第13話 応接室⑦
警察の応接室。バッグからクリアファイルを出し、紙を差し出す田富。
田富「犯人の動機そのものがこれです。見てください」
新堂「これは……ツイッターの画面をプリントアウトしたものですね」
田富「はい。例の『死にたい』と発言していたアカウントのものです」
新堂「麻生緑?犯人の麻生空太のものではないんですか?」
田富「そうです。そのアカウントは犯人、麻生空太の妹のものだったんです」
新堂「妹、ですか」
田富「麻生緑は2010年の7月10日に亡くなっています。当時14歳……自殺でした」
それを聞いて驚く新堂。
新堂「それは『死ね』というリプライのせいで、ということですか?」
田富「もちろん学校でのいじめやその他にも色々要因はあったと思います。しかし、引き金になった可能性は高いでしょう」
新堂「つまり、妹を自殺に追い込んだ者たちへの復讐……そういうことですか」
田富「妹の遺体を発見したのは兄の空太でした。2人は幼い頃に両親を亡くし、施設で育ったそうです。妹が唯一の肉親だった空太にとって、妹の自殺はこたえたでしょうね」
新堂「しかし、そうなると実際にいじめていた人物に殺意が向くのでは?」
田富「確かに、本来ならばそうなのかもしれません。ですが、いじめるというのはある種いじめられることへの自己防衛でもあるんです。それに比べてネット上での発言はまったく違います。想像力の欠如。無責任で、享楽的で、刹那的。それで誰かが命を落とすなんてかけらも考えていない。しかも、『死ね』というリプライを返した当事者たちはすべて妹より年上だったんですよ?……唾棄すべき存在です。私はそう思います」
新堂「……田富さん?」
田富「……すいません。とにかく、犯人の動機として十分だったということです」
新堂「しかし、だとしても麻生はかなり狂気染みた人間だったようですね」
田富「というと?」
新堂「どういった事情があるにせよ、麻生には妹の自殺を防げなかったという負い目があるのでしょう。私には、その負い目を他人へ押し付けようとしているように見えます」
田富「そうでしょうか?」
新堂「ええ。やり方だってそうです。あの文書の内容が本当なら、復讐するために1年準備に費やしていることになります。怒りというのはそう持続する感情ではないんです。……妹の復讐というのはもはや口実で、密室ゲームを楽しんでいたのかもしれませんよ」
首を撫でながら聴いている田富。
田富「……なるほど、そう言われてみればそうかもしれませんね。流石、刑事さんは一味違った見方をされる」
新堂「まあ、いろんな人間を見てきていますからね」
しばし沈黙。
田富「私の手持ちの情報はこれで全てです。……そろそろ、お暇してもよろしいですか?」
新堂「ああ、すいません。ずいぶん長くお引き留めしてしまいましたね。田富さん、今日はありがとうございました。大変参考になりました」
田富「いえ、こちらこそ話を聞いていただいてありがとうございました」
新堂「警察としてもあの文書が麻生空太によるものだと確認出来次第、裏を取る作業に入りたいと思います。それで、実は一つお願いがあるのですが」
田富「何でしょうか?」
新堂「事件に関する本の出版なんですが、こちらの捜査が一段落するまで待っていただくことはできますか?本当に申し訳ないのですが、警察というのは犯罪捜査の次にメンツを大事にするところでして」
田富「犯罪捜査の次に?逆じゃないんですか?」
新堂「まあ、そういう説もあります」
笑う2人。
田富「構いません。あの事件の真相が明るみになるのであれば」
新堂「それはもちろん、お約束します」
田富「お願いします。実はもう原稿は完成して、出版社に送ってあるんです。だから、迅速な捜査を期待していますよ」
新堂「なかなかのプレッシャーですね。……頑張ります」
田富「……それでは」
新堂「ええ、ご協力ありがとうございました」
立ち去る田富。田富を見送った後、タバコを吸おうとする新堂。
いつの間にか雨は止んでいる。
そこへ、後輩刑事2人がやってくる。
刑事①「新堂さん、凄いネタ掴みましたね!」
刑事②「捜査一課で凄い騒ぎになってますよ」
新堂 「なんだお前ら、耳が早いな。もう知ってるのか」
刑事①「さっき鑑識で例の文書の指紋照合の結果が出たんですよ」
新堂 「やっぱり本物だったか」
刑事①「ええ、麻生空太の指紋が検出されましたよ」
新堂 「……そうか。他には?」
刑事②「筆跡鑑定にはもう少し時間がかかりそうですが、おそらく同一だろうと」
新堂 「分かった。じゃあ早速裏を取りに行ったほうが良さそうだな」
刑事①「それにしてもあんなものどうやって手に入れたんですか?」
新堂 「タレコミだよ。あの事件を独自に調べてるライターだそうだ」
刑事②「ライターですか。証拠物件の扱いに慣れてる人みたいですね」
新堂 「ん?どうしてそう思う?」
刑事②「指紋が麻生のものしか見つからなかったので……」
新堂 「いや、少なくとももう一種類あっただろう。袋の外には」
刑事②「いえ、袋も中身も検出されたのは麻生空太の指紋一種類だけです」
新堂 「バカな……そんなはずは」
新堂、立ち上がってポケットから田富の名刺を取り出して見る。
新堂 「たどみ、こうり……た・ど・み、こ・う・り……こう・た、みどり……クソッ!!この名前、なんで気が付かなかったんだ!!これも鑑識に渡しておいてくれ。俺はちょっと出てくる」
名刺を刑事に渡す新堂。
刑事①「新堂さん!急にどうしたんですか?」
新堂 「整形で顔は替えられても指紋は無理だってことだよ!」
応接室を飛び出していく新堂。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます