第19話 日の本一の兵(2)
関ケ原の戦いは、史実通り東軍の勝利に終わった。
西軍の将である、真田昌幸と信繁は死罪は免れたものの高野山への流刑を言い渡されてしまった。
さて、これからどうしようか。
秋も深まり、冬の影を少しづつ感じるようになる季節。
もうすぐ肌寒くなり、季節が進んだら、きっと雪も降ることだろう。
時代としては戦国時代の末期。僕は知り合いもいなければ、土地感も無い。
真田家に仕えていたと言えば、多少なりとも居場所はあるのか?それとも徳川家に捕らえられてしまうのか?
そういえば、真田家と言えば『真田幸村』が有名だが上田城にその名前は無かった。どこかに潜んで再起を狙っているのだろうか?
「真田・・・幸村様ですか?」
影武者として出陣した時に一緒に行動してくれた武士に『真田幸村』について聞いてみた。
「聞いた事は無い名前ですね。分家の方なのでしょうか?」
歴史の教科書に載るような有名な武将の名前を知らないという不自然な事態に困惑する。
どちらにしろ何処にも行くあての無い僕は、各地を放浪するしか無さそうだ。
上田城を後にした僕は西を目指して、歩き出した。
甚八の顔が割れているとは思えないが、少しでも徳川軍から離れるためだ。
六文銭が描かれた羽織は上田城に置いてきた。代わりにいくらかの路銀を頂いてきたが、甚八はそれなりの地位にいた武将のようで、その行為を誰かに咎められることは無かった。
貧しい暮らしからから抜け出せない農民、無能な領主、疫病、野武士による略奪。
各地を訪問して僕が見たものは、江戸時代よりも遥かに悲惨な生活と、貧富の格差。
皆揃って「仕方ない」と繰り返す諦めの世界。
これじゃだめだと思うけれども、力無き者の言葉など誰も聞いてはくれない。
自らを顧みた。
民主主義国家に守られていた自分。
世の中を不満を持ちながらも、他の誰かが何とかしてくれるだろうと、努力もせず、漠然と時間を浪費する。
人は何故生きるのか・・・。
自問し、思わず吹き出した。
何を今更。
そんな哲学的なことを考えて何になる。今まで生きる意味なんか考えた事など無かったじゃないか。
今更になって今までの生き方に後悔した。
「甚八様、豊臣方が浪人を集めているとの情報がきました。」
話しかけてきたのは、上田城で共に戦った騎馬隊のひとりだ。
しかし、その言葉に僕が特に心を動かされるものは無い。何しろこの後、大坂の陣を経て、豊臣家は滅亡するのだ。
「集まった浪人の中に、高野山から脱出した信繁様の姿もあると。」
真田信繁。
その名前には少しだけ心が動いた。
そういえば『真田幸村』にも会っていない。こんな腐った世界ならば、有名人に会って散るのも良いかもしれない。
「信繁様のもとへ行こう。」
僕の言葉に皆の表情が明るくなった。
これは希望とは違うのかもしれない。「武士道とは死ぬと云う事と見つけたり」だったかな?誰が言った言葉かは知らないけど、皆も死地を求めていたのかもしれない。
大阪城は豊臣秀吉が築いた堅固な城だ。
幾重にも掘られた堀と淀川が、敵の進軍を拒む。
僕は初めて見るその荘厳な城に圧倒されていた。
「甚八!よく馳せ参じてくれた!」
城門をくぐると、懐かしい信繁の笑顔が僕を迎えてくれた。随分と歳を重ねた様だが、背中を叩く力強い手は上田城の戦いの時と変わっていない。
「信繁様、状況は?」
僕は信繁に問いかけた。
「何とも言えないな。私は出陣して畿内を制し、徳川軍と西の諸大名との連携を断ち切る事を進言したのだが、籠城案が採用されてしまった。」
これも史実通りか。
「どうやら私が徳川軍に寝返る可能性があるとも考えているらしい。」
大坂の陣の後、真田幸村の豊臣家への忠誠は語り継がれていく訳だが、実際は疑いの目の中での戦いになっていたという事か。
「仕方のない事だ。徳川方には兄である信之と岳父の本多忠勝がいる。悲しい事であるが、豊臣方にとっても私には疑念が残るのだろう。」
僕の心を察してか、信繁がそう言った。
「ところで、信繁様。幸村様はどこに?」
ずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。真田家の事だ、信繁が知らないという事は無いだろう。
「幸村?すまんな、私はその名を知らん。」
意外な答えに僕は戸惑いを覚えた。「真田幸村」とはいったい?
「甚八、真田勢を集めろ。大阪城の南側に出城を築くぞ。」
大坂の陣で築かれた出城。
僕はそれを知っている。
真田幸村の集大成と言われている砦。
――真田丸
まさかこの人が、真田幸村?
意図せず近づいていた事に気付き、心が震える。
「はい!直ちに!」
声が裏返った。
真田十勇士。
もちろんそんなのは、架空の忍者達だということは知っている。
でも、いつの間にか甚八が、いや僕がこの重要な局面で真田幸村から直接指示を受けている。
これが十勇士でなくて何者だと言うのだ。
自分の身にこんな事が起こるなんて、夢にも思わなかった。
何者でもない自分は、ずっと何者でもなく終わるのだろうと思っていた。
「堀を作れ!壁を築き、櫓を建てろ!」
大阪冬の陣まで時間がない。急いで真田丸を完成させるんだ。
信繁の指示の元、僕と甚八のありったけの知識を総動員し、真田丸の完成に力を注いだ。
「甚八、後方から攻められた場合の防御にも備えるぞ。」
急に信繁が耳打ちをしてきた。
「考えたくは無いが、豊臣方には私をよく思っていない者もいる。万が一の備えだ。」
悲しいが、これが教科書に載っていない史実・・・か。
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