第8話 化粧水

ゴーレムを作るための資金集めをしなくてはならない。

私はそのための手段として基礎化粧水を作った。


前世では、何でもゴーレムがやっていた。

タイマーをセットしておけば寝ている間にメイクしてくれるゴーレムや、酔い潰れて帰って玄関で寝入ってしまっても勝手にメイク落としとスキンケアをしてくれるゴーレムなどは大ヒット商品だった。

その関係で、そのゴーレムが使うような市販基礎化粧水の成分ならある程度は知っていた。

化粧水の長期品質保持機能をゴーレムに持たせるには、ゴーレムエンジニアがその成分を知る必要があったからだ。



◆◆◆◆◆



「あら。この化粧水をわたくしに下さるの?」


「ええ。お使い頂ければと思いまして」


アナと義母上ははうえと一緒に庭でお茶しているとき、私は義母上ははうえに化粧水をプレゼントした。


「嬉しいけど、アナの分はないのかしら?」


婚約者にはプレゼントせずに婚約者の母親にプレゼントしたため、義母上ははうえは困惑しきりだ。

アナもまた、何で母親にプレゼントして自分にはくれないのかと目で訴えている。


「この化粧水の性質に理由がありまして」


女性の美容問題は説明に気を遣う。

会話の流れを不自然なものとせず、かつ女性のプライドを傷付けないように説明するのは難しい。

「この化粧水は、お客様のように染みの多い方向けなんですよ」などと言えば、実際そんな効能だとしても客を怒らせてしまう。


「まあ。どのような性質なのかしら?」


「はい。

この化粧水にはアンチエイジング効果がありまして、使用するとお肌が十歳は若返るとい」


ガタンという椅子が倒れる音に驚いて、私は説明を止めてしまった。

義母上ははうえが立ち上がった際に椅子を倒したようだ。

降嫁した王女であり、現公爵夫人である義母上ははうえだ。

こんな無作法をするのは非常に珍しい。

アナも目を丸くしている。


テーブルを挟んで私の向かいに座っていた義母上ははうえは、私とアナが驚いている一瞬のうちにくるりと高速でテーブルを回り込んで、私が手に持っていた化粧水をすっと奪い取った。


「頂くわ」


そう言って化粧水を手にする義母上ははうえを、私とアナは点になった目で見ることしか出来なかった。


義母上ははうえは、決して走ったりしたわけではない。

頭の高さは常に一定で、本を頭の上に乗せても落とすことがないような優雅な動きだった。

だけど、まるで氷上をスケート靴で滑るかのような、不自然に滑らかで高速の動きだった。



「……それで、一つお願いがあるのですが」


義母上ははうえが座り直して、ようやく私は気を持ち直して義母上ははうえに話を続ける。


「まあ。何かしら?」


「一つは、もし社交界で若さを注目されたときは、その化粧水について話して頂きたいということです。

ただ、品数の関係上市販はしませんから、製造元は内緒にして頂けると助かります」


「それくらいなら全然構わないわよ」


にっこりと笑って義母上ははうえは快諾してくれる。


「もう一つは、販売先についてです。

大変希少な品ですので、販売先については義母上ははうえに決めて頂ければと思っています」


本当は大量生産も可能だけど、それはしない。

少量を超高値で売る方が楽だからだ。

生産担当が私一人なので、大量生産なんて面倒なことはしたくない。


「あら。

それはありがたいけど、今のあなたはバルバリエ家の人間よ。

わたくしよりも先にバルバリエ夫人にお願いするのが筋だと思うわ」


義母上ははうえは、こういうところが信頼出来る。

自分の利よりも私の立場を考えてくれる。

この人の義息むすこになれたのは、やっぱり幸運だったと思う。


「バルバリエの義母ははにはもう相談しています。

こういうことはセブンズワースの義母上ははうえに任せた方が上手くいくと、バルバリエの義母ははも考えています。

バルバリエの義母ははとしては、自分の分を確保してくれるだけで良いとのことです」


私はバルバリエ夫人とは相談済であることを説明する。


「そういうことなら引き受けるわ。

なるべく高値を付けてくれる方にお売りする、ということでいいのかしら?」


「いえ。セブンズワースの利になる売り方でお願いします。

販売数量については、義母上ははうえの派閥の人数なども考慮しつつ義母上ははうえと相談の上で決めていこうかと考えています」


「あら?

本当にそれで良いのかしら?

あなたのことですもの。

アナには贈らずわたくしにだけ贈ったのは、これで得た資金を使ってアナに何かプレゼントするつもりだったのではなくて?」


うっ。鋭い。

完全に意図を読まれている。

まだ上手くいくか分からないから、アナには隠しておこうと思ったのに。


「確かにそのつもりですが、資金面ではそれほど苦労することはないと予測しています。

アナへの贈り物には、資金以外のものが必要なのです」


私の答えを聞いたアナは目を丸くして、それからはにかみ笑いを始める。

くううう! 可愛いっ!


義母上ははうえは、そんなアナを横目で見てニヤニヤと微笑む。


「それなら、こちらとしてはありがたい限りだわ。

でも、わたくしにばかり利があって何だか申し訳ないわね」


「構いません。

セブンズワースの力になりたいのは、私も同じですから」


こうして私は、義母上ははうえに化粧水販売の広告塔兼販売人を任せることに成功した。



◆◆◆◆◆



「おはようございます。ジーノ様」


いつものように玄関先でアナが出迎えてくれる。

私に笑顔を向けてくれる彼女を見るだけで癒される。


ああ。可愛い。

抱き締めたい。


「今日はそちらではありませんわ。

第四応接室ですの」


私がいつものように執務室に向かおうとすると、アナが呼び止める。


ああ。昨日義母上ははうえに化粧水渡したのだっけ。

何をしたいのか理解した私は、アナと楽しくお喋りしながら第四応接室へと向かった。




「ジェニー!? お前なのか!?」


「え!? お母様ですの!?」


公爵もアナも、あまりの義母上ははうえの変わりように驚く。

ジェニーはジェニファーの愛称で、義母上ははうえのことだ。


驚いた顔のアナもまた可愛い。


義母上ははうえは、いたずらが成功したような子供のように得意気に笑った。

私は予想出来ていたから驚くことはなかったけど、社交辞令として驚いた表情は一応作った。


今の義母上ははうえは、どう見ても二十代中頃にしか見えなかった。

この集まりは、自分の変わり様を家族に見せたくて義母上ははうえが企画したのだと思う。

どこか子供っぽくて可愛い人なんだよな。


私が義母上ははうえに渡した化粧水は、前世で売られていた若返りの効果が付与された魔法化粧水だ。

一度塗ると十歳から十五歳ほどお肌が若返り、使用を止めると数日で元に戻ってしまう。

魔法効果を付与したのは私なので、もちろん若返り効果の効能を上げたり持続期間を伸ばしたりすることも可能だ。


だけど化粧水は人体に直接作用するものだ。

副作用が怖いので、前世で販売許可が下りた若返り魔法式をそのまま付与した。

市販化粧水に使われた付与魔法なら、治験を通っているから安全面で問題はない。


市販化粧水の若返り魔法そのままなので、前世での法的規制もそのまま受けている。

十歳から十五歳程度の若返り効果しかないのは、極端な若返り効果があるものは法律で規制されていたからだ。

永続効果は付与されておらず数日使用を止めればお肌が元に戻ってしまうのも、法的規制によるものだ。


前世では、強力な効果を持つ医薬品ではなく大した効果のないコンビニ商品だった。

だが、現代の魔法水準では製作出来ないだろう。


「ジーノさん。この化粧水は素晴らしいわ。

使うのを止めると元に戻るなんて無慈悲なところが特に。

本当にセブンズワースのための売り方で良いのかしら?」


効果を実感した義母上ははうえから改めて尋ねられる。


「もちろんです」


私はそう答えた。


「そう。ではそうするわね。

それにしても、バルバリエ夫人は賢明ね。

これだけ効果のある化粧水となると、確かにわたくしでなければジーノさんを守りきれないと思うわ。

良いお義母様で良かったわね」


義母上ははうえはそう言ってバルバリエの義母上ははうえを褒めた。


実際、バルバリエ家の義母上ははうえはそのことを心配していた。

バルバリエの義母上ははうえは侯爵夫人だ。

格上の公爵家や王妃に出てこられて化粧水の製造元や製法についてしつこく聞かれたら、自分ではいずれかわしきれなくなると予想していた。


その点、セブンズワースの義母上ははうえなら問題ない。

陛下が重度のシスコンなのと、王太后殿下が末っ子の義母上ははうえを猫可愛がりしているおかげで、公爵夫人どころか王妃殿下の要求だって平然と拒否出来る。



◆◆◆◆◆



義母上ははうえに販売を任せた化粧水は、私の予想を遥かに超える高値で取引されるようになった。

男爵家の屋敷が買えるほどの金額が、たった一瓶に付けられた値段だというのだから驚きだ。

一度でも若返りを体感してしまうと、いくら高値でも買わずにはいられなくなってしまうらしい。

女性の若さを求める欲求とは、本当に恐ろしいものだ。


私以外には製造不可能だから高値が付くとは思っていたけど、まさか前世のコンビニ商品がここまで高値になるとは思わなかった。


毎月渡される売上金額はあっという間に国家予算規模になってしまい、貰うのが怖くなった。

予算的には十分なので、私の取り分は半額だけということにしてもらい、残り半額は義母上ははうえの取り分にしてもらった。

同時に対価として金だけではなく情報も認めるよう義母上ははうえに進言した。

有用な情報提供をすればそれを対価として認め、化粧水を買うことが出来るというものだ。


この提案に義母上ははうえは大喜びだった。

義母上ははうえは、優しげな美貌からは想像も付かないような切れ者だ。

情報が力であるということをよく理解している。


「これで血を流さずに近隣国を制圧出来るわね。

王太后殿下おかあさま国王陛下おにいさまもきっと喜ばれるわ」


義母上ははうえは、そんな怖いことを言っていた。


化粧水を手に入れるために加入者が相次ぐ義母上ははうえの派閥は急拡大し、対立派閥は今やどこも瓦解寸前だという。

今や義母上ははうえは、社交界で『女帝』と呼ばれる存在となっているとのことだ。

本物の王や王妃がいる国でそのあだ名はどうかと思った。


何にせよ予想以上に資金が得られた。

ゴーレムも当初計画より遥かに豪華に作れる。

私はゴーレム作りのための準備を始めることにした。

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