第17話 兄弟
「危ない! デッドマウスだ!」
「危ない! アルカブトプスだ!」
デッドマウス、獰猛なネズミの魔物、Fランク。
アルカブトプス、鋭い角をもった巨大昆虫の魔物、Fランク。
僕たちに襲いかかる魔物と遭遇するたびに、ドヤ顔で討伐してくれるマティス兄弟。
守ってくれるのは有り難いんだけど、できれば襲われるようなルートを避けて移動して貰いたいな。
その魔物たちは、縄張りさえ踏まなければ襲ってくる事はないんだから……。
「どうだ! 俺たちの力は!」
「お前たちには真似できまい!」
「わー、すごーい! 尊敬します! 僕もあなた方のように早く強くなりたいです!」
「「なぁはっはっはっ!」」
と、2人を護衛する立場としては多少の苦情はあるものの、道案内して貰っているので、それは心の中に留めておく。
兄弟を持ち上げる僕を、エリス様は不思議そうな顔で見ている。そんな顔をしないで欲しい。少しでも機嫌を良くして貰った方が信頼関係も築けるし、また別の情報も聞き出しやすくなるかもしれないんだから。
目の前にデッドマウスが現れる。
大きな牙を剥き出しにして、素通りさせてくれそうにない。あれは僕が射抜いてしまおう。
「おう! なかなかやるじゃねぇか!」
兄のロイは僕の髪をグシグシと撫でる。
「お前には見所がある!」
「鍛えれば、もっと強くなれるだろう!」
「だが、お前は何もしなくていい!」
「全て俺たちに任せておけ!」
「弱い奴を守るのは!」
「強い者の役目だからな!」
確かにこの2人にはセンスがあった。互いの背中を守り合う戦い方は見ていて気持ちがいいくらいに洗練されてる。
Cランク以降の魔物たちは急に物理防御力が高くなり、高度な魔法やスキルが必須になっていくが、Dランク以下なら普通の剣でも刃が通る、
実力を見る限り、本当に2人に任せておいても大丈夫そうだった。
「どうだ! 出たぞ道に!」
「この道を北にまっすぐ行けば! 1日で首都マディスカルだ!」
夕暮れ時。やっと人工的な道と出会った。
【
首都まではおよそ50キロ。歩きやすい道なら1日で歩き切れる距離。弟のエルの予測は当たっていた。
1日歩き詰めで疲労はピークに来てる。
日も暮れたし、今日はもう休もう。
「今日はここで休みましょう。食料をとってきます」
「とってくるって、どうするつもりだ?」
「クリフバードを狩ってきます」
「新米のお前に、クリフバードを仕留められるわけないだろう。しかもそんなボロっちい弓で」
マティス兄弟の分も含めて、4羽のクリフバードを持ち帰った。目の色を変えたのは、弟のエルの方だった。
「すげぇ! どうやって仕留めたんだ⁉︎ まさかその弓で射抜いたのか⁉︎」
「ええ、まぁ」
「なんてこった! 久しぶりの肉だ! おい、弟者! さっさと調理してくれ!」
「ああ、兄者! 任せておけ!」
エルは見事な手捌きで魔物を捌く。部位ごとに切り分け、草の葉の皿に綺麗に並べられていく。僕がする料理よりも格段に美味しそうな見た目だ。
「エルは器用なやつでな! 料理が得意なんだ!」
兄は自慢げに笑う。
その日食べたクリフバードは、今まで食べていた肉とは別物のように美味しかった。捌き方もそうだが、焼き加減一つとっても、これだけ味が変わるものなのかと勉強になった。
「お二人は仲の良いご兄弟なんですね」
「おうよ! 俺と弟者は一心同体。2人で一人前の冒険者だからな!」
「何があろうとも折れることのない絆が俺たちにはあるのさ!」
「羨ましいです……」
エリス様は焚き火を見つめながら悲しそうな顔をする。それは嫌味でなく本心から出た言葉、思い出しているのは、きっと姉妹たちのことだろう。エリス様が抱える兄弟関係は、複雑で闇を孕んでいる。マティスたちとは正反対と言って良い。
エリス様は顔を近づけ、僕の耳元で囁く。
「あの、ケイル。お願いがあるのですが……」
「な、なんですか?」
エリス様の吐息が顔に当たり、心臓が強く動く。
「ケイルにお譲りした金貨から、少しだけ返して貰うことは出来ないでしょうか?」
「あれは最初からエリ……マリー様の物ですよ?」
「いえ、護衛をして頂いた代償に貴方に渡すと決めたのです。あれはもう貴方のものですよ」
「はあ……」
「道案内して頂いたお2人に、お礼の品を渡したいのです」
「なるほど……。僕は全然構いませんよ」
「ありがとうございます」
エリス様は布袋から取り出した金貨10枚をマティス兄弟に差し出した。
「あの、もし宜しければ、道案内して頂いたお礼をしたいのですが」
「礼などいらん!」
「弱い者を助けるのは!」
「強い者の役目!」
「我らマティス兄弟は!」
「弱い者を見捨てない!」
余りにも清々しい宣言に、僕らは思わず笑らってしまった。見た目や出身で、最初は偏見を持ってしまったが、彼らほど真っ当な冒険者も珍しかった。
まぁ、やっぱり見た目は変わってるんだけどね。
「お二人とも、どうかお気をつけて」
「お前たちもな!」
「都市に着くまで、油断するなよ!」
朝になり、兄弟と別れることになった。
なんとも声の大きな2人だったが、いなくなったらいなくなったで、静かな道が寂しくなる。
「良い冒険者様でしたね」
「はい」
10分ほど歩いた時、【
決死の表情。服には血を流した痕がある。たった10分の間に何があったのだろうか。
ふと視点を変えると、マティス兄弟の前に巨大な獣の姿があった。彼らが討伐する予定だったCランクモンスター、ビッグベアだ。
持った剣を振るっても、ビックベアは爪で簡単に弾き返し、兄弟たちを薙ぎ倒す。2人のコンビネーションを持ってしても、パワーと速さが違いすぎて勝負にならない。力量さは明白だった。
クエスト失敗を悟った時は真っ先に逃げるのが冒険者のセオリー。生きて帰らなければ、後悔も反省もできず、成長もない。
そんなことは分かりきってるはずの2人が逃げないのは、恐らく、近くで僕たちが歩いているせいだろう。
マティス兄弟の戦い方は、既に勝つためにでは無く、時間を稼ぐための姿勢に変わっている。
攻撃することなく、かといって逃げることもなく、一定の距離を保ったまま、ビックベアの爪をかわす事に専念している。僕たちが遠ざかるのを待つために。
強い者は弱い者を見捨てない。再三聞いた言葉を、2人は体現しているようだった。
しかし、それも長くは続かない。
剣は折れ、盾は割れた。
「すみません。少しお時間を頂けますか」
足を止め、来た道を振り返る。
距離は約1キロ。追い風が微かに吹いている。
ビッグベアが爪を光らせ、身動きの取れなくなった2人を狙っている。もう一刻の猶予もない。放物線に放っては時間がかかり過ぎる。
僕は茂みに向かって矢を放った。【
マティス兄弟は、まだ森の深いところにいるわけじゃない。無数に並ぶ木々たちの隙間を観測し、たった4センチの幅に矢を通す。
針の穴に糸を通すように、唯一の直線ルートを潜り抜けた矢は、ビックベアの頭部を貫通して、さらに奥深くの森に飛んでいった。
絶命したビックベアは、マティス兄弟の前に倒れた。
「強き者は弱き者を見捨てない。良い勉強になりました」
「今度は、何に向かって放ったのだ?」
「さぁ、なんでしょうね」
僕らはまた先に進み始めた。
目標の首都マディスカルまで残り僅か。
亡命を護衛するというクエストも終わりが近づいてきた。
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