居心地の悪いお茶会

ゆい君がクッキー作ってくれたんだよ。これはなおちゃんの分」

 直ちゃんと伊月を呼ぶ神経が知れない。水無月は目の前の子ども、夜明よあけに存在を気づかれぬよう、極力存在感を消していた。夜明は強い能力者で制御が効かないために、耐性のある者が交代で世話をしている。水無月も、そのシフトには加わっているのだが、夜明はあまり水無月を好いていないだろう。

 伊月はしゃがみこんで夜明と視線を合わせ、クッキーを受け取っていた。そして、傍らの少年、碓氷うすい唯にも礼を言う。

 静かにドアから出ようとした水無月に、碓氷が声を飛ばす。

「せっかくだから、皆で食べたらいいんじゃないすか、ねえ、水無月さん」

 碓氷は妙に好戦的な声音で、水無月の逃亡を妨害してみせた。非常に気が重い。碓氷からの敵意を感じる。碓氷唯。夜明と同じく、幽閉された身で、本来なら高校生の少年。時期的に水無月の本性を知らない世代ではあるものの、水無月のことを信用していない。

 そんな碓氷と夜明と伊月と、一緒に物を食べるなんて、水無月は断固拒否したかった。

「夜明が、緊張するでしょう」

 表情を変えずに、遠慮を伝えると、碓氷は眉をひそめた。

「アンタも夜明の飯とか作ってんだから、今更緊張も何もないだろ。それにさ、こういうときにガキ言い訳にしてやんなよ」

 ぎらりと碓氷の瞳が光る。水無月はやろうと思えば、碓氷を跪かせるくらい可能なのだけど、伊月の前でやると面倒だ。

「夜明ガキじゃないもん。唯君、悠君の分もクッキーあるよね?」

 頬を膨らませ、夜明はしっかりと水無月を見つめた。まっすぐな瞳。そこに、水無月への敵意はない。だが、碓氷や伊月に対するほどには心を許されていないのも、水無月はよく知っていた。それだけに、夜明は厄介だ。関わりたくない。

「……十分に、ガキだよ」

 ぼそりと碓氷が呟いて、部屋の隅からキャスターつきの椅子をもう一つ出してきて、座った。

「ほら、夜明は伊月さんとこ座っとけ」

 直ちゃん、と夜明が伊月に向かって手を広げて、伊月が夜明を抱き上げて膝に乗せる。

 逃げるわけにいかないお茶会が始まろうとしていて、水無月は計画的にレポートを片付けている常の自分を呪った。レポートが終わらないなんて言い訳が通るような印象は与えていないからだ。

 夜明があれやこれやと話しているのを、伊月が聞いている。水無月の観測からして、伊月もさほど子どもは得意ではないようなのに、ここまでの対応ができるのはすごい。水無月は子どもに話しかけられないように、適当にやり過ごしているのに。

 愛されなかった人は子どもが苦手。そんな言説を思い出し、水無月は碓氷を見つめて、不思議に思った。

「碓氷は、何で子ども得意なのかな」

「は? ガキは苦手っすよ。夜明はまあ、あれ、似た者同士だから?」

 ぶっきらぼうに答える碓氷に、水無月は伊月と夜明に聞こえないように嫌味を返した。

「ああ、傷の舐めあいってやつだね。実に無駄だ」

 ふふ、と笑って、角砂糖入りの紅茶を飲んで、水無月は碓氷を挑発する。

「っとに、オレアンタのそういうとこ嫌いだ。そういうのが、必要なときも人間にはあんだろうよ」

 剣呑な口調のまま、碓氷はクッキーを皿に並べた。水無月はふんわりと笑んだ。

「ほら、水無月さんも」

「ああ、いただくよ」

 一口食べて、水無月は一言。

「碓氷って、見た目の割に料理がうまいよね」

 金髪に赤のメッシュの髪を結び、ピアスも開けているとなれば、水無月の感想もおかしくはないが、事情を知っている上で言うのは底意地が悪い。

「アンタは、見た目の割に性格が悪い。せっかく綺麗な顔してんのに」

 水無月が自身の顔を好きではないと知っての、碓氷の言葉に、水無月は黙って笑みを深くし、ヒールで碓氷の足を踏みつけた。呻く碓氷の横で平然と紅茶とクッキーを味わう水無月は、少しばかり機嫌がよくなっていた。

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