第34話 ブリジット 4/5 支えてくれる人たち

『ゴブリン令嬢』の最終巻が、いよいよ本日12/8に発売です。

結婚後も深く想い合うアナとジーノを、ぜひぜひご堪能くださいませ。

店舗特典は活動報告をご参照ください。



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◆◆◆ブリジット視点◆◆◆



「娘から聞いたよ。

雷功を修得出来たんだって?

おめでとう。

歴史に名を残すほどの快挙だな」


「ありがとうございます」


お父様の祝福の言葉にメルヴィンは照れながらも笑顔でお礼を言います。

なぜか今日、メルヴィンがオードラン家に来ています。

私と両親に話があるそうです。

ですから今、お父様とお母様と私で、彼とお茶を飲んでいます。


「それで、今日はどういった用件なのかな?」


本題の前に雑談をするのが貴族の礼法です。

その雑談も一段落したので、お父様は本題を尋ねます。


「娘さんを、僕に下さい」


「えっ!?」


驚き過ぎて声が出てしまいました。


何をしに来たのかと思ったら、縁談の申し込みをしに来たんですか!?

昨日プロポーズを断わったばっかりなのに!?


「……ブルガーノフ家は、当家にどんな条件を出すつもりなのかな?」


「一つ目はこれです。

今日は一冊しか持って来ていませんが、他に六冊あります」


お父様の質問に対して、メルヴィンは獣皮紙をつづった冊子を差し出します。

不思議そうな顔で手に取ったお父様は、読み進めるうちに顔色を変えます。


「ビディ。おまえも見てみろ」


ビディは私の愛称です。

最初の十ページを穴が開きそうなほど一心不乱に読んでから、お父様は冊子を私に差し出します。


「これは……」


書かれていたのは、当家の家伝武功の改善案でした。

これまでメルヴィンが私にしてきたアドバイスは、全て当家武功の招式を崩さない範囲のものでした。

これはより踏み込んだ内容で、当家武功の招式自体を改良する提案です。


最初の数ページを読んだだけですが、提案は理にかなっていると思います。

当家の武功を大きく進化させるでしょう。


武功とは、そっくりの動きをすれば真似まね出来るものではありません。

型だけの猿真似では、掌打一つで巨岩を砕く当家の武功にはなりません。

『気』の運行法や心のあり方まで全て同じものにして、ようやく当家武功の招式になります。


改良も同じです。

招式の改良には、型を改良しただけでは足りません。

改良した型に合うように、運気法や心法も改良する必要があります。


運気法や心法は、第三者が分かるものではありません。

その武功を熟知する者から教えを受けることで、初めて知ることが出来ます。

それなのにこの冊子には、運気法と心法の改善案まで書かれています。


お父様はずっと、私をにらんでいます

私が秘伝を漏らしたのではないかと、疑っているのです……。


「ブリジットは何も話していません。

改良出来たのは、雷功のおかげです」


「……しかし、雷功は今回の閉関修練で修得出来たものだろう?

閉関修練を終えてから、まだ二日しか経ってないじゃないか?」


「雷気を体外に出せるようになったのは、今回の閉関修練の成果です。

でも実を言うと、以前から雷眼は修得していたんです。

雷眼は、相手の体内の雷の流れなどを読むことが出来ます。

ブリジットの雷の流れなどを読んで、運気法や心法を推測したんです。

まだまだつたない雷眼ですが、ブリジットの修練はずっと見ていましたからね。

ブリジットの武功だけは改良出来たんです」


メルヴィンのその言葉で、お父様の視線も和らぎます。


私もほっとしました。

うっかり話してしまったんじゃないかって、記憶を探ってる最中でした。


雷眼で私の修練をずっと見ていたから改良出来た、とメルヴィンは言います。

でも、それだけではないと思います。

それで武功の把握は出来ても、改良は出来ません。


幼い頃から彼はずっと、どうすれば私を強く出来るのかを考えてくれました。

熱心に考えてくれたからこそ、改良案も思い付いたんだと思います。


それに彼は、武功に対する悟りはずば抜けています。

目立ちませんが、彼はとても有能です。


「運気法や心法まで読めるなら、こちらが次に出す技まで読めてしまうな……。

何とも凄まじい。

なるほど。

絶世武功と言われるわけだ」


お父様も驚いています。


「その冊子でお分かりのように、僕は他家の武功に改良を加えることが出来ます。

そして、一部を修得出来たので雷功の要訣ようけつはもう分かっています。

提示出来る二つ目の条件は……オードラン家の武功に雷功を加えられる、ということです」


「なんだと!!?」「「なんですって!!?」」


みんな驚愕きょうがくしてしまいます。

そんなことが出来るなら、平凡な当家の武功も強力無比な絶世武功へと早変わりです。


私が強いのは、先天的に強力な魔法を使えることが大きな理由です。

でも、先天魔道士なんて滅多めったに生まれません。

この先何人子供を産んでも、先天魔道士は生まれないでしょう。


当家唯一の先天魔道士である私が引退したとき、当家は大きく力を落とすことになると思います。

でも、もし当家の武功に雷功が加わり絶世武功になったなら、当家の繁栄は私が引退しても続きます。


「……それは受け入れられない。

結婚したからといって、ブルガーノフ家の奥義を教えて貰うのは道義に反するからね。

家同士の付き合いというものは、家伝武功以上に重要なものなんだよ」


やっぱり、そうなりますよね。

お父様は提案を断わってしまいました。


「それは大丈夫です。

雷功は、ブルガーノフ家の武功ではありません。

僕が独自に編み出したものです」


「なんだと!!?」「「なんですって!!?」」


信じられません……。

どこまで武功に対する悟りが深かったら、そんなことが出来るんでしょうか……。


そういうことを成し遂げた過去の偉人たちも、何十年も武の道を歩んできた老人です。

この若さで、そんなことが出来るなんて……。


「……ははははは。

これは、驚いた!

絶世武功を自分で編み出すなんて、絶世流派の開祖並みの大天才じゃないか!」


あきれるように笑いながら、お父様はそう言います


「自分一人で編み出したなら大天才でしょうけど、僕の場合は違うんです。

僕が雷功を編み出せたのは、ジーノリウス様のおかげなんです。

ジーノリウス様が色々と教えてくれたから出来たんです。

僕の才能は……皆さんが思っているほどのものじゃありません」


納得です。

ジーノリウス様の知識は、人並み外れています。

おそらく、何かの遺物の魔道具アーティファクトの恩恵なんでしょう。

あの人の力を借りれば、奇跡みたいなことだって不可能じゃないと思います。


でも、ジーノリウス様のお力だけじゃないと思います。

閉関修練という厳しい修行を毎年してきたのはメルヴィンです。

彼の血のにじむ努力無くしては、雷功も修得出来ません。


「本当に、ジーノリウス様の知識には驚かされます。

雷についてはもちろん、武人でもないのに『気』についてもすごく詳しくて……。

人類に発展と豊穣ほうじょうをもたらすために、神々は地上に愛し子様を遣わされるって、教会は言いますよね?

もしかしたらジーノリウス様は、神々の愛し子様なのかもしれないって思ってます」


「それだけは絶対にありません」


メルヴィンの誤解を即座に否定します。


神々の愛し子様は、普段は天上に住まわれ、神々にお仕えすることを許された方です。

そんな神聖な方が、ところ構わず奥様に抱き付く、あんな破廉恥はれんちな人であるはずがありません。


「でも……ジーノリウス様はなぜ、メルヴィンにそんなことを教えたんですか?」


メルヴィンに尋ねます。

そんなことをジーノリウス様がする理由が分かりません。


「ああ。奥様のおかげだよ。

ブリジットのすごい才能は、昔から有名だったからね。

君と結婚するにはブルガーノフ家としても相当奮発する必要があるって、ずっと前から分かってたんだ。

でも、僕は五男で、結婚ではあまりお金を掛けては貰えない立場だろう?

結婚のときにお相手の家に提供する利益は自分で用意するしかないけど、昔の僕じゃ大したものは用意出来なかったんだよね。

そのことを、まだお嬢様だった頃の奥様が心配してくれてさ。

将来僕たちが結婚を望んだとき、その望みをかなえるためにはどうすれば良いかって、ジーノリウス様に相談してくれたんだよ」


奥様だったんですね……。

奥様はいつも、さり気なく私をお気遣い下さいます。

こうやって手を回してくれても、そのことを誇ったりもされません。

ジーノリウス様にご相談されたことだって、私に教えてさえくれません。

それでも、いつも私のことをお考え下さいます。


……本当に……お優しい方です。


「奥様がお嬢様だった頃なら、随分前ですよね?

どうして奥様は、そんな昔にそういうご心配をされたんでしょう……」


私のつぶやきを聞いて、両親は大笑いを始めます。


「あなたが昔からメルヴィンさんにお熱なことは、私たちやデミさんはもちろん、執事長やメイド長だって知ってるわよ。

家門内では有名だったから、もちろん奥様だって昔からご存知よ?」


嘘でしょう!!?

みんな知ってたんですか!!?

私だってつい最近、自分のこの気持ちに気付いたのに!!?


お母様が笑いながら教えてくれた事実は衝撃でした。

頬が熱くなるのを感じます。


「僕もそうさ。

昔から君が好きだった。

だから、君と結婚するために昔から準備してたんだよ。

毎年、閉関修練してたのも君との結婚のためさ」


メルヴィンは多分、自分もそうだから恥ずかしがる必要は無いって、言いたかったんだと思います。


気持ちはありがたいですけど、何で分からないんでしょう?

そんなことをはっきり言われると、逆に恥ずかしいって。

何も、お父様とお母様の前で言うことないのに……。


それにしても、そんな前から私との結婚を考えてくれていたんですね。

すごく嬉しいです。

言葉で言い表せないぐらいに、すごく……。






結婚相手はメルヴィンで決まりました。

やっぱり、家伝武功を絶世武功に出来るメリットは絶大でした。


私の幸せは、奥様や両親、デミさんやメイド長など多くの人に支えられていました。

今回のことで、それを痛感しました。


もう私は、一人で生きていた貧民街の孤児ではありません。

多くの人に助けられて生きる、セブンズワース家一門の一人です。

今回のことで、改めて実感しました。



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新作を書き始めました。


『敵は蹂躙して、継子には愛を注ぎます――白雪姫のいじわるな継母に転生した猛悪の大魔女』

https://kakuyomu.jp/works/16817330668112250064/episodes/16817330668112384382


前世を思い出した白雪姫の継母が、白雪姫にいじわるをしないで溺愛するお話です。

崩壊寸前にある国の再建もします。


こちらもぜひよろしくお願いします。

来月には完結の予定です。

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