陰原くん、ストイック。
紙季与三郎
第1話 陰原くん、ストイック。
春——、教室の端の席で不貞腐れたように頬杖を突く死んだ魚の目をした彼を、私はそう
特に仲の良い友達もおらず、二年生に進級してから早二週間、同級生と楽しくお喋りをしている光景すら見た事は無い。
それでも、彼の人望はそれなりの物だ。
おもむろに彼が
『筋肉の叫び』
そう彼は——着やせするタイプなのだ。
本に挟んでいた
【……やはり、噂の通り‼】
私は確信した。彼ならば、私の願いを叶えてくれる。
【いや、まだだ……まだ慌てる時間じゃない】
バタぁぁぁぁン‼
「⁉」
陰原くんの様子を懐疑的に伺っていた私の耳に突然の騒音。
「ヤベーって‼ 下敷きになってんぞ‼」
反射的に振り返ってみると、そこには倒れた掃除用具入れの下敷きになって床に倒れている同級生・
私たちは一同、パニックに陥った。するとその時だ——、
「……」
黙々と事故現場に歩み寄る陰原鍛治。
皆が慌てる中、彼はヒョイと掃除用具入れを片手で元の位置に戻す。
【ダンベル持ったままで⁉】
そして、しゃがみ込んで吹向さんの唖然とする様子を確かめる。
「頭、大丈夫?」
「あ、はい……」
吹向さんの前髪を片手でめくりながら怪我を確認する陰原鍛治。吹向さんも含め教室中が息を飲んだ。
「ん。でも少し筋肉を痛めたかもしれない。保健室に行こう」
【き、キター‼】
教室中がどよめく、陰原鍛治のおんぶ
「僕の
【僧帽筋:人間の背中の一番表層にある筋肉。首と肩の間】
「え、ぁ……いや……」
「ん。ああ、ダンベルが邪魔か」
【まだ持ってた!】
思春期の異性の体に触れる気恥ずかしさに戸惑う吹向さんを他所に、ゴトリとダンベルを床に置く陰原くん。その様子から、きっと吹向さんを運ぶのにダンベルが邪魔なのではなく、吹向さんが陰原くんの背中に掴まる際に邪魔になるという事なのだろう。
しかし、それでも吹向さんは
教室中の視線を浴びながら異性に背負われるなど、私とて恥ずかしい行為だ。
けれど陰原くんは勘違う。彼は察した。
「あ。それとも、僕に背負われるのは嫌か……そうだった」
陰原鍛治は、陰キャである。死んだ魚の眼が増々と暗く視線を落として。
【違う、違うよ陰原くん‼ 吹向さん、早く背中に乗ったげて‼】
「確かに、最近は背筋系のトレーニングを
【そっちかい‼】
ズゥンと堕ちる陰原くんのテンションに教室中の皆が思っていたに違いない。
「あ、ゴメッ‼ そういう事じゃないから‼ 直ぐ乗るから‼」
そして、吹向さんも陰原くんの誤解を解かねばと慌てて陰原くんに歩み寄る。
「……そう」
「~~~~///‼」
背中に乗った吹向さんを軽々と持ち上げ、陰原くんは教室を後にしようと動き出す。
背負われて振り返り様の吹向さんの顔は、どうしようも無い程に赤面していた。
ギュム、ギュム。
「お、重くない?」
「適正体重、でも脂肪の
【その質問で体重測らないであげて‼】
ギュム、ギュム。
【? あ……この音って‼】
ギュム、ギュム。
陰原くんが歩みを進める度に聞こえる聞き慣れない音の正体。
それは——、
ババーン‼
【握力のヤツ‼】
【ハンドグリップ:握力を鍛える為の筋肉トレーニング器具。継続は力なり】
「スゲーな、陰原。吹向を背負っていくなんて男前かよ」
「パワーもな。ていうか何で用具入れは倒れたんだ?」
同級生のひそひそ声を他所に淡々と陰原くん。
【陰原鍛治は、ストイックな人気者】
【時折、スクワットを交えて保健室へ】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます