第20話 魅惑のバブミークラブ

 ――その日の仕事が終わり、俺はひとり街に繰り出した。


 歓楽街――そこは夜になると怪しい活気が生まれる場所。

 いわゆる、“いかがわしい店”が並んでいる。


 そんな場所に用事があるのかと問われれば、ある!

 いつもは頼れる店長でいたいのだが、俺も所詮は弱い人間なのだ。


「ニイチャン、寄ってかない? いいコ揃ってるよォ?」


 怪しい客引きを華麗にスルーして道を進む。


 ……………………。


 …………。


 俺はとある店の中に入った。


「いらっしゃいませ、ガウリー様。ご指名はございますでしょうか?」


 燕尾服の男が丁寧に出迎えてくれる。


「カトリーナ・ママで」


「かしこまりました」


 間もなく部屋に通され、中では母性あふれるおっぱいの大きい女性が待っていた。

 彼女はカトリーナ、この“バブミークラブ”の“ママ”の1人なのだ!

 正確にはわからないが、おそらく年齢は俺とそれほど変わらないだろう。


「エヴァンちゃん、久しぶりね~」


 彼女はふわりと両手を広げる。


「ママ~♪」


 俺はそう言って子供のように彼女に抱きついた。


 だが、それでも“ママ”なのである。

 なぜなら〈母性〉のスキルを持っているから!


「うぇ~ん、決闘とかやらされてツラかったよ~」


「おーよしよし、大変だったね、つらかったね」


 ママは手を伸ばして優しく俺をなでてくれる。

 俺には母親の記憶がないが、こういう感じなのだろうか?


「さぁ、ミルクのお時間でちゅよ~。ママのお膝にゴロンしましょうね~」


「わ~い♪」


 俺はママの柔らかい膝に頭を預ける。


「さぁ、たんとお飲み~」


 ママは牛乳の入った哺乳瓶を俺の口元に運ぶ。


 ――ちゅぱちゅぱ♪


「おいしいでちゅか~?」


「おいしいでちゅ~♪」


 正直、俺の店で使っている牛乳の方が美味い。

 が、そんな無粋なことは言わない。


 ちなみに、多くの客はリキュールを混ぜて飲むらしいが、俺はそんな無粋なことはしない。

 本当は人間の母乳を――それも直接――いただくのが良いのかもしれないけど、さすがにアレだしな……。


「はーい、お口周りキレイキレイしましょうね~」


 ママはハンカチで俺の口を優しく拭ってくれた。


 ここは夢の国、バブミークラブ。


 ……………………。


 …………。


「ありがとうございました。またおこしください」


 支払いをすることで夢から覚めて現実に戻る。


 最近は周辺国同士で戦争をしているらしく、その影響で物価が高騰している。

 普通に考えれば娯楽にお金をつぎ込むのは控えたいところだ。


 だがこれで“バブミ”を補給できたので、またしばらくがんばれそうである。

 経営者的にいえば、コストパフォーマンスが合っているんだな、うん!


 ――とか高度なことを考えていた矢先、目の前に意外な人物がいることに気付いた!


「ララ!?」


 我が頼れる従業員、ララ・ホートリーさんである。


「エヴァンさん……このようないかがわしいお店で、一体何をしていたのですか?」


 ララは目が座っている。


「ち、違うんだ……いや、違わない……」


 動揺でおかしなことを口走ってしまった……。


「何が違って違わないんですか?」


 ここは……下手にごまかさすありのままをぶつけるしかないッ!!


「こ……この店は“バブミークラブ”といって、〈母性〉のスキルを持つ“ママ”が甘やかしてくれる癒やし系スポットなんだ……」


「“ママ”が……甘やかしてくれる……? いやらし系スポット……?」


 ララは困惑しているらしい。

 まぁ、このコンセプトを持っている店はエスティアでは“バブミークラブ”だけだからな。

 隙間産業というやつだ。


「癒し系だよ。ほら、俺も冒険やら決闘やらでストレスが溜まっていてな……。とりあえず俺には必要なことなんだ。さぁ、帰るぞ」


 強引に話を切り上げるつもりだったのだが――、


「……なるほど、母親を知らないエヴァンさんには“ママ”が必要なんですね!」


「ま、まぁ……な……」


 おそらく、利用客は普通に母親に育てられた者の方が多いはずだが……。

 とりあえず話を合わせておこう。


「わかりました! 私を“ママ”にしてくださいっ!!」


 ララが意外すぎることを言った。


「……は? え? な、何を言ってるんだ……?」


 今度は俺が困惑する。


「さぁ、行きますよ!!」


 ララは俺を掴んですんごい力で引っぱる。

 これは〈身体強化〉のスキルを使っているのかッ!?


 とりあえず、俺もダメージを受けないようにスキルを発動しつつも、あえて抵抗しないようにする。

 何せ歓楽街のど真ん中、うかつなことをすると周囲に被害が出てしまうからだ。


 ――ずるずる、ずるずる。


 こうして、大人しく引きずられた結果、俺は連れ込み宿に連れ込まれた。

 いかついオッサンが出迎えてくれる。


「いらっしゃい……使い方はわかるかい?」


 オッサンがぶっきらぼうに尋ねてきた。


「え、え~っと、わかりませんっ!!」


 ララは挙動不審になりながら答える。

 どうやら完全に勢いだけでここに入ったらしい。


「知らないか。それじゃ――」


 ……………………。


 …………。


 オッサンから一通りの説明を受けた後、部屋に入る。


「それで、結局こんなところへ来てしまったけどどうするんだ?」


 俺はララに問いかける。

 ララが正気に返ってくれることを期待する。


「と、とりあえず、私のことを“ママ”と呼んでください!」


 覚悟を決めた目で俺を見つめる。

 ダメらしい……。


「……わかったよ、ママ」


 すると突然、ララ――いや、“ママ”は俺のことを抱きしめた!


「ああ、私のかわいいエヴァン! よく偽物の“ママ”から私の下へ返ってきたわね」


「えェ……」


 どちらも本物ではない。

 むしろ、〈母性〉のスキルがない分、ララの方が偽物なのだが?

 ……と、思ったが黙っておく。


「……それで次はどうするのですか?」


 急に素に戻るなよ!

 中途半端が一番良くないんだよ!


「膝枕して、哺乳瓶でミルクを飲ましてもらうかな……」


 言わせるな、恥ずかしい。

 こういうのは説明するものではない。


「う~ん、哺乳瓶もミルクもありませんね……」


「そうだな……」


 冒険者はいつだって用意周到でなければならないのに……。

 引退してもそういうところは忘れちゃいけないぞ?


「では仕方ありません」


 そう言いながらララはベッド上に座った。


「とりあえず、膝枕してあげましょう」


 頭をララの膝に乗せて寝転んだ。

 ララは肉付きが良いので、快適である。


「それではおっぱいをあげましょうね~」


 だから、ミルクないじゃん――そう思ったのだが、なんとララは衣服をずらして、乳房おっぱいを露出させたのだった!!


「ちょ、おま……え? え?」


「はい、おっぱい飲みましょうね~♡」


 乳房おっぱいを口元に押し付けられた。

 反射的に吸ってしまったのだが――ミルクが出ている!?

 しかも、すごく美味い!?


「おいしいでちゅか~?」


「おいしいでちゅ~♡ じゃなくてどうして出るんだ?」


 まさか子供が――と一瞬考えたが、ララの体型はずっと変わっていない。


「ママだから当然――というのは冗談で、実は〈授乳〉のスキルがあるんですよ」


「――は?」


 そんなスキル聞いたことないぞ!?


「とはいえですね、使う機会もなく、こっそりと自分で飲んだり牧場の牛にあげたりしていたのですよ」


「これはすごいぞ! 店で料理の材料に使えば――むぐぐ」


 と、言ったところでなぜか乳房を押し付けられた。


「ダメですよ~。このスキルは絶対に秘密ですからね~。それにそこまでたくさん出せないんですよ~」


「そ、そうか……」


「でも、私とエヴァンさんの仲ですから内緒で飲ませてあげてもいいですよ~♡」


 ――ちゅぱちゅぱ。


 ……………………。


 …………。


 ついその場で寝てしまい、宿を出るのが朝になってしまった。


「ゆうべはお楽しみだったな」


 宿屋のオッサンに妙なセリフで見送られて、自宅兼店へと帰る。


 帰宅後、一連のことについてごまかすのは大変だった……。

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