでいるだけで、拒否する権利を行使するとは思っていない。こっちも同じだ。拒否するつもりなら、何だかんだ言い訳をして船に入れない方が簡単だからだ。


「我々は善良な帝国臣民だ。政府の調査には全面的に協力する」


 そこまで言ってから真剣な表情に変える。


「但し、今回の件はおかしなことが多すぎる。もし、異常が発見されないにも関わらず、不当に拘束されるようなら、バルバドスの宙域調停機関に正式に訴え出ることだけは伝えておく。当然のことだが、この調査は船内の監視カメラで記録させてもらうぞ」


 俺の言葉も定型文に近いもので、すぐに表情を緩める。


「と言ったが、好きに見てくれ。うちのクルーは三人。今回はお客さんとして、帝国騎士のご令室とご令嬢が乗っている。失礼のないようにだけは頼んでおくよ」


 俺の言葉にニール艇長も表情を緩める。


「了解だ。私もこんなことはしたくないんだ。まずは指揮所ブリッジに案内してくれ……」


「こいつには指揮所なんていう上等なものはないよ。操縦室コクピットに案内させてもらう」


「コクピット?」と首を傾げたが、すぐに二人の下士官と共にコクピットに到着する。


「確かに操縦席コクピットだな。うちの小型艇カッターのコクピットの方が広いんじゃないか」


 実際に見て納得したが、あまりの狭さに呆れている。


 それに軽く応えながら、相手の様子を窺う。

 第一印象ではマフィアの片棒を担いでいるようには見えない。ただ、役人でもあくどい奴はマフィア以上に厄介だから、気を抜くつもりはない。


 残りの下士官兵はカーゴスペースにいき、不審なものがないかを調べるらしい。

 この対応はシェリーに任せている。相手はすべて男だから、若い美人の方がいいだろうという配慮だ。というより、強面のジョニーや、やる気がないようにしか見えないヘネシーでは印象が悪すぎる。


 操縦室コクピットで公式の航宙記録と航宙日誌ログを確認する。

 そして、マフィアの武装商船とスループとの戦闘記録を見て、呆れたような声を上げる。


「いくらセンテナリオが田舎とはこれは酷いな。しかし、よく回避できたもんだ。軍の操舵士上がりか?」


「ああ、随分昔のことだがな」


「よろしい。では、乗客に会わせてもらおうか。もちろん、先方が了承するならだが」


「すでに了解は取ってある。さっきも言ったが、くれぐれも言葉には注意してくれよ」


 ブレンダは既にキャビンに出ていた。船に乗り込んだときのようなラフな格好ではなく、カチッとしたブランド物のスーツを着こなしていた。


 さすがは貴族のご令室だと感心し、心の中で「ヒュー」と口笛を吹く。しかし、真面目な表情は崩さない。

 生体認証とIDカードで身元照会を行った後、すぐに聞き取りが始まった。


「海賊行為に関して、ミセス・ブキャナンは何かご存知でしょうか?」


「いいえ、逆に船長は私たちがマフィアに襲われそうになったところを命懸けで助けてくださいました。その後も紳士的に接していただきましたわ」


 ニールはブレンダの顔を無表情で見つめている。


「なるほど。では、不躾な質問で申し訳ないのですが、なぜマフィアに狙われているのでしょうか?」


 その問いにブレンダは悲しげな表情を浮かべ、


「夫は惑星開発公社の支社長です。マフィアからいろいろと要求を突きつけられたようですが、それをすべて断ったと聞いております。恐らく、それが原因ではないかと……」


「では、なぜこの船で脱出を? 公社の支社長なら軍を派遣してもらうこともできたと思いますが?」


「詳しく聞いたわけではありませんので、夫の考えは分かりかねますが、私がトレード船長と合流した時、ならず者から銃撃を受けました。恐らくですが、事態が逼迫していたから、腕利きの船長にお願いしたのではないかと思います」


 ニールは五秒ほど考えた後、カーゴスペースに向かった下士官に連絡を取る。


「そっちはどうだ? 密輸品などは見つかったか?」


 すぐに返事が戻ってくる。


『いいえ、特に何もありません』


 その回答を聞いたニールは「海賊の疑いは晴れたようだ。手間を取らせたな」と言って、俺に右手を差し出してくる。


「疑いが晴れてよかったよ。しかし意外だな」


「何がだ?」


「ここらのガーズの士官は必ず賄賂を要求して来るんだが」


 実際、センテナリオの警備隊なら間違いなく堂々と要求してきたはずだ。他の星系でも中央政府の出先機関があるバルバドスですら、要求してくる役人は多い。


「何だ、出したかったのか? なら、受け取ってやらんでもないぞ。うん?」


 そう言ってニヤリと笑った後、「冗談だ。定年まで勤め上げたいんでね」と軽く手を上げ、ひらひらと動かす。


 真面目な役人もいたものだと驚きながらも、ニールたちが船を去るまで油断はしない。


 エアロックまで送り、そこで別れのあいさつをする。


「迅速な対応に感謝する。貴官の航路が明るいものであらんことを」


「こちらこそ、無理を言ってすまなかった。貴船の航路が穏やかであらんことを」


 ニールは部下を引き連れ船を去った。


「ガーズにもまともな奴はいるんだな」と独り言を呟く。


『警備隊の士官にしてはいい人でしたね』とドリーが俺の独り言に反応する。


「運が良かったが、彼はこれから言い訳が大変そうだな。まあ、俺たちはさっさとジャンプするから関係ないんだが」


『そうですね。報告を忘れていました。ジャンプの準備は完了しています。ジャンプポイントへの進入を進言します』


 AIが忘れることはないのだが、こういう何気ない会話が潤滑油になる。


「それではヘネシーに言って主機関を起動させてくれ。チェック完了後にすぐにジャンプに入る」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 俺たちはその二十分後に超空間に突入した。


■■■


 巡視艇ドランブイの艇長ラスティ・ニールは百二十光分離れた警備隊ガーズの本部に報告を送った。


『……巡視艇ドランブイの指揮官ラスティ・ニール警備隊大尉より、臨検結果を報告。バルバドス船籍の貨客船ドランカード号における海賊行為の容疑について臨検を実施。ドランカード号の航宙記録、航宙日誌等を確認した結果、当該船が海賊行為およびそれに類する不法行為を行った証拠は見つからなかった。また、当船のジャック・トレード船長および乗組員クルーに尋問を行ったが、精神状態を示す数値に異常は見られなかった。更に乗客である帝国貴族ブレンダ・ブキャナン夫人も脅された様子もなく、全く異常はなかった……これらのことを鑑み、当該船が海賊行為およびそれに類する不法行為に関与していないという結論に達した……ドランブイ艇長ラスティ・ニール』


 彼はその報告書を作りながら、今回の事件について考えていた。


(また、マフィアに……いい加減上層部もマフィアと手を切るべきだ。最近では政治家や役人だけではなく、軍人すらマフィアの要求を聞いている……)


 ニールは三十五歳になる少壮の士官だが、警備隊のあり方に疑問を感じていた。若い頃には熱血漢と言われていたが、最近ではぼやくことしかできず、部下たちからも敬遠されつつあった。


(トレード船長のような生き方もよいかもしれないな。といっても、俺には家族がいるからそんなことはできないんだが……)


 少し笑った後、すぐにこの後のことを考え、頭が痛くなる。


(……今回は明らかに本部の要求がおかしい。本来、これだけの距離が離れた場所なら、現場の士官に任せるはずだ。今回の俺の判断は間違っていない……まあ、盛大に文句を言われることは間違いないな……)


 四時間後、彼の予想通り警備隊本部から叱責とも取れる通信が入った。


『何をしているのだ! その船をフォールに向かわせるんだ!……』


 叱責されたものの、既にドランカード号は超空間に突入している。このことは警備隊本部も理解しているはずだが、誰かに見せるために怒鳴り散らしているのだとニールは考えていた。


 しかし、ジャック・トレードの言葉にも一部整合が取れないものがあった。

 彼は海賊船がセンテナリオ星系から追いかけてくると主張していた。確かに一度、スループらしき小型艦がジャンプアウトしたが、追いかけることなく、数時間後にセンテナリオに戻っていった。


(航宙記録に不正はなかった。それにしてもセンテナリオ星系で何が起きているんだ? 公社の支社長の家族を狙うにしては大掛り過ぎる……まあ、俺には関係ないがな……)


 そんなことを考えながら、本部の叱責を聞き流していた。

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