第33話 ブリジット 3/5 心変わり

お知らせです。

12月8日、ゴブリン令嬢の3巻が発売されます。

この巻で完結です。


3巻の主な内容は、戦争と建国です。

WEB版で言うと、本編27話以降のお話です。

アナの巨大な魔力、第二王子はどこに行ったのか、アナの刺繍科研究生としての成果など、これまでの伏線もまとめて回収されます。



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◆◆◆アナスタシア視点◆◆◆



「ねえ。ブリジット。

わたくしも結婚しましたし、そろそろブリジットも結婚してほしいですわ」


お髪を整えてくれているブリジットに、わたくしはそう言います。


ブリジットも、もう二十四歳です。

今すぐに結婚しても晩婚です。

それなのにブリジットは、まだ婚約者探しさえ始めていません。


普通なら、お家が縁談をまとめます。

ですがオードラン家は、ブリジットの意思に任せてしまっています。


オードラン家がブリジットの意思を優先するのは、ブリジットが飛び抜けて優秀だからです。

ブリジットは将来、使用人を率いる立場になる可能性が高いと評判です。

それほど優秀なら、お仕事が優先でも良いとお考えなのです。


それに、ブリジットを養女に迎えたあのお家は、養子への抵抗がとても低いのです。

後継者は養子でも良いとお考えです。


「私は結婚するつもりはありません。

奥様のお世話は、誰にも譲るつもりはありませんから」


肝心のブリジットは、こんな調子です。


「それなら大丈夫ですわ。

ブリジットさえ良ければ、ずっと側にいてほしいってわたくしは思いますもの。

それに、いずれわたくしもお子を産むと思いますわ。

そのときブリジットにもお子がいたら、わたくしのお子と遊ばせることも出来ると思いますの」


「……私が……奥様の……ママ友に……」


お髪をかす手が止まったブリジットは、雷に撃たれたようなお顔をしています。


「それに、お互いにお子を持ったら、子育ての悩みを相談することも出来ると思いますの。

旦那様にはご相談出来ないようなことでも、同じ女性同士なら相談出来ることもあると思いますわ」


「……お……奥様が……ジーノリウス様にさえお教えしない……スペシャルなご相談を……私だけに……」


ブリジットは、二度目の落雷に遭ったようなお顔です。


「そうなったら、ブリジットと一緒にいられる時間も増えると思いますの。

わたくし、ブリジットと一緒にいる時間が好きですわ」


「……ああ……何と勿体もったいないお言葉……奥様が……私と一緒にいることを……お望み下さるなんて……」


ブリジットは三度目の落雷に遭ったようなお顔になった後、涙をこぼし始めます


「産みます!!!

絶対に産みます!!!

奥様とママ友になって、奥様とずっとご一緒して、奥様のご相談を受けるのは、絶対に私です!!!

それに、奥様の安全のためにも、ご一緒する時間は大幅に増やすべきです!!!」


「……あの……そこまで、力を入れなくても大丈夫だと思いますの」






ようやく、ブリジットが結婚を前向きに考えてくれるようになりました。

ブリジットがお相手探しを始めたことが家門内に広まると、多くのお家から縁談を申し込みがありました。

申し込みは、セブンズワース一門だけではなく、他の家門からも来ています。

大人気です。


美人で、将来は家門内の重要な地位に就く可能性が高いブリジットです。

お相手は選び放題です。


それから、ブリジットは貴族の結婚について、びっくりしてしまうぐらい何も知らないことも分かりました。

自分には関係が無いことだと思っていたブリジットは、意図的に結婚関連のお勉強をせず、その時間を武功の修練に充てていたそうです。

あんまりにも知らないことにデミがあきれて、久々にブリジットを叱っていました。


『小さい頃から、修練と奥様のお世話ばっかりでしたからねえ。

貴族として当たり前の知識が、すっぽり抜けてますねえ』


そう言って呆れるメアリも、デミやハイジと一緒にブリジットにいろいろと教えてくれています。

教師もたくさんいるので、結婚までには知識の補完も間に合いそうです。



◆◆◆ブリジット視点◆◆◆



「どうしましたの?

元気がありませんわ。

もしかして、縁談のお話が順調ではありませんの?」


顔に出てしまったみたいです。

いけません。

奥様を心配させてしまいました。


「縁談のお話は順調に進んでいます。

結婚の申し込みがあった人のうち六人を選んで、家同士で条件の摺り合わせをしているところです」


縁談は順調です。

条件のり合わせは、滞りなく進んでいます。

最終的には、最も条件が合う家の人との結婚が決まると思います。


「メルヴィンは、まだ閉関修練を終えていませんの?

もう一ヶ月が過ぎましたけれど」


「はい。今回は少し長いようです」


閉関修練とは、洞窟や修練場などに籠もって外界との接触を断ち、ただ武功修練だけに専心集中する修練法です。。

メルヴィンは毎年、一ヶ月ほど閉関修練をしています。


いつもなら冬に一度、閉関修煉をします。

でも今年は、冬以外にも五月のこの時期に、二度目の閉関修練をしています。

私が結婚相手を探し始めると、彼は逃げるように閉関修練を始めました。


彼は私に、縁談を申し込んではくれませんでした……。

可愛いだとか綺麗だとか輝いてるだとか、散々私のことを褒めておいて……。


何なんですか!!?

もう!!!

全部、社交辞令だったんですね!!?


「ブリジット。

結婚が嫌なら、無理にしなくても大丈夫ですわよ?

わたくしは結婚して良かったと思いますから、ブリジットも幸せになれたらと思って結婚を勧めただけですわ。

ブリジットの幸せが一番ですから、お仕事を優先したいなら、そんなブリジットもわたくしは応援しますわよ?」


「……結婚はしようと思います」


今はもう、奥様との特別な関係のためだけに結婚するのはありません。


以前、ずっと奥様にお仕えするために結婚はしたくないって、お父様とお母様に伝えました。

そのときお二人は、賛成してくれました。

ですからてっきり、お二人は私の結婚には関心が薄いのかと思っていました。


でも今回、結婚の意向を伝えたらとても喜んでくれました。

私に言わなかっただけで、お二人とも内心では結婚を望んでいたのです。


『お前には、幸せになってほしいんだ。

それが私たちの願いだ』


お父様のその言葉に、涙がこぼれてしまいました。


お父様とお母様は、浮浪児だった私を愛情たっぷりに育ててくれました。

今もこうやって、気遣ってくれます。

そんなお二人に、結婚して少しでも恩返しがしたいです。






その後も縁談の話は順調に進みました。

六人の候補は、三人にまで絞られました。

三人のうち誰にするかは、私が決めて良いと両親は言います。


それを決める前に、メルヴィンに会おうと思います。

彼と会って、気持ちの整理を付けなくてはなりません。


前に進むために。



◆◆◆



「久しぶりだね。ブリジット。

ちょっと付き合ってほしいんだけど」


本当に久々です。

メルヴィンは今回、三ヶ月も閉関修練をしていました。


とても爽やかな笑顔です。

私の複雑な気持ちなんてまるで興味が無いようで、その笑顔で心は沈んでしまいます。






「それで。見せたいものって、何なんですか?」


メルヴィンに誘われて、王都の外に来ています。

街道から外れたここは人気ひとけが無く、修練には打って付けの場所です。


子供の頃からずっと、ここで彼と一緒に修練をして来ました。

ここには、たくさんの想い出が詰まっています。


「ああ。今見せるよ」


彼の手に突然、鏢が現われます。

金属の輪と小さな刃物を鋼糸でつないだ鋼糸鏢こうしひょうです。

私の得意武器です。

メルヴィンはその鏢を、十歩ほど離れた木に向かって放ちます。


「……な……雷功!!?」


袖下に隠せるほど小さく軽いため、鋼糸鏢の破壊力は大きくありません。

その鏢が、樹木を真っ二つにへし折ったのです。

雷鳴をとどろかせる稲妻をまとって。


『気』が大きく変質しているため、雷功は普通の『気』では完全な防御が出来ません。

格上の達人相手にもダメージを通せる数少ない武功の一つであり、その強力さは毒功や梅花剣法などと並ぶと言われています。


ブルガーノフ家の家伝武功には、こんな奥義もあったのですね……。


もちろん、まだまだつたないです。

でも将来、彼はデミさん並みに強くなるかもしれません。


こちらに歩み寄ってくるメルヴィンは、晴れやかな笑顔です。

当然ですね。

普通の武人が一生掛けても到達出来ない境地に、彼は二十代の若さで到達したのです。

さぞ誇らしい気持ちでしょう。


っ!!?


近付いて来た彼に、偉大な成果をたたえる言葉を掛けようとしました。

その言葉を口にする直前、彼は私の前にひざまずいたのです。

そして私の手を取り、手の甲にキスをします。


これは!!?

プロポーズの作法!!?


「君はどんどん強くなって、僕から離れて行くからね。

だから昔、これが出来たら言おうって誓いを立てたんだ。

ようやく言えるよ。

ブリジット。僕と結婚してほしい」


「……ありがとうございます」


メルヴィンも、私と同じ気持ちだったのですね。

嬉しいです……。

それが分かっただけでも十分です。


「承諾はしてくれないのか?」


「今の私はもう……貧民街の浮浪児じゃありません。

オードラン家の令嬢です。

気持ちだけでは……結婚出来ません」


あふれる気持ちを押し殺して、そう答えます。


――貴族ってね、窮屈なものなのよ――


デミさんの言葉です。

これまで私は、その言葉の意味が、分かっているようで分かっていませんでした。

結婚に向けて動き始めて、ようやくその意味が理解出来ました。


貴族の結婚は、家同士のつながりです。

お父様やお母様、それに家の使用人たちの利害に直接関係します。

愛情たっぷりに私を育ててくれた両親、オードラン家に尽くしてくれる人たち……

これまでずっとお世話になって来たのですから、その人たちのことを考えなくてはなりません。

当事者同士の気持ち以上に、相手の家に提示出来る条件が重要なのです。


候補に残っている人たちはいずれも、破格の条件を提示しています。

同等以上の条件をメルヴィンが提示するのは、まず無理です。


五男のメルヴィンは、身軽な立場です。

身軽な分だけ、家が彼に投資出来る額も少ないのです。


私たちは、最初から縁が無かったのです……。


「じゃあ、これだけは正直に答えてくれ。

僕のことを、好きか?」


「……はい。好きです」


好きじゃないって、答えた方が良かったのかもしれません。

どうせ結ばれないんですから。


でも、嘘はけませんでした。


――好きだってちゃんと口に出して言わなかったら、ずっといつまでも、心に残ってしまうのよ。

ふとしたときにそれを想い出して、決して手に入らない幻をいつまでも愚かに追い求めてしまうの。

甘い記憶がずっと自分の人生を縛り続けて、それで人生が歪んで幸せを逃してしまうって、私は思うわ――


これもデミさんの言葉です。


私も、そんな気がします。

ここで嘘を吐いたら、この気持ちはずっと、心の底でくすぶってしまうと思います。

燻る熱に惑わされて、私は前に進めなくなってしまうように思えます。

ですから、正直に気持ちを伝えました。


笑顔で言うつもりでしたけど、涙がこぼれてしまいました。



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12/8発売の3巻についてです。


正直言って、文字数は相当多いです……。


規定ページ数に収めるために改行を極力減らして、それでも足りずに一ページの行数を二十行まで増やして、それでも収まらなかったのでやむなくページ数を増やしました。

ページ数が増えてしまったので、他作品より少し割高です。


行数が多くて改行も少ないからどのページも文字がびっしりです。

紙が貴重だった夏目漱石先生の時代の本みたいです。


正直、読みにくいと思います。

でも、どうしても書きたかったんです。

ごめんなさい。


読みにくいですけど、その分内容は濃いと思います。

何と言っても、文字数が多いですから。


どうか買って下さいませ。

そして、感想をお聞かせ下さいませ。

罵倒でも批判でも良いです。

とにかく感想が読みたいんです!

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