第19話 戦争の影

 ――俺は早速アリサに仕事を覚えさせて始めた。


 アリサはすでに十分な料理技能を身に付けているが、この店ならではやり方は教えていかなければならない。


 ある日、俺はアリサに王都で食べたカキフライの話をした。


「カキフライはともかく、あの独特のソースの作り方がわからないんだよな~」


 美味しいから店で出せば絶対ウケる!

 何より、俺も食べたい。


「えーっと、卵っぽい感じがしたんだよね?」


「ああ、そうだ」


 アリサは数秒考えた後、


「ボク、それ作れるかも知れないよ」


 と言った。


「本当か!?」


「いや、本当に作れるかはわからないけケド……。とりあえず、卵、オリーブ油、酢があればいいカナ」


 そう言いながら、すでに手慣れた様子で調理台の上に材料を並べる。


「まず、卵を割るよ」


 アリサは両手で同時に要領よく卵を割る。


「あとはね……ボウルにぶちこんで――混ぜるっ!」


 すごい勢いで泡立て器を動かし始めた。


 ――ジャカジャカジャカジャカジャカジャカ!!


 しばらくすると、黄白色のクリーム状になった。


「まぁこんなもんカナ。味を見てよ」


 俺は小さじにとって舐めてみる。


 脳裏にあの日のカキフライが蘇るッ!!


「これだッ! かなり近いッ! あとは刻んだ野菜を混ぜ込めばほとんど同じものになりそうだ」


「これは“卵クリーム”というものらしいよ」


 卵を主材料に使っているから“卵クリーム”……。


「そのままだな……」


「孤児院のいた時はサラダにかけたりしていたカナ」


 頭の中でイメージしてみる。


「それはイケそうだな。店でもそういう使い方をしてみよう」


「あと、これを茹で卵にかけると美味しいんだよ♪」


「そうなのか?」


 卵に卵か……。


「というか、エヴァン兄って“卵クリーム”の作り方も知らなかったの?」


 作り方どころか、今まで存在自体も知らなかった。


「そうだな。むしろアリサはどうして知っているんだ?」


「本に書いてあったよん♡」


「本だって?」


 孤児院を訪れた時、やたらと本棚と中身が充実していたな……。


「なんかソフィア姉が戻ってから、孤児院の本がどんどん増えていったんだよ。その中には料理の本もあって、いろいろ覚えた!」


 なるほど、俺の寄付金も無駄ではないようだ。

 ただ、もっと他のヤツらから集めてくれると嬉しいが……。

 例のエロ貴族はダメだけどな!!


「孤児院の食事レベルも相当上がったみたいだな。もう素パスタとか出ないんだろうな~……」


 パスタにオリーブオイルをかけただけの、料理と呼べるかどうかの境界線上の存在。


「ねぇねぇ、素パスタってなぁに? 美味しいの?」


「記憶の改竄はヤメタマエ」


 アリサもまだ素パスタが出ていた世代だからな。


「てへぺろ♪」


 ちなみに俺は今でもたまに食べる。

 なぜか無性に食べたくなることあるのだ。

 これが懐かしさというものだろうか?


「それにしてもアリサを引き抜いて孤児院の食事は大丈夫か?」


「別にダイジョウブでしょ? エヴァン兄も知っての通り、孤児院の子供たちはたくましいからね。お茶っ葉が買えないからって、そこら辺の雑草を煮出したりしてたぐらいだからね~」


「そんなこともやってたな~」


 毒のある植物もあるから、今考えると怖いな……。


「だいたい、ボクは追放される年齢としが近かったからね」


「それもそうだな。そもそも古巣の心配をしている場合ではない」


「孤児院にはソフィア姉がいるから安心だもんね~」


「ソフィアといえばアリサも注意した方がいい。将来、寄付をたかりに来るからな?」


「むしろボクの方がたかり行っちゃお~」


 孤児院育ちはたくましいなぁ……。


 ――ゴンゴン。


「来客か……ちょっと出てくる。しばらく遊んでいろ」


 ドアを開くと見知った顔の男がいた。


「どうも、ウィーラン商会のクリフトンです」


 店の食材の一部はウィーラン商会から買っている。

 ジェフ・クリフトンはその従業員だ。


「よく来てくれた。入ってくれ」


 俺はクリフトンを招き入れた。

 2人で客席に着く。


 クリフトンは鞄から紙を取り出し、


「早速ですが、こちらが最新の価格表となります」


「どれどれ……ん!? なんか大きく値上がりしている商品が多くないか?」


 砂糖、茶、オリーブ油などの価格がかなり上がっている。

 これらは遠方から運ばれてくる商品だ。


「そりゃもう、ゴドヴィア共和国とエクレシア帝国が戦争を始めてしまいましたからね」


 クリフトンはさも当然という感じで言った。

 まぁ、彼らにとってはそうなのだろう。


「ああ、確かにそんな話は聞いた」


 それによって物価高騰が囁かれたが、まさかこれほどとは……。


「今、航海がとても危険なのです。最短航路を進もうとしたら軍艦の餌食ですね。必然的に遠方から運ぶ品の価格は上がります。ちなみに弊社が乗せている利益は上げておりません」


「なるほど……。それで今後も上がるのか?」


 クリフトンは顎に手を当てるしぐさを数秒ほどしてから、


「正確に予想できるわけではありませんが、戦争はしばらく続き、今後もある程度上昇するものと考えております」


「つまり、今買い溜めておいた方がいいのか?」


「過剰な買い溜めは受け付けておりません。商業ギルド加入者の共通ルールですのであしからず」


「わかった。とりあえず、注文書は明日までに書いておく」


「よろしくお願い致します」


 そして俺はクリフトンを見送った。


 やっぱり、戦争は嫌だな……。

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