第31話 逆襲のララ その1

 飲食業ギルドでは毎年、大規模な料理コンテストを行っている。

 参加は店単位で行い、それぞれの店が最も自信のあるメニューを登録する。


 審査するのは街の人々だ。

 各々が一番良いと思ったメニューに投票する。


 このコンテストのタイミングに合わせて新メニューを投入する店も多い。


 今年もその時期が近付いて来た。

 これまでは投票する側だったが、念願の店を持ったことだし、投票される側になってみようと思った。


 ――さて、どんなメニューで勝負するべきか。


 ちなみに、登録メニューはメイン、サラダ、スープのセットになっている必要がある。


 俺は店の従業員たちを集めた。


「ということで、コンテストに登録するメニューについて、君たちの意見を聞きたい」


「はいっ!」


 ララが元気良く手を挙げた。


「はい、ララ・ホートリーさん」


「ホートリー牧場の牛肉を使えば、他の店には負けないと思います! まずですね、土壌が違うんですよ。だから牧草が違うんです。何よりしっかり手間をかけていますからね」


 ララは鼻息荒く述べる。


 実家の牛に対する信頼がすごい。

 確かにホートリー牧場の牛肉の質は高い。


 ――だがララが興奮しているのは理由は別にある。


 実は少し前に『エスティア畜産コンテスト』が開催されたのだ。

 その肉牛部門でホートリー牧場は準優勝だった。


 十分な結果だと思うが、ララは「実際に食べ比べればウチが勝てるはずです」と不満を述べた。

 というのも、審査方法は“吊るされた肉塊を見る”というものだからである。

 多数出品される牛肉を公平に食べ比べるのは難しく、こういう方法に落ち着いたらしい。


 ララとしてはこの料理コンテストをもって逆襲リベンジする気になのだ。


 まぁ、ホートリー牧場の牛肉を使うというのはいいのだが、大事なのは料理である。


「それで料理方法はどうする?」


「焼いて塩胡椒を振りかければ十分じゃないですか?」


 あくまで肉のチカラで勝つ気だ。


「元冒険者らしい大味な意見だな……。悪くはないと思うがコンテストで勝てるかは微妙だな……。ステーキを出すにしてもしっかりとしたソースは考えなくちゃな」


「それでは次はワタクシが」


 次に手を挙げたのはレイチェルだった。


「はい、レイチェル・ファウンテンさん」


「やはり、高級品であるドラゴン肉を使用した料理が良いかと思います」


「話題性はあるな。だが、ドラゴン肉の安定入手は困難だ。あと、美味く調理するのは結構手間がかかる。必然的に提供する値段も上がる。以前やったドラゴン祭は特別だな」


 コンテンストで人気上位だったメニューは大きく売上が上がることが期待できる。

 つまり、安定して提供できるメニューが望ましい。


「はいはいは~い♪」


 遅れはしたが誰よりも元気良く手を挙げるアリサ。


「はい、アリサ・アップルヤードさん」


「やっぱり、卵クリームに頼るのがいいと思うんだ。美味しい上にまだエスティアでは広まっていないからね。優位性アドバンテージを活かせる最後のチャンスだよ」


「卵クリームを活かした料理というのは良さそうだな。だが、問題はそのソースをどう使うかだろう」


「ところでさぁ、エヴァン兄は一体どういう方向性でいく気?」


「方向性?」


「ほら……高級系かリーズナブル系か、アッサリ系かコッテリ系か、そういう感じ?」


「そこはいつも通りだ。この店の客層は冒険者だから、基本的にはリーズナブルなコッテリ系をメインとしている」


「しかし、コンテストに出すのでしたら高級食材を惜しみなく投入した方が良いのではないでしょうか?」


 と、レイチェルは疑問を呈す。


「このコンテストはエスティア市民全員に投票権がある。つまり、価格も評価対象になるということだ。あと、ホートリー牧場の牛肉はどちらかといえば高級食材になる。それをこの店は特別に安く提供してもらってるんだ」


 基本的に牛肉というのは精肉店から購入するのだが、その精肉店はどこから入手しているのか?

 それはセリである。

 生産牧場がセリに出し、最も高値を付けた者が購入できるのだ。


 だがこの店は精肉店を通さずにホートリー牧場から直接購入しており、その価格はセリで付けられる価格よりも概ね安い。


 ちなみに豚肉など他の肉は精肉店から購入している。


「やっぱり、ウチの牛肉を焼いて塩胡椒をまぶしておけば勝てるんじゃないですか?」


 あくまで実家の力を信じるララ。


「ホートリー牧場の牛を使っている店はここだけじゃないぞ」


 精肉店で普通に購入できるからな。


「わかりました! この店以外を取引停止にしてセリへの上場もやめてもらいますっ!」


 オイオイ、とんでもないことを言い出したぞ。


「絶対にヤメロ。牧場が破産する」


「それは困りますね。まぁ、同じ材料ならエヴァンさんが料理した方が勝つに決まっています」


「いや、主に料理するのはアリサだぞ」


 そう言うとララは目を逸らしながら、


「ま、まぁ……アリサちゃんはエヴァンさんの弟子みたいなものですから、実質エヴァンさんですよね……」


 納得しているのだからそういうことにしておこう。


「それじゃ、実質エヴァン兄であるボクが勝てそうな料理を教えてあげるよ」


「ほぉ、卵クリームを活用する料理か?」


「さっきはああ言ったけど、そうじゃないよ。本には他にも色々な料理が載っているからね。ボクがオススメする料理は“ミンチステーキ”だよ」


 アリサが聞き慣れない言葉を出した。

 挽き肉ミンチといえば腸詰めソーセージの材料として以外はあまり使わない気がするが……。


「ミンチステーキ?」


挽き肉ミンチを固めて焼く――それだけだね。質の低い肉を材料にしても美味しく仕上がるから孤児院でもよく作っていたよ」


 ララはそれを聞いてムッとした様子で、


「ウチの肉の品質は低くないんですケド? 高いんですケド?」


 それに対してアリサは、


「質の高い肉ならさらに美味しくなる――かもしれないじゃん?」


「かもしれない――ということは確証はないんですね?」


「ないとダメなの?」


 アリサはしれっと言った。


「ダメです! ホートリー牧場とエヴァンさんに敗北は許されません!」


 ララの興奮が高まっている。


「というのは冗談で、このミンチステーキはむしろ硬くて人気がなく安い部位で作ると美味しんだよ」


 そう、高い牛であっても相対的に見れば人気のある部位とそうでない部位がある。


「た、確かに……細切れにすれば硬さはなくなりますね……」


 ララは少し冷静になったようだ。


「ま、まぁ、試しに作ってみればいいんじゃないか? そもそもこの店はホートリー牧場の牛を安く提供してもらっているが、一頭買いなんだよ。つまり、特定の部位が余ったり足りなかったりしやすいんだ。そういうのを上手くコントロールするのも新メニュー開発の狙いなんだよ。ただコンテストに勝てばいいというものじゃない」


 ということで、試作を開始した。


 これが大変なことになるとも知らずに……。

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