拭き掃除という名の儀式
この高校で教室の窓を拭くのは、もう100回目を超えている。
毎週金曜日になったら、全校生徒で教室の掃除をする決まりだった。
でも学校中くまなくそうするわけじゃない。
自身でいつもきれいにする場所を決めて、そこを1週間に1回掃除する決まりだ。
たとえばある人は教室にある教壇、ある人は1階の下駄箱のうち3列、ある人は理科室の黒板という具合である。
僕の場合は、教室前の廊下にある2枚の窓だった。
だからこの日も一生懸命、ガラス用洗剤をかけながら雑巾で懸命に汚れを落としている。でも1週前に掃除したばかりだから、もともともきれいに見える。今やったところで何が変わるか、正直わからなかった。
クラス担任の木下先生が掃除の様子をチェックしながらこちらを歩いてきたので、質問することにした。
「先生、何で毎週いつもこうやって決まった場所を掃除するんですか?」
「物をきれいにする習慣があれば、君の心もきれいなまま。罪のない素晴らしい人生を送れるからだよ」
通り一辺倒のような答えが、木下先生から返ってきた。
「あと、学校の中がきれいだったら、生徒は犯罪を犯さない。それに掃除を習慣づければ、君も人生が変わるぐらい良いことが起きる可能性が高くなる。わかったかい?」
「はい……」
今ひとつ腑に落ちない気持ちだったが、とりあえず納得することにして、窓拭きに集中しなおした。
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3日後、僕はワケあって高校に行けなくなった。
しかしその後も木下先生の言葉は、何かと僕の頭の中で繰り返された。
辛い日々が続くときもふと気を抜いたら、掃除中の木下先生のやり取りが何度もよみがえってくる。
いつしか僕は、神様でもない木下先生の言葉を、まるでそれに近い存在のように信じ続けた。
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そして因果は果たされる。
ある日、僕の目の前に木下先生が現れた。
「お前、やったな! 高校にいたとき、窓拭きを続けていたおかげだな!」
「はい。10年かかりましたけど、うれしいです!」
僕は、苦節をともにしたスポーツ選手のように、先生に抱きついた。周囲は僕の家族や親族、かつてクラスメートだった人など関係者が集まり、みんな喜びに泣いたり笑ったりしていた。
「ど、どうしたんだよ、急に」
先生はちょっと戸惑った様子だけど、僕をうれしく受け止めてくれた。
「だって僕が先生に掃除をする理由を質問した次の日、殺人の冤罪で捕まっちゃったんですよ」
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