弁当の中身が残っている理由

「周、弁当のプチトマト残しているじゃない」

 キッチンで僕の弁当の中身を見た母の小言が始まった。これからその弁当箱を含め食器を洗い始めようというときだった。


「ちょっと、『ごめん』の一言ぐらいないの?」

 母がカウンター越しに、僕へ不満をぶつけてくる。


「せっかくあなたに長く健康になってもらいたくて、プチトマトを入れているのに、もしかして好き嫌い?」

 母は決めつけた様子で言ってきた。

「いや、そんなんじゃないから」

「じゃあ何よ?」

 母はまるで僕と同い年かのように、頬を軽く膨らませた。


「そんなおどけたって意味ないから。そのプチトマトさあ……」

「プチトマトがどうしたのよ? 何の変哲もない、デパートで買ってきたプチトマトよ」

 母はそう言いながら、弁当箱からプチトマトを取り出し、当たり前みたいにかじった。




 かじったけど、噛み切れない。

 トマトは丸々とした形を、かたくなに保ったままだった。




「だってそれ、サンプルだよ?」

「そうだった」

 母は後悔した様子でつぶやき、トマトを弁当箱に戻す。

 一体どういうプロセスをたどれば、弁当箱に偽の食べ物が入るのかと思うと、背筋が冷たくなった。

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