第6話 聖百合十字騎士団 その1

 聖百合十字騎士団は町中の人々の見送りを受けながら出発した。老人から子どもまでが沿道に出て声援を送っている。

「騎士様、頑張ってぇ!」

「オスマルテの奴らをらしめてやってくだせぇ!」

ミリアを先頭にした騎士団は整然せいぜんと馬を進めながら、笑顔で人々に手を振っていた。

「さて、俺たちも遅れないようについていくぞ」

 酒保商人は最後尾で騎士団についていくのだ。荷馬車を引っ張るのは立派な白馬で、こいつが噂のシルバーシップである。背中の翼は折り畳まれていて、今は見ることができない。天馬であることはわからないだろうけど、体格がやたらと良い馬だ。はっきり言ってしまうと騎士たちが乗るウマよりも立派だった。

「ほら、シルバー、さっさと出発してくれ」

 くつわを取って促したが、シルバーはぷいと横を向いてしまった。まずい、いきなりワガママ病が炸裂か!? ここは下手に出てなんとか機嫌を取らないと、夕方までここで立ち往生する羽目になる。こいつはそういう馬なのだ。

「いや、ほんとお願いします、シルバーさん! リーン、お前からもシルバーさんにお願いしてくれ」

「なんで私が? しつけの悪い雌馬には関わりあいたくないっス!」

 リーンは言いながらシルバーの鼻面を軽くはたこうとしたのだが、シルバーはダッキングでかわし、あろうことかリーンの胸に噛み付いた。

「イダダダダダダダ! うわーーーーーっ、ごめんなさい、シルバーさん。私が愚かだったっス! 許してくださーい!」

 油断していたとは言え、相手は特殊部隊の若きホープだぞ。それをこうも簡単にあしらうとは、シルバーシップ、なんて恐ろしい天馬なんだ……。

「本当にもう離して。今後はもう逆らわないから! って、変なところをめちゃダメーーーっ!」

 リーンの叫びとともに俺たちも出発を開始した。


 騎士団は街道を東に向かって進んだ。行軍速度は悪くなく、予定通りに次の宿場町へたどり着けそうだ。騎士団長として頑張っているミリアの姿を見て、なんだか俺まで誇らしい気持ちになってしまった。もう、兄妹という関係ではないのにな……。

 とは言え騎士団がまとまっているのはミリア一人の力ではなく、副官の存在が大きいようだ。副官も女性で、名前はシシリア・バーン。年齢は30歳くらい。赤髪の大柄な人だった。

 ミリアを蔑ろにするような輩なら密かに排除してやろうかとも考えたが、そんな様子はどこにもない。彼女は副官として団長のミリアを常に立てて行動していたし、ミリアも彼女を姉のように信頼しているようだ。

 俺もシシリアには好ましい感情を持った。大人の女って感じで落ち着いているし、美人でスタイルもいい。ちょっと気の強そうなところもあるけど、それは頼りがいがあるということでもある。

「クロードさん、エッチな眼をしていますよ」

 休憩中にシシリアを見ていたら、リーンに肘で脇腹をつつかれた。

「俺は副長を観察していただけだ」

「ふんっ、どうだか……。お目当てはあいつですか?」

 そんなに露骨な視線だったか? 職業柄、目立たないようにするのは得意なんだけどな。リーンは俺が女騎士にうつつを抜かしていると思っているようで、ずっとぷりぷりと怒っている。勘違いも甚だしいのだが、その相手が誰かを探っているのだ。

「だから、騎士に恋なんてしていないって。もう少し愛想よくしろよ。俺たちは酒保商人なんだからな」

「へーい」

 だめだ、リーンは仏頂面ぶっちょうづらのままで荷馬車の前に立っている。まあ、愛想がなくても店はここしかないわけだから、客が来ないという事態にはならない。そこがこの商売のいいところなのだろう。

 荷馬車は移動式の店舗になっていて、山のような商品が陳列されていた。普通の馬なら二頭は必要な量だけど、シルバーシップは平気な顔でこれを引っ張っている。不貞腐れたリーンとは違いニコニコと愛想も良い。それもそのはずで、休憩のたびに騎士たちがやってきて、彼女をほめそやしていたのだ。

「やあ、いい馬だなあ。これだけ美しく力強い馬は初めて見たよ。店主、この馬を僕に譲ってくれないか?」

「あら、それなら私もお願いするわ。騎士として生を受けたからには、一度はこれほどの名馬に乗ってみたいもの。荷馬車にしておくなんてもったいなすぎるわ」

 みんなに絶賛されてシルバーもまんざらではないようだ。尻尾をゆさゆさと振りながら左右を見回している。普段は神殿の外へ出ることもないので、大勢に囲まれて嬉しいようだ。

「いやー、シルバーシップは何億積まれても手放せませんよ。私たちの商売はこいつのおかげで成り立っているようなものですから」

「ケッ、こんな駄馬はさっさと売り払ったらいいのに……」

 噛まれた胸をさすりながらリーンが小さくぼやいていた。

それにしても、この騎士団の奴らはそろいもそろってお行儀がいい。普通なら強引に自分の馬と取り換えようとする騎士の一人や二人がいるものだが、聖百合十字騎士団にはそんな騎士は一人もいない。さすが、人柄と容姿で選抜されただけはある。聞いた話では一人一人に普段の素行調査までついたそうだ。

「店主、うまいお茶だったよ」

「また明日も買いに来るから、このビスケットを用意しておいてね」

商人に偽装ぎそうしている俺に対して傲慢ごうまんな態度で接する騎士は一人もいなかった。


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