やっぱり魔王を論破しないまま倒すのってマズいです?

ちびまるフォイ

頭より心に訴えられる言葉を。

「来たようだな勇者よ……」


「魔王! お前は俺が倒す!!」


「私を倒してどうなる」


「なんだと?」


「世界はすでに崩壊へと向かっている……。

 それなのに誰ひとり行動を起こさないばかりか、崩壊にすら気づいていない」


「そんなこと……あるわけない!」


「あるさ。私もかつては勇者だった。

 そして魔王を討ち、世界を取り戻した。その結果がこれだ。

 人は堕落し、夢を諦め、現実に絶望し誰もが奴隷となって生きている。

 

 目の前の問題から逃げるために魔王を生み出しては殺す永劫輪廻。

 その先に何がある? 私はこんな間違った世界を滅ぼすのだ」


「……!」


「たとえ私の手が汚れようとも魔王などと言われたとしても。

 理想の世界を作るまで、私は決して諦めない。

 誰もが夢を見られる世界を取り戻してみせる」


「……」


「さあ勇者よ! お前はどうする!!

 お前の言葉を正義を私に言ってみろ!!!」





「ごめんちょっと考えてくる」




「えええ…………?」


勇者は最終決戦で気持ちを作っていた魔王を残してその場を去った。


三日三晩、お父さんとお母さんになにかいい言い返しがないかと相談したが

「いいから定職につけ穀潰し」と言われるばかりで、そういうことじゃないと勇者は悩んだ。


ちょうど地元の友だちが勇者同窓会を開くということで、

気分転換と情報収集をかねて参加してみることに。


そこでは様々な世界を救った勇者たちが、

お互いの武勇伝をさかなにお酒を飲み交わしていた。


「なあ、ちょっと相談があるんだけど」


「なんだ? 勇者一行の女の子を取り合って、空気悪くなったのか?」


「そんなオタサー崩壊の危機みたいなことじゃなくて、

 実はラスボスに対して言い返せる言葉を探してるんだ」


「はあ?」


ラスボスと最終決戦として相まみえたものの、

相手の筋を通った話に言い返すどころか納得してしまったことを話した。


「……なるほどなぁ。昔からお前は相手に影響されやすいふしあるもんな」


「みんなはなんて言い返して魔王を倒したんだ?

 相手によっては筋が通った理由もあるだろ?」


「きれいな言葉を言えば万事解決さ」


「へ?」


「俺のときだと"俺は希望を捨てない"って言って斬った」

「オレは"人間の作る明日を信じる"って言い返したね」

「ミーは"Я голоден чем это"と言って論破したヨ」


勇者は忘れまいと必死にメモをとっていたが、

箇条書された歯が浮くようなセリフを一覧して首をひねった。


「……なんか、この言い返しだと会話になってなくない?

 自分の考えを言っているだけで話しにはなっていないような」


「そうか?」


「これはリンゴですか? と聞かれたときに、

 私はリンゴが好きです、と答えるようなズレ感あるんだよなぁ」


「そんなの気にするのはお前だけだよ。

 筋の通った大義名分なんて必要ない。

 みんなが求めるのはシンプルでわかりやすく、

 思わず同調したくなるような耳障りの良い言葉なんだよ」


「うーーん……そうかぁ」


同窓会を終えた勇者はそれでも腹の中に納得いかない居心地の悪さを感じていた。


言い返せないまま魔王を倒してもそれでは人々が納得しない。

後世まで語り継がれるであろう大事な場面であるからこそ、

ちゃんと相手を論破し、恥ずかしくない英雄譚として残したい。


「やっぱりちゃんと言い返そう!」


勇者は覚悟を決めると、世界を救うことをそっちのけで勉学にのめり込んだ。


両親はついに公務員になってくれるかと一時は大喜びで赤飯を炊いたが、

息子が"相手を黙らせる話術"という本を読み込んでいるのを見て、

しつこく定職を迫った自分たちを論破する気なのではと勝手に恐怖した。


「できたぞ……これで完全論破できる……!」


長い時間をかけて勇者は魔王の言葉をしっかりと否定できる主張を整えた。

そして、再び世界の覇権をめぐる最終決戦として勇者が魔王のもとへやってくる。


「ほう、もう来ないものかと思ったぞ勇者よ」


「お前が間違っているという証明をしにやってきた!!」


「私が間違っている? 面白い。ならばなにが間違っている。

 世界はすでに崩壊していると話したはずだ。

 私は魔王であるが同時に世界の救済者でもあるのだ」


勇者はポケットからメモ帳を取り出した。

そしてめちゃめちゃ早口で話し始める。


「たしかにお前の主張は世界人間論的な観点から見れば正しいかもしれない。

 ただ、生物淘汰性の進化理論を考えると崩壊はある意味で必然。

 環境適応を推進することで生物多様性を保持し適正遺伝が伝承される。

 この点がお前の主張には抜けている部分だ。

 今我々の世界における生物は少なからずこの環境要因を受け継いでおり

 競争と成長は最適者生存が生物を成長させている。

 発達過程における分化の相対的な差を否定することは形態敵多様性の喪失で

 世界が共進化する進化的軍拡競争こそが相同性ボティプランの創造である。

 現に世界を斉一説で処理するべきではなく恒常的な進化を優先する実証があり

 価値判断の優劣はアンゴラウサギ主義的に見れば仮説の域を出ない。


 よって、魔王! お前の論理はまちがっている!!

 それでも世界を滅ぼすべきと思うなら、俺を論破してみろ!」


勇者の言葉を受け、魔王はシンプルに言い返した。



「うぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

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