第5話「酔っぱらいの千鳥足ダンス」

 俺たちは辺境フロンティアマフィア、リコ・ファミリーの武装商船シンハーから逃れた後、マルティニーク星系行きジャンプポイントJPに向かっていた。


 星系内の最大巡航速度の二倍、光速の四十パーセントという非常識な速度を出し、マフィアたちを徐々に引き離していく。


 ドランカード酔っ払い号の操縦室コクピットには乗組員クルー全員が揃っていた。


 船長兼操縦士の俺、砲手のジョニー、機関士のヘネシーが自分の席に座り、航法士席にシェリーが座る。

 シェリーについては単に空いている席がそこしかなかったためで、航法のスキルを持っているわけではない。


 もっともジョニーも装甲車両や野砲の取扱いはうまいが、航宙船の主砲については素人同然で、人工知能AIの指示に従って確認するだけのイエスマンでしかないが。


「すべてのセンサーを使って隠れている奴がいないか探してくれ」


 俺の命令に全員が「了解」と答える。


「しかし、隠れている奴なんているのかな」とヘネシーがやる気のなさそうな声で呟いている。


「小型艦が必ず潜んでいる。まあ、これは俺の勘にすぎないが」


船長キャプテンの勘はよく当たりますから。それに小型の高機動艦を潜ませておいてから奇襲を掛けて大型艦で脅すというのは、この辺りの海賊の常套手段です』


 AIであるドリーが俺の考えを補足してくれる。


 彼女の言う通り、小型艦は元々ステルス性が高い。専門の索敵艦なら別だが、通常の商船では見破ることは困難だ。


 ちなみにこの行為は航宙法で禁じられている。通常空間にいる船舶は識別信号を発信し続けることが義務付けられ、もし故意に識別信号を発信していなければ、海賊として無条件に攻撃されることになる。


「その通りだ。いるとすればヴァンダイクか、ゴルダ行きのJP付近だと思うんだが……敵の数が分からないのがネックだな」


 敵がドランカード号と同じクラスのスループ艦を持っていることは確実だが、何隻持っているか分からない。

 二隻しかいなければ、可能性が高いヴァンダイク星系、ゴルダ星系行きJPに張り付けているはずだが、三隻以上ならマルティニーク星系とグレナダ星系行きJPにも張り付かせているだろう。


 これには理由がある。

 JPから超空間に突入するのだが、その際に空間との相対速度を可能な限り下げておく必要がある。これは出口側のJP付近がどのような状態か分からないためだ。


 相対速度を持ったまま突入した場合、逆にJPに入ろうとする船と衝突する可能性がある。

 もちろん、一隻や二隻なら確率的に無視できるほどだが、帝国軍の大艦隊がいないとも限らない。そのため、明確な規則で決まっているものではないが、マナーというより不文律に近いルールになっている。


 つまり、JP近くに隠れていれば、減速が終わった船を狙い撃ちできるのだ。相手も動いていないとすれば、相対速度は限りなくゼロに近く、AIによる予測砲撃で命中が期待できる。


『今の針路ですと、ゴルダ星系に向かうように見えますから、向こうも困っているでしょうね』


 ドリーの言う通り、今の針路はゴルダに向かっているように見せている。

 三つの星系行きJPはヴァンダイク・ゴルダ・マルティニークと並んでいるから、ヴァンダイクやマルティニークに向かう針路に変更することは充分に可能だ。


「それで炙りだしてどうするの? こちらから手を出すつもり?」


 シェリーの問いにジョニーが「当然、一発かますんだろ」と好戦的な目をする。


「相手を見てだな。スループ艦クラスなら一発ぶちこんでもいいが、それ以上の大物ならこっちの豆鉄砲は通用しない。今回はある程度速度を持ったまま超空間航行FTLに突入する」


 敵が二百メートル級のフリゲートだと仮定すると、主砲の出力は二から三テラワット級で、射程は七から十光秒。〇・一光速程度の速度のままJPに突入するならば、敵が奇襲を掛けてきても攻撃を受ける時間は二分から三分程度であり、充分に回避は可能だ。


 逆に充分に減速しようとすると、二千秒もの減速時間が必要になる。それだけの時間減速すれば、どこに向かっているか一目で分かる。


 つまり敵は最も効率がいいポイントで狙撃できるようになるのだ。いかにドランカード号が回避に優れていても、低速で狙撃されれば命中弾を食らう可能性が高い。


『ジャンプアウト時のリスクはありますが、船長の判断を支持します』


 ドリーが俺を支持すると、ジョニーたちも納得したとでも言うように頷いた。



 マルティニークJPまであと三十分というところでステルス艦らしき存在を見つけた。


『八十パーセント以上の確率で何らかの船が隠れています。どうされますか、船長?』


「予定に変更はない。あと三百秒したら減速を開始する。ただし、針路はゴルダJPに向けたままだ」


 俺の問いにヘネシーが疑問を口にする。


「それだとマルティニークに行くには回りこむ時間がいるけど?」


「ああ、分かっている。減速を始めて五百秒後に針路を変える。これでほとんどロスはないはずだ。そうだな、ドリー」


『はい。スラスターで曲線を描きながらの減速になりますが、二十秒から三十秒程度の差ですね』


「何でそんな面倒なことをするんだ? まっすぐマルティニークに向かえばいいだろう」


 航法に興味がないジョニーが珍しく口を挟んできた。

 俺に代わってドリーが答えてくれる。


『減速開始時点でマルティニークJPとの距離はおよそ三百光秒です。つまり、敵が気づくのも三百秒後。恐らくですが、慌ててゴルダJPに向かいます。そして、その間にこちらは百光秒ほど進んでいます。つまり、タイムラグは二百秒。ちょうど敵の位置がはっきりしますから、攻撃するにしても逃げるにしても余裕を持って選択できるのです。そういうことですよね、船長?』


「そういうことだ。さて、おしゃべりはそろそろやめて、戦闘とFTLの準備に入ってくれ。ヘネシーはいつも通り機関のチェック。ジョニーは兵装関係のチェックだ。頼んだぞ」


「えっと、私は?」とシェリーが聞いてきた。


 別に忘れていたわけではないが、「すまん、すっかり忘れていた」と笑いかける。シェリーが頬を膨らませて「もう」と言うと、コクピットに笑いが漏れる。


「すまないが、お客さんたちにFTLに入ることと戦闘の可能性があることを伝えてくれ。だが、あまり心配させすぎないようにな」


「了解」と不機嫌そうな顔でコクピットを出ていった。


『そろそろシェリーにも、ちゃんとした仕事を与えた方がいいのでは?』


「僕もそう思うね」


 ドリーとヘネシーの意見に俺は首を横に振る。


「あいつはこんな“何でも屋”稼業から足を洗った方がいいんだ。何と言ってもまだ若いんだから」


『でしたら、直接言えばいいと思うのですが?』


 俺が答えようとした時、ジョニーが「あいつを手放したくないんだろうよ」と勝手なことをほざく。


「そんな気はない」ときっぱりと答えるが、ドリーを含め、全員が信じていないと感じていた。


 俺自身、シェリーが来てからの方が楽しいと思っている。だから、説得力がないのだろう。


「その話はまた今度だ。さあ、仕事だ!」


 大声でそういい、強引に話を切った。



 減速を開始し、針路をマルティニークJPに向けると、思った通り敵が食いついてきた。


『百五十メートル級です。スループ艦の改造船で間違いありません。払い下げ時から大きな改造は行っていないようですが、詳細は不明です』


 スループ艦なら負ける要素はない。


「一発ぶちかますが、深追いはしない。敵とすれ違ったら予定通りFTLに入る」


 その頃になると、ヴァンダイクJPにいたスループ艦も加速を開始していた。敵は三方向から襲い掛かるつもりのようだ。


『完璧なタイミングですね。ゴルダJPに向かっているならですが』


 ドリーの声に笑いが含まれていた。


「それじゃ、パーティを始めるぞ! 総員戦闘準備!」


 そう宣言して操縦系に神経をつなぎこむ。


 俺の視覚が船のセンサーに切り替わる。星の光が緩やかに流れ、俺の精神たましい宇宙そらに溶け込んでいく。

 何度経験しても、重力のくびきから解放されたこの感覚は麻薬ドラッグのように俺を陶酔させる。


「いつも通り一曲頼む」


『はい、船長。これなどいかがですか?』


 デューク・エリントンの“A列車で行こう”の軽快なリズムが身体を揺さぶる。

 音楽に身を委ねながら回避機動を開始した。


 マルティニークにいた海賊が砲撃を開始する。


『敵主砲は一テラワット級粒子加速砲です』


 標準型のスループ艦のようだ。

 遠慮なく撃ってきているが、同クラスの船同士の戦いの場合、相当運が悪くなければ一撃で沈むことはない。


 特に小型艦同士の戦いでは主砲に対し防御スクリーンの能力は相対的に高くなり、一撃で撃沈させることは逆に難しい。


 これは戦闘時の考慮というより、通常航行時の空間物質対策によって防御スクリーンの能力が決まるためだ。


 三秒ごとに撃たれるが、全く当たる気がしない。


「反撃の指示を出してくれ」とドリーに依頼する。


 操縦系にアクセスしていると身体が船と一体化し元の肉体が制御できない。そのため、口が動かず、クルーに直接指示を出せない。


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 攻撃を依頼したものの、ドランカード号に積んである主砲は二百ギガワット級粒子加速砲だ。つまり、敵の五分の一の出力しかなく、射程も半分以下しかない。

 また、正面からの撃ち合いでは防御スクリーンを貫通することは見込めない。あくまで牽制のための砲撃にすぎない。


『ゴルダ星系JPにいた敵も動き出しました』


 ドリーの報告に頭の中に浮かぶスクリーンをちらりと見る。

 今からでは間に合わないことは明らかで、後方にいる敵艦の存在を締め出し、前方の敵だけに集中する。


 徐々に相対距離が縮まり、宇宙そらを切り裂く荷電粒子の矢が近くを通るようになる。それでも危険を感じほどではなく、軽やかな気持ちで回避していく。


 それが慢心となったのか、偶然なのか、俺の視角一杯に真っ白な光の束が飛び込んでくる。その直後、ガクンという衝撃が身体を襲う。


「命中か! 被害状況を報告!」


『擦過弾です。防御スクリーン能力五十パーセント低下……防御スクリーン能力回復しました。常用系の一部の設備が停止しましたが、航行に支障はありません』


 冷静な声での報告に焦りが一気に消えていく。

 敵の砲手が優秀なのか、たまたまなのか判断に困るところだが、優秀だと考えて対処した方がいいだろう。


『質量弾接近!』


 俺は答えることなく、回避する。


『防御スクリーンに命中弾あり。能力五パーセント低下……回復しました』


 質量弾はレールキャノンから発射される金属の散弾だ。相対速度差を利用した運動エネルギーを破壊力にする単純な兵器だが、相対速度差が大きく距離が近い場合には脅威となりうる攻撃方法だ。


『第二波接近! 続いて第三波!』


 熟練の船長が指揮しているようだ。

 主砲でこちらを牽制して軌道を制限し、レールキャノンでダメージを与える。退役軍人が海賊に身を落とすことは珍しくないが、これほど見事な攻撃をする指揮官がマフィアに使われていることに違和感を覚える。


 第二波を余裕で回避し、第三波もギリギリながらもノーダメージで回避する。


「反撃は中止だ。ジョニーにそう伝えてくれ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 思った以上に敵が優秀なため、無用な攻撃は控えることにした。


『敵の側面を抜けます……敵も反転しました』


 これでレールキャノンによる質量弾攻撃はなくなった。あとは主砲を気にしておけばいい。


『相対速度差は〇・一二光速。あと六十秒で射程から抜けます』


 こちらの欺瞞機動に引っ掛かり、敵は加速を開始していた。そのため、相対速度差が大きくなっていたのだ。


 手練てだれの船長も打つ手がなくなったのか、主砲を散発的に撃ってくるだけで脅威とはならなかった。


『敵の射程から抜けました。ジャンプポイントまであと五十光秒です。何とか逃げ切れましたね』


「ああ、何とかな。周囲に敵が潜んでいないことをもう一度確認してくれ。それからヘネシーに損傷箇所の確認をさせてくれ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 回避機動ダンスを続けながら、船の状態を確認する。超光速航行FTLに支障のある損傷は見当たらない。


 ギリギリ敵の射程内であるため、音楽に身を委ねながらも操縦系にアクセスしたままにしている。


「このままFTLに移行する。ドリー、船内放送とカウントダウンを頼む」


了解しました、船長アイ・アイ・サー。船内放送は事前に実施済みです』


 優秀なAIは本当に便利だ。俺の考えを先読みしてくれている。


「助かる」と礼をいい、敵の軌道をチェックする。


 攻撃を加えてきた敵は既に再加速を開始しており、二十分後にFTLに入ることができる。

 といっても二百光分離れたセンテナリオのボスにお伺いを立てれば、往復四百分、六時間四十分のロスが生じる。もちろん、事前に打ち合わせをしていれば別だが。


 敵からの攻撃が途絶えたあと、ドランカード号は超空間に突入した。


■■■


 スループ艦改造の海賊船マリブの船長クバーノは逃げ去る小型船を見送りながら、感歎すると共に呆れていた。


(私の攻撃をことごとく避けるとはな……あのパターン攻撃で三十隻以上捕らえてきたんだが……)


 彼は今でこそ辺境フロンティアマフィアの一員として、海賊船の指揮を執っているが、数年前までは帝国軍中佐で二百メートル級フリゲート艦の艦長だった。

 それだけではなく、太陽系方面でゲリラ活動を続ける旧連邦軍の残党狩りにおいて、何度も勲章を受けている古強者ベテランだった。


 上官や同僚の妬みと旧連邦の活動家の陰謀によって軍を追われ、辺境に流れ着いた後、ロナルド・リコに拾われた。


 そして、小型船の一隻を任された。彼はゲリラたちの戦法を熟知しており、それを応用することで多くの商船から物資を奪った。

 その彼がたった一隻の小型船にまんまと逃げられてしまった。


(途中までは私の予想通りだった。シンハーのダイ船長に乗客を生かしたまま捕らえるような器用なことはできないし、狡猾な何でも屋がまっすぐバルバドスに行くはずもない。マルティニークかトリニテに向かうことは充分に予想できるはずだ……)


 クバーノはジャックの行動をほぼ正確に読んでいた。彼の性格とドランカード号の性能に関する情報を独自に入手し、それを基に洞察し、ほぼ手中に収めるところまでいっていた。しかし、最後の最後で手の平から零れ落ちてしまった。


(あれは見事な操艦だった。あれが辺境で有名な、ドランカード酔っ払い千鳥足スタッガリングダンスか。確かに酔っ払いがフラフラしているように見えたな……フフフ……)


 彼は自分を拾ってくれたリコに対し感謝はしているものの、海賊行為自体に何ら魅力を感じていなかった。

 そのため、見事な機動で自分の手をすり抜けていったドランカード号に敬意の念すら抱いている。


(叱責されるだろうが、そもそも私の提案通り、衛星軌道上に包囲網を作ればよかったのだ。愚か者のダイの言葉を鵜呑みにしたボスが悪い……それはともかく、これからのことだな。マルティニークに向かうのか、それとも別の星系で待ち伏せるのか……とりあえず、給料分の働きはした。あとはボスに任せてもいいだろう……)


 彼はセンテナリオにいるリコと海賊船の指揮を執る武装商船シンハーの船長ダイに向けて通信を行った。


「獲物を捕らえることに失敗した。今後の行動について命令を。マリブはマルティニークJP付近で待機する」


 彼は通信を送ると部下たちに休憩を取るよう指示を出す。


「三時間ずつの半舷休息を取れ。まずは左舷側だ」


 それだけ言うと副長に「私も休む。あとは任せた」と言って船長室に向かった。

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