たき火アプリ

「ああ、やっと宿題が終わった」

 高校で使っている日本史ドリルの92ページ目を見ながら、僕はつぶやいた。

 92ページ目は、その日の宿題における最後のページだ。眠気と戦いながらここまでたどり着いた自分を誇りに思う。


 そこまで夜遅くに宿題に追われていたわけではないが、このときの時刻は夜の12時を少し過ぎていた。

 最近寝つきが悪くて、学校にいるときも家にいるときも、ずっと眠気と戦っていた。


 このままではいけないと思いながら、スマートフォンの目覚ましアプリを午前6時30分に設定する。そこから支度と朝食に1時間かかると見込んで、午前7時30分ぐらいに出ないと、僕が通う高校には間に合わない。


 それよりも今はこの眠気をスッキリさせたい。

 だからスマートフォンでもうひとつのアプリにアクセスした。


「『たき火の読み聞かせ』、これだ」

 それはたき火の音を聞きながら、名作小説を静かに読み聞かせてくれるアプリである。僕はベッドに移動しながら、アプリの作品リストより夏目漱石の『坊ちゃん』を選んだ。


 選択の瞬間にスマホを枕の隣に置きながら、布団をかぶる。


「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」

 アプリが小説の一文目を、ゆっくりとした調子で切り出した。語り手に寄り添うように、たき火が優しく弾ける。僕は目を閉じ、たき火と語りの調和に心をまかせた。


---


 目が覚めると、朝になっていた。

 ベランダの朝日が、いつになくまぶしい。

 僕はスマートフォンの時間を見つめた。


「7時32分……」


 すっかり眠気は飛んでいた。

 遅刻が迫っているという危機的状況が、僕の気を立たせたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る