第3話 天人(A)

 「(何人集まろうと対して変わらないのにな。我々とお前たちでは力の差がありすぎるのだ。)」


 地上人の自由を奪う音が発せられた。

 屋敷の周囲に居並ぶ2000人あまりの地上人どもは一様に力をなくし、その場にへたり込んだ。今頃この者たちの目にはまばゆい光で当たりが満たされているように感じていることだろう。


 「(罪人の末裔どもが……)」


 ここは、われらが天上界に住まう神の中から地上を治めるために降臨したものの末裔と、神々の中で罪を犯した者の末裔が住んでいる地だ。今では、神の力も知恵もここの者たちには伝わっていない。

 本当は200人もつれてくる必要はなかったのだ。しかし、万が一ということがある。我らの血筋が色濃く残っているものがあれば、神通力に抗うものがいる可能性が0ではなかった。

 また、この女が地上人に我らの知恵の一端を与え、抗ってくる可能性も考えられた。


 結果として全ての心配は杞憂であり、神武の直系も、辛うじて倒れ伏しこそしていぬが、われらに抗う力は出せそうにない。すでに力と知恵を失った元同胞の今の姿に憐憫の情を禁じ得ない。

 

 天人の一人の呼びかけに応じ、かぐやと地上で名づけられた女が家の中から姿を現した。


 「赫映」姫か。赫映とは、光り輝くような見栄えを意味する。大層な名をつけてもらったものだ。

 我らは”装置”の力によって、相手の見たい姿を見せることができる。

 お前は天上に比して混沌とした地上において、可能な限り贅沢にに過ごすためにそのような姿を選択をしたのだな。それが今、このような混乱につながっている。まったく迷惑なことだ。

 万人に対し、相手に合わせて相手が望む最上の姿を見せるなどということをせねば、ここまでの騒ぎにはならなかったであろう。



 それにしても。


 これがあの事件を引き起こした女か。


 すました顔をしているが、今、一体どういう心境でいるのだろう。


 そもそも天上界は本当に、この女の帰りたい場所なのだろうか。

 あの事件は天上では周知の事実だ。

 帰ったとしても、周囲の噂の的となり、気遣うふりして心の傷をえぐってくるようなやつもいるようなところに帰るのだろう。中には露骨に嫌悪感を表わしてくるようなものもいるのかもしれない。


 帰りたくなかろうな。私なら帰りたくないな。帰っても地獄だ。


 地上での、この女の過ごし方はよく知っている。

 山に金を落としていったのは、私だ。

 人のいい夫婦に拾ってもらえたようで、地上ではずいぶん大切に、かわいがって育ててもらっていたようだった。

 ”装置”を駆使し、周囲をたぶらかし、時の権力者に見初められるまでになった。


 地上での生活は、それなりに幸せだったのではないか?


 そう考えると、この女の犯した罪に対する罰とは何だったのであろう。


 一つは、普段我々が見下げている連中とともに暮らす苦痛を味わわせること。

 これは想定できる。


 もう一つ。今気づいたことは、犯した罪にさいなまれながら過ごす7年間そのものこそがこの女に対する罰であったのだろうということだ。

 謝罪とは相手のためにするものであるが、自分のためにする側面もあるのだ。

 出来事にけじめをつけて、また前に歩き出すためには必要な行為なのだ。

 それすらできないまま、自らの罪と向き合い続けることこそが、この女に与えられた罰だったのかもしれない。


 考えていると、かぐやが言った。


「天の羽衣を着ると、心が消えてしまうと言います。その前に手紙を書かせてください。」


 一瞬、言っていることがわからなかったが、すぐに察した。

 そうか。そういうことか。


 最後まで「いい人」でいたいわけだ。


 お前は何も変わっていないのだな。


 赤の他人を欺いて、身分を偽って、まるで子のように振る舞いながら、この別れを待ち望んで過ごしていたであろう7年間。

 もはや、関わり合うこともないであろうものどもに義理立てするとはなんともお優しいことだ。優しいを通り越して、嫌悪感すら感じる。偽善者め。


 だから、あんな事になるのだ。


 我々の衣服にそんな力はない。


 きっとまたやるのだろうな。


 そう感じた。

 結局何も変わっていない。

 

 そしたらまた、まぁ、地上に落とされるだろうさ。

 不死と若返りの力を持つ我々は、何度でもそんなことを繰り返す。

 悠久の時を過ごす我々は、罪を犯し、罰を与えられたとして、生き方の何を変える必要があるのだろう。何が変わる必要があるのだろう。


 罪があり、罰を与えられ、そこから何かを学び取り、成長する。それができるのは限りある命を持つ者たちだからこそなのではないか。


 はたとそれに気が付いたとき、地上人のありようが少しうらやましくなった。

 生きている時間を我々よりも濃密に過ごせているものどもなのではなかろうか。


 このものどもの中で過ごしたこの女の心にも少しはそんな意識が芽生えていてほしいものだと、思いながら、手紙を書き終わるのを待っているのであった。


 そうして、この天人は、かぐや姫に天の羽衣を着せ、隠形の術式が施された「月の光の道」の中に、周囲の天人とともに身を投じるのであった。

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