5分で読める物語『ユリア・ストーリア』
あお
第1話
ラザニア国にある高等学校では、現在「将来の進路」というテーマで発表会が行われていた。
「は~い、それでは次の人!」
先生が声をかけると、発表者だった生徒は座り、その後ろにいるふくよかな男子生徒が立ち上がる。
「はい! 僕はこの町で一番の酪農家になって、父ちゃん母ちゃんに上手い飯をご馳走してやるんだ!」
「素晴らしい夢ね、先生応援してる! じゃあ次の人〜?」
続いて立ち上がったのは細身で艶のある黒髪を持つ女子生徒。
「私は国王の秘書を目指します。秘書になってこの国の外政に携わりますわ」
「立派な夢ね。あなたは成績も優秀だから、きっとなれるわ」
女子生徒は満足気な笑みを浮かべ静かに座った。
「そしたら次は、ユリア君」
「はい!!!」
ユリアと呼ばれた男子生徒は、勢いよく立ち上がり胸に手を当て宣言する。
「僕は、勇者になりたいです!」
教室は一瞬静寂に包まれたが、すぐさまドッと笑いが起きた。
「勇者とかやばっ」
「こっちが恥ずかしくなるわ~」
「なにあのカッコ、勇者フェンリルの真似?」
クラスメイトは口々に嘲笑的な言葉を交わし、先生ですら笑いを堪えられていなかった。
「ゆ、勇者かぁ! もう龍もいないし、別の進路とか考えてないの?」
「勇者しか考えていません!」
「ぷはっ! ごめんごめん、笑っちゃいけないわよね、ふぅー」
先生は一呼吸おいて、
「そしたら、次の人は、ハルちゃんね!」
と、次の生徒を指名してユリアの発表を終わらせた。
その後発表会は滞りなく進み、下校時刻となった。
「みなさんの発表素晴らしかったです! それぞれなりたい職業に就くために、頑張っていきましょう!」
「せんせーい! 勇者もがんばるんですかー?」
男子生徒が飛ばしたやじに、再びクラスにはドッという笑いが起きた。
「んもうっ、それはそれ! さ、みなさん気を付けて帰ってくださいね」
生徒たちは仲の良い友人同士で、それぞれ教室を出ていく。それはユリアも例外ではなかった。といっても、幼馴染で家が隣という腐れ縁の関係で、仲の良い友人同士というには少しズレた関係性である。
「ユリアぁ、いい加減やめなよあれ」
「なにを?」
「本気で勇者になるってやつ。馬鹿にしかされないじゃない」
「いつも心配かけごめんね、ハル」
「いや心配じゃなくて」
「でも、自分の気持ちに嘘はつきたくないんだ」
「あ~、もういいわよ!」
そういうとハルはユリアの数歩前を歩き続け、家に着くまで互いに会話を交わすことはなかった。
「じゃあね」
「うん、また明日」
別れの挨拶を済ませたユリアは自分の家に入ると、発表会の内容を言伝に聞いたらしい母親ミネルから、
「ユリア、いい加減に現実を見てちょうだい」
と出迎えられた。
「いい? あなたがどんな職種につくのかは自由だけれど、勇者なんて馬鹿げた仕事は早く捨てなさい。これはあなたのために言ってるの」
「ありがとう母さん。でも大丈夫。僕は勇者になるよ」
ユリアの返答にミネルはこめかみを押さえながら自室に入っていった。
「勇者になんて、いまやただの夢物語なのよ」
ミネルの独り言はユリアに聞こえていたが、「だから叶えたいんじゃないか」とユリアの決心をより強める燃焼材になっていた。
ユリアの部屋には勇者にまつわる書籍で埋め尽くされている。子供向けの絵本から、一〇〇年前に実在した勇者の活躍を記録した紀伝書、勇者が身につけていた武器や防具をまとめた資料に、龍の討伐会議の際に使われた戦術書など、その数は数百冊にも及ぶ。どの本も頁が擦り切れてしまうほど読み込まれており、勇者好きというよりも、勇者オタクに近い。
「勇者は夢物語なんかじゃない。僕が証明してみせる」
ユリアが決意を口にしたとき、足元が激しく揺れた。振動は窓ガラスを震わせる強い衝撃で、外を見ると町の北西方向に煙が上がっている。町の北側にはヒラギ山が聳え立っており、その麓には馬車が楽々通れる洞窟がある。掘れば掘るほどクリスタルや結晶石がでる有名な洞窟で、数週間前から国策としてヒラギ洞窟の本格的な採掘が始動していた。ユリアは煙の発生場所がその採掘場であると踏み、同時に一つの可能性が頭に浮かんでいた。ユリアは居ても居られず隠し持っていた短剣を肩にかけ自室の窓から飛び降りた。、同じタイミングでハルも家から飛び出していた。
「いまのなにっ!?」
「多分、ヒラギ採掘場から。普通じゃない音だったから事故かも」
「ヒラギ採掘場って、いまパパが働いてるところ……」
「走るよ!」
ユリアはハルの手を掴んで走り出した。ハルの父親を思えば自分の予想は間違いであるべきだと考えたが、好奇心がそれを赦さなかった。
「方向知ってるの!?」
「毎週通ってたからね」
採掘作業が本格化してからは一般人の立ち入りを禁止されているが、それ以前は誰でも入ることができ、申請すれば自ら採掘することも可能だった。
「どうしてあんなとこ通うのよ?」
「龍の鱗が見つかったんだ」
ヒラギ山は勇者が龍を討伐した地であると言われており、裏付ける証拠が鱗の発見だった。鱗の存在は龍の存在を意味し、龍の存在は勇者の存在を意味していた。
「――勇者は夢物語なんかじゃない」
無意識に漏れていた言葉に「しまった」と感じたユリアはすぐさまハルの顔を伺った。いつもなら呆れ顔であしらわれるパターンだが、ハルの眼差しは真剣味を帯びていた。ほっと胸をなでおろすユリアだったが、ひとたび周囲の喧騒に気づくと、これから担うであろう自分の役目にすっと背筋を伸ばした。
警備兵たちが慌てふためきながら現状把握に努めてる最中、ユリアとハルは採掘場目指して駆けて行く。
「ほんとにあの場所なのっ?」
「間違いない」
「パパ……」
ハルは無意識にユリアの手を強く握りしめた。ユリアもそれに答えるよう強く握り返す。
二人が採掘場に近づけば近づくほど、周りの人達は騒ぎの原因を掴みつつあった。
「あそこの採掘場で爆発が」
「なんでも作業員の人が壊しちゃったみたいで……」
奥様方の世間話としては荷が重いほど、事は由々しき事態を巻き起こしていた。
「にげろ! 逃げろぉぉおおお!」
採掘場まで残り数百メートルのところで、二人は事件の渦中へと足を踏み入れた。
「だ、誰に助けを求めればいいんだっ!」
「ひとまず警備兵に連絡を!」
「全部殺したんじゃなかったのかよ!」
「勇者だ! 勇者を呼べ!」
「勇者なんてとっくの昔に滅んだのよ!」
「じゃあ誰があの龍を倒すんだよっ!」
ユリアの足が止まった。それは決してハルの父親ザボードを見つけたからではなかった。
「パパ!」
「ハル! こっちまで来てしまったのか」
「パパ、何が起こってるの?」
「龍が眠っていたんだ。それを俺たちが起こしてしまった」
「り、龍!?」
「おじさん、龍はどこに?」
「まだ洞窟から出てきてはないが……ユリア君!」
ユリアは話を聞き終える前に走り出していた。
「ユリア待って!」
すかさず伸ばしたハルの手は、ユリアの右腕をがっしり掴んでいた。
「何しに行くの」
「龍を倒しに行く」
「ふざけないで! あなたに倒せる訳ないじゃない! こんな時にまだ勇者になりたいなんて言うの!?」
「なりたいんじゃない、なるんだ!」
ユリアは強引のハルの手を振り払った。「痛っ」という声がユリアの心を締め付けたが、頭を振って自分の願いを思い起こす。
同級生には笑われ、幼馴染には呆れられ、親には見向きもされないユリアの夢。それでも心の底から願ってしまった。勇者になりたいと。
「いた」
視線の先に映るのは、ユリアの一〇倍はあろうかという黒龍。洞窟内で暴れまわったのか、天井は突き抜けており、空間容積は学舎が一軒建てられそうだ。龍の表面はざらついた漆黒の鱗で覆われ、両手両足には短くも鋭利な爪。背から伸びている尾は鞭のようにしなり、洞窟の床や壁を叩き壊している。
「あれは!」
ユリアの目が捉えたのは細身の幹ほどの太さを持つ筒状のオブジェクト。
「あれは勇者の封印柱。そうか、こいつは封印されてたんだ」
ことの顛末を確信すると共に、ひとまずの方針を定める。
「まずは短剣で、どこまでやれるか、だな」
ユリアは短剣の有用性を確かめるべく、一番死角になりやすい後ろ足を狙い切りかかった。刺されば御の字、鱗だけでも初撃で剥がせたらと考えたいた。
しかし龍の体皮は刺さるどころか、短剣を真っ二つにへし折った。
「なっ!?」
ユリアが驚くのも束の間、黒龍は振り向きざまにユリアの身体を薙ぎ払った。空中で体勢を立て直し、受け身をとって着地する。
「まだだ!」
折れた短剣を構え、もう一度黒龍に切りかかる。
「うぉぉあああああ!」
捨て身の攻撃も龍の一蹴で軽々と消し去られる。実力差は明白だった。
「まだだ」
それでもユリアは再び立ち上がった。
「ぜったい諦めない」
心はまだ折れていない。
「勇者は負けない。どれだけ差があっても、どれだけ傷を負っても、最後は絶対勝つんだ」
夢はまだ叶っていない。
「どれだけ相手が強くて、どれほど自分が弱くても、勇者は絶対諦めない」
ユリアの炎は消えていない。
「だから俺は負けない! 絶対に諦めない!」
途端、再び地鳴りが起きた。地鳴りは龍からではなく、封印柱から起きていた。
「グルァァァアアアア!」
地鳴りの発生源に気づいた黒龍は、封印柱向けて走り出した。しかしそれよりも早くユリアが封印柱を手にしていた。
「はぁぁああああああ!!」
ユリアは封印柱を地面から抜き、黒龍目掛けて振りかざす。封印柱はユリアの心の炎と共鳴し、焔の剣と化した。
「スラァァァァッシュ!」
振りかざした焔の剣は、天に届く程の炎を上げ、黒龍の半身を焼き切った。
「ギィィィョョアアアア!」
黒龍は激痛の咆哮を放ち、途端翼を広げ飛び去った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ユリアは振り下ろした剣を空高くに掲げた。
「「「「うぉおおおおおおおおお!!!!!」」」」
町中の人々が一気に歓声を上げる。ユリアの激闘を多くの人が見届けていた。
「ユリアぁぁぁぁ!」
そんな群衆の中から一人飛び出してきたのはハルだった。
「死んじゃうと思ったぁぁぁ」
ハルの顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「ハル、そんなに泣かないで」
「だって、だってぇぇぇえ」
泣き止む様子のないハルに困っていると、ハルの父親ザボードが歩み寄ってきた。
「ユリア君、君はたったいま、この町を救ったんだ」
ザボードは大衆に振り向き大声で叫んだ。
「いまこの瞬間! この町に勇者が誕生した!!!!」
「「「「うぉおおおおおおおおお!!!!!」」」
再び町中から大歓声が上がった。
ユリアはハルと一緒にザボードの牛車で家まで戻り、着くと家の前には母のミネルが目に涙を貯めてユリアの帰りを待っていた。
「母さん!」
「ユリア、あなたは」
ミネルは涙で喉が詰まりそうになるのを懸命に堪えがら続けてこう言った。
「ユリア、あなたは立派な勇者になったのね」
ユリアは笑顔でピースサインを向けた。
肩にかかった焔の剣が煌々とと輝いていた。
5分で読める物語『ユリア・ストーリア』 あお @aoaomidori
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