ぼっちの僕がある日めっちゃ呼び出された件

 教室の中にいるのに、自分だけ別世界にいるみたいだった。

 休み時間をいいことに、同級生たちはあちこちでわいわい話したり、ふざけ合ったりしている。でもどこのグループも、僕には近寄りがたい気配が感じられた。

 僕は正真正銘のぼっちである。ぼっちの中のぼっちといってもいいぐらい。

 おそらく僕は、彼女どころか友達さえ作れないことを運命づけられたんだ。


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 翌日の朝。

 僕は最寄り駅の改札を左に曲がると、出口を目指して駅構内の左端を歩いていた。

 突如、僕は背後から襟首をつかまれ、狭く薄暗い脇道へと引きずりこまれた。


「金を出せ」

 あからさまにガラの悪い青年に絡まれた。

「お、お金そんなに持ってないですよ」

 僕はこの状況から逃れようと、要求を拒みにかかる。

「ウソつけ。10万円ぐらい持ってるだろ」

 青年はいきなり僕のブレザーのポケットに手を突っ込んだ。見事に財布の居場所を当てられ、ポケットから引っこ抜かれてしまった。


「ほら、大当たり。本当に1万円札が10枚あったぞ」

 青年はドヤ顔で僕に財布を突き返すと、10万円を持ったまま小走りで去ってしまった。公務員である親からの仕送りを、僕はいとも簡単にカツアゲで失ったのだ。


 学校のA組の教室にて、僕は失意に支配されながら自分の席に座ろうとした。

「ちょっと」

 クラスメートの絵里香がなぜか僕に話しかけてくる。

「C組の詩織がアンタを呼び出しているわよ。今すぐ行ってあげて」

「ええっ!?」


 それまでオーラなし高校生だった僕が、女子に呼び出された。まさか告白されるのか?

 処理しきれない感情のまま、C組の教室へ行ってみる。


「ああっ! 恭太郎!!」


 教室に入るなり、非難めいたトーンで僕を呼ぶ女子の声がした。一瞬にして、声の主である女子が目の前に立つ。

「アンタ、私のカバンから水泳部の水着を盗んだ?」

 とんでもない質問に、僕はうろたえるしかなかった。


「何の話? さっぱり分からないんだけど。とりあえず僕は何も盗んでないよ」

「私の部室に入り込んで水着を盗んだ男子がいたから追いかけたんだけど、逃しちゃったんだよね。後ろ姿から何となくアンタのような気がしたの」

 おそらく彼女は、その後ろ姿についてうろ覚えだと思う。とにかく僕は、水着を盗んだ話など寝耳に水だ。


「とにかく僕は、水泳部の部室に行ったことさえないから。水着なんて当然盗んでないよ! 濡れ衣はやめてくれない?」

 僕がこうまくし立てる間も、詩織は僕の顔のいたるところをなめるように見回してきた。自分は潔白とわかっていても、凍てついたプレッシャーが痛い。


「わかったわ。とりあえず教室に戻っていいわよ。でも疑いが晴れたわけじゃないからね」

 ひどい捨てゼリフを受けながら、僕はおめおめとC組を後にした。


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 こんなこともあって、僕はお昼休みは机に突っ伏していた。

「ちょっと!」

「何ですか?」

 また絵里香に呼ばれて、僕はしぶしぶ顔を上げる。


「今度はD組のすみれちゃんが恭太郎に用があるんだって」

「まともな案件? さっき水着泥棒の冤罪を着せられたんだけど」

「今度はそういうのじゃないから大丈夫よ」

 辟易した僕に対し、絵里香は励ますように答えた。


 僕は彼女の言うことを信じて、D組の教室へ向かう。

「恭太郎」

 たどり着く前に一人の女子が僕に駆け寄ってきた。どこか悲壮感のある表情だ。


「もしかして、君がすみれ?」

「そうそう。今から彼氏のフリをしてくれない?」

 無茶な申し出を受けるハメになった。

「ごめん、断っていい?」

「ダメ、私の彼氏、束縛の癖がひどいから、彼氏ができたことにして別れたいの」


 すみれなんて、このシーンが初対面だ。なのに彼氏のフリだなんて、強引な要求もいいところだった。

 ところが僕の腕にしがみついた彼女の力は、なぜか男子並に強く、僕は有無を言わされずD組へ引きずり込まれた。すみれは彼氏らしき者の前まで僕を連れてきた。まるで生贄に捧げられた気分である。


 次の瞬間、その男子はいきなりビール瓶で僕を叩いた。瓶は本物とは思えないくらい、僕の頭で粉々に砕け散る。味気ない鈍痛が、僕の頭にへばりつく。

「ドッキリ、大成功~!」

 よく見たら、僕をスマートフォンで堂々と撮る人がいた。その手の主は、まさかの絵里香である。自身がグルであることを楽しむように、無邪気な笑みを浮かべていた。


「おい、どういうことだ?」

「とりあえず、色んな人をイミテーションの瓶で叩くドッキリシリーズやってるから、付き合ってもらっただけよ」

 すみれはピースサインをしながら、悪びれる様子もなく答えた。とんでもない茶番に付き合わされた僕はうなだれるしかなかった。


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 帰り。

 僕は自宅の最寄り駅を出ると、近くにある交差点前の景色を見渡した。渋谷ほどではないが、そこそこの規模で、車の通りも活発だ。僕は高校生活史上タフで屈辱的な日からの解放に安堵しながら、行き交う車を漠然と眺めていた。


「少しの時間、よろしいですか?」

 お役所的なトーンで男性が話しかけてくる。声のした方を見ると、背広を着た男性である。右手にA4サイズの紙、左手には牛革っぽいセカンドバッグを携えている。


「ムーンリバープロモーションの榊周馬と申します。この履歴書にある写真、君だよね?」

 榊さんが示したA4の紙は履歴書だった。その左上の写真欄には、確かに僕の写真があった。入学して間もないときに、いきなり絵里香にスマホで撮られたものである。まさか彼女が勝手に送ったのか。


「履歴書の自己紹介欄の最後に、『重本絵里香推薦ですっ☆』って書いてあるね。君、随分と透明感のあるイケメンだから、モデルとしてデビューしてみない?」


「モ、モデルですか?」


 この瞬間、僕の心に、強烈な光が差した気がした。それまでオーラなし人生を送っていたはずの僕に、可能性を見出してくれる人がいたなんて思わなかったからだ。


「や、やってみます」

 僕は思い切って前向きな返事をした。


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 これがのちの大人気俳優、光田崇(ひかりだたかし)である。

 高校卒業まではカリスマモデルだった。19歳で特撮ドラマシリーズ『マスクバイカー』で俳優デビューにしていきなり主演、20歳で高校名門バスケ部の青春映画『アイノコート』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。

 その後も数々の大ヒット作品に出演し、演劇の賞も多数獲得した。


 歌手としても23歳にして『竜の翼』でデビューしたのを皮切りにヒットを連発。25歳でリリースした『流れ星』が大ヒットし、紅白に初出場した。


 高校時代の途中までオーラがなかったと思い込んでいた僕は、今やオーラと才能を惜しげもなく輝かせる役者として、活躍を続けている。

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