第36話 また働く日々を
突然倒れてから3日――ようやく俺は“退院”することができた。
ただし、2週間は“強制休暇”という約束で――だ。
強制休暇というのは店を閉めるのはもちろん、新メニューの開発などもやってはいけないということだ。
ただひたすらにダラダラと過ごすことを強いられている。
俺の人生に今までなかったことだ。
そして、そんな日々に俺は退屈している。
もはや冒険に出た方がマシなのではという考えすら頭をよぎる。
食事のための外出だけは許されている。
働かずに働くチャンスだ。
すでにミンチステーキをメニューに加えている店も多い。
一方、自宅でできることは何か?
今の俺にできるのは今後の方向性を考えることぐらいだろう。
――ベッドに寝転んでぼんやりと天井を見つめる。
今の従業員を増やすかどうか。
手間のかかるコンソメとかもメニューに加えられるかもしれない。
そもそも新たに店を開くのはどうか。
海の近くに店を構えて海鮮系のレストランをやってみるのもおもしろそうだ。
頭の中でいろいろシミュレーションをしてみる。
何にせよ、商売の規模を大きくすると俺の目が届かなくなる。
だが、上手くいけば利益がウマい。
……………………。
…………。
飽きた。
他に何かできることはないか……。
本を読むのはどうだろうか!?
アリサはいろいろ知っているが、本を読んでいるからだ。
――ゴンゴン。
部屋の扉がノックされた。
「エヴァンさ~ん、リネットさんがいらっしゃいました~」
ララの声だ。
「今行く」
俺はそう言って1階に降りる。
ララが言った通り、リネットがいた。
「依頼なら今は絶対受けられないぞ」
「知っています。私が悪いんですよね……ぐすっ……」
リネットは泣き出してしまった。
俺は戸惑う……。
「おいおい、何のハナシだ?」
「エヴァンさんが倒れてしまったのはウェインとの戦いが原因なんですよね……?」
「まぁ……そうともいえなくもない……」
「私は自分が倒れてご迷惑をお掛けしただけでなく、エヴァンさんまで追いつめてしまいました……ぐすっ……」
「いや、依頼を受けると判断したのは俺だし、その後にコンテストに出ることを決めたのも俺だ。冒険者は自己責任だっていつも言っていたのはリネットじゃないか」
リネットは目を伏せながら、
「そう言うしかできなかったのです」
そう、静かに言った。
「リネットがギルドの事務員になってから、明らかに生還率が上がった。それはとても誇れることだ」
俺はわざとらしく、
「あ~あ、国や州がちゃんと仕事してくれないかな~」
「でも、そんな社会でしたら、エヴァンさんはこんなに早く自分の店を持てなかったかもしれませんよ?」
「それがツライところだ……」
リネットは穏やかな顔で帰っていった。
「やっぱりエヴァンさんは優しいですね」
ララは言った。
「どうして療養中の俺が他人のメンタルケアをやってるんだろ……?」
まぁでも、退屈しのぎにはなったかな……。
「そんな優しいエヴァンちゃんにはご褒美にミルクをあげましょうね~」
ララは俺の耳元で囁いた。
*
――というわけで、俺は無事に仕事に復帰することができた。
とはいえ、まだまだ肩慣らし段階として、アリサと仕事を分担している。
コンテスト期間はアリサも忙しかったから丁度いいだろう。
客数を制限することでさら負担を抑えている。
……………………。
…………。
――じゅ~じゅ~♪
鉄板の上の肉がいい感じに焼けたのを確認して、小さい鉄板に移す。
「よっしゃ! 6番テーブルのヒレステーキが焼けたぞ!」
「はぁい! 持っていきまーす!」
俺の声に応えて、メイド服の小柄女の子がやって来る。
当店に2人いるウェイトレスの1人で元Sランク冒険者のララ・ホートリーだ。
ウェイトレスの仕事もすっかり板についた。
「おっし! 8番テーブルのミンチステーキが焼けたぞ!」
「はい! すぐに持っていきまーす!」
もう1人のウェイトレスがやって来た。
長く美しい銀髪が特徴的な彼女は元Sランク冒険者のレイチェル・ファウンテン。
貴族令嬢なのになぜかこの店でウェイトレスをやっている。
3人の従業員と様々な人たちに支えられて、俺は店を開いている。
今日も明日もエスティアの人々の胃袋を満たすために働くのだ。
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