A world of happiness only

あおぞら

幸せだけ

幸せ。幸福。


 それは、生きてて楽しいと感じたり、この時間がずっと続けばいいのにと思ったり、満たされてたりすることを指す。

 僕にとっての幸せは、悩みもなく、楽しいと思えることがあり、明日も生きたいって思うことだと思う。

 本当に、人によって曖昧でみんなが求めるものだと思う。

 

そんなことをボーッと考えてたある日、いきなり、この世から不幸という言葉が消えた。

 幸せだけが満ち溢れた世界が、突然僕らの身に降りかかってきた。

 僕はその時、幸福であることが"とうとう義務化された"と、強く思ったのを覚えている。


 この世界は、幸せで満ち溢れている。街中の誰もが、みんな笑顔で、「悩みなんてありません」「生きているのがすごく楽しいです」みたいな顔をしている。

 道端のホームレスや、ニュースに映ってる殺人犯ですらもみんな笑ってるのだ。

 もちろん、みんながみんな、ニヤニヤしてるわけではないが。

 幸福しかないと言っても、もちろん例外はある。

 それは、僕自身だ。

 僕は唯一、幸福じゃない。何故僕だけなのかはわからないけど、たまたま例外となった。

 きっと、幸福というものが誰よりもわかってなくて、求めてなくて、自分とは違うものだと切り離していたからだろう。

 なので、幸せそうな人を見るのが嫌な僕にとって、世界はより、残酷なものとなった。

 完璧な仲間外れとなってから、数週間が経とうとしていた。

 世界は、日が経つごとに平和そのものになっていった。

 犯罪も減っていき、誰もが自由に過ごせるような社会が作られていった。

 僕はというと、全く変わらない日々を過ごしていた。その代わり、前よりも苦しみながら。

 僕は、周りから見たから同じように幸せに見えただろう。

 当たり前だ。そうでもしないと、仲間外れってことで殺されでもするだろう。

 前の世界で、邪魔者が排除されていくように。

 

 今日も変わらず、音楽を聴きながら布団についた。

 最悪、前の世界の音楽は僕の携帯にだけ残っていた。

 また、暗めの消えたいって気持ちを後押しするような曲を選んで、眠りについた。



 —地獄を見た。地獄を見た。いずれ辿る、地獄を見た。最初に、その地獄を見た—



 夜中に、いきなり目が覚めた。

 全身が汗だくで、なのに体はキンキンに冷え切っていた。

 あの夢は、あの言葉はなんだったんだろう。

 地獄、とは。

 確かに、すでに地獄のような日々を送っている。

 でも、これから来る地獄なんて知らない。ましてや、その地獄を前に見たことすらない。

 でも、気にしても仕方ないので、また、適当な曲を選んで寝た。

 変な夢を見てからは、何事もなく毎日を過ごしていた。本当に、何も変わらずに。強いていうなら、また、感情がなくなったくらいだ。

 

 この世界は、すでに天国のようになっていた。理想郷のようだった。平和、楽園、そんな言葉が良く当てはまった。前まで戦争やデモでありふれてた世界とは大違いだ。

 こんなにも簡単に世界は変わるのだと、驚いた。

 ただ、いいことばかりではない。人間の進化はそこで止まったのだ。

 失敗をしたり、悩むことがなくなった人類は、そこから何も学ぶことがなくなったため、何も進化しない。むしろ、退化しているように見えた。

 その光景は、まさに滑稽だった。

 このまま、この世界で死ぬのだろうか。

 馬鹿みたいに幸せそうな面をした、哀れな人間達に囲まれながら。

 そう思うと、少し怖くなった。



 一年くらい経ったのだろうか。あれから世界は変わってない。相変わらず、幸せそうな人ばかりが楽しそうに生きてるだけ。

 しかし、それは突然にやってきた。

 自分の中から、悩み事などが全部消えていたのだ。本当に突然。いつからなくなったのかすらもわからない。

 怖かった。身体がガタガタと震えていた。

 僕もとうとう、“あっち側の人間"になってしまったらしい。

 その時、瞬間的に思った。死ぬより他に、方法がないと。

 ただ、どうやって死ぬか。自殺という概念がなくなった世界で、死ぬ方法なんてあるのだろうか。

 

 何日か過ごしてみて、気づいたことがある。

 それは、夜明け前の10分間だけ、前の自分に戻れるのだ。

 流石、元イミテーションだ。よかった。偽物で。本物じゃなくて。

 僕は、この時間を自殺方法を考えることだけに使った。

 どうしてこの時間に死なないのかって話はあるだろう。この時間は、家を出ることを許されないのだ。

 ただでさえ、勝手な行動をしたら怒られるというのに。 

 本当に、めんどくさい。

 結局、考えついた方法は、制約を自分に課すことだった。

 『幸福』という感情に限界を設け、その限界を迎えたら、必然的に身体の全ての機能が止まるってものだった。

 課せた限界に達するまでは3日間。僕に許された、三日間の幸福。今日は、その1日目だ。

 もう、やりたいことを決めてる。今日は、空の下で本を読むことにする。

 とてもつまらないことだと思うかもしれないが、僕はこれをしたかった。

 たくさんの本を持って、外に出た。帰ってくるのは夜になるだろう。



 そして、1日が過ぎた。今日は、2日目。

 何をするかというと、一日中寝るつもりだ。何も考えずに、寝ていたい。どうせすぐに永眠するが、自分の気が済むまで寝てみたいのだ。

 そして僕は、寝た。誰にも邪魔されない、静かな丘で。


 最終日が来た。今日は、とある人のために時間を使おうと思う。自分の人生を変えて、壊して、彩ってくれた人。

 その人のために、自分の短い人生で得た考え方や価値観全てを込めて、手紙と絵を書いた。そして、今までの2人の会話を小説にした。それを全部封筒に入れて、ポストに入れた。もう、空が暗くなりかけていた。

 

 何事もなく家族と過ごし、そのあと部屋に行った。あと、1分ちょっと。

 もう、全てが終わる。何度も願った終わりが、やっとくる。後悔はある。やり直しを何度も望んだ。それでも、間違えてはいなかったと思う。

 最期の最期は、充実していた。

 その事実だけで、満足だった。

 あと10秒。もう、体が止まりそうなのがわかった。脈も弱くなっていき、血液の流れも止まりそうだった。

 少しずつ、体が軽くなっていった。

 これから、長い眠りにつく。

 果てしない旅にでる。

 何故か、心がワクワクしていた。

 君を置いていく感じになって申し訳ないが、もう、君は大丈夫だろう。

 あと3秒。

 もう、終わる。

 最期に、心臓が強く脈打った。

 

 

 そして、僕は旅に出た。





—次の世界で—

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