第8章 ルラー・ガトの真相 5

楽しそうだったサンの表情が一変した。

「海の上じゃ、生活が不安定すぎた。嵐が襲うたびに、船が引き離され、人ごと失踪した船も多かった。雨が降らなくなって、見捨てる命もあった。その度に、俺たちは涙を流して悲しむんだ。また仲間が、友達が、家族が死んでいったんだ、と。海の民の人数が急激に増えて、いろいろ対応しきれなくなったんだ。百人ほどまで民が急増していたんだ。そんな時、じいちゃんたち昔の人はぐちをこぼすんだ。ああ、シャルリーの時の生活が一番楽しかったって。それを聞いたら、その海を知らない父さんや俺たちは悲しくなるけど、でも気になってくるんだ。シャルリー島のことを。俺たちの先祖の故郷を。族長だった俺の父さんは、ずっと悩んでいたんだ。これからどうしようかと。もう俺たちの中では仲間の死が耐えきれなくなって、笑顔も消えて、みんな不安がってて。安全な生活がほしかっただけなんだ。

 俺たちは、転々とあちこちの海を旅していった。どこかへたどりついては、どこかの国に追い返されて、襲われて。どこもかしこも、もう人が住んでいた。大陸の方は技術が発達して大砲なんてものも作りやがって。漁の邪魔をするからって俺たちをそれで打ったんだ。俺が三歳か四歳のとき」

 サンは顔をうつむかせた。いや、地面をにらみつけていた。サンは言葉を吐きだすのにいらだつ様子でいう。

「船は壊れた。……どんどんと、激しい音が、耳鳴りがした。俺の目の前で、友達が焼かれたんだ。で、目の前が真っ暗になった。……いつのまにか海に溺れてた。俺は何とか水面に上がって、それから残った船をつかまえた。あの大砲のある船はもういなくて、残った仲間たちをのせて海の上を漂ったんだ。海の民は泳ぎにかけてはもちろん熟練で、半分は生き残った。だいたい、三か四十くらい。父さんは無事だった。母さんは……。父さんは顔を焼かれて、重体だった。追い打ちをかけるようにすぐに嵐がやってきた。もう誰も気力なんてわかなくて、海に流され続けたんだ。船はたった三つ。気づいたら一つ消えてて、何とか二つは生き残った。

 そうして着いた先が、シャルリー島だったんだ。ちょうどこの崖のあたり」

 サンは崖の向こうの海をみる。墨を流したように黒く染まった色だ。ここから見ると殺風景な場所だと感じる。あの向こうから、サンたちはやってきたのだろうか。サンはしごく真っ直ぐな目で海を見る。きっと幼い彼は、ここに来たとき、この目と同じような気持ちでいたのだろうな、と知る。

 サンのあの目、やっぱり見たことがある。あの紅い瞳。もう少しで、思いだせそうな。

 サンは続きを中々話そうとしなかった。視線を漂わせ、ため息をつくばかりだった。シーは待った。サンと同じ気持ちだから。結末にもう予想はついて、それが話されることが恐ろしかったから。

「流れついた俺たちは……」

 かぼそい声だが、サンは話を再開する。

「じいちゃんの言葉で、ここがシャルリー島だとわかった。まだ太陽が昇る前で、薄暗かった。あそこから、島の裏側は見渡せたんだ。大きな島だと思った。広くて、気のせいかもしんないけど、懐かしさを感じた。その時だった。ディリ族の人と出会ったんだ。朝早くからこの崖の所で網を引いていて、すぐに俺らのおんぼろ船に気づいた。そしてボートで近づいてきた。俺たちは快く迎え入れた。彼はすぐに事情を察し、こう言った。『今すぐ助けを呼んでくる。ポセイドン王政の時代はもう終わった。けが人はこちらで受けいれ医師を用意する。どうぞ島に泊まってくれ』」

 淡々とサンはその男のセリフをいう。

「それで待ったんだ。希望がやっと見えたと思った。嬉しかったんだ。ずっとずっと安全な生活を求めていたから。もしかしたら、今だったら昔の先祖と同じ生活を取り戻せるんじゃないかと考えていた。意識が朦朧な父さんに声をかけた。『父さん、もう大丈夫だから』って。『そうか』と父さんはほっとしたように呟いた。俺は嬉しくなった。もうすぐ幸せになれると思った。もう悲しみなんてこないと思って。昇ってくる朝日を待つように、俺たちは助けの船を待った。

 少し経って太陽の端が見えてくる頃に船は来た。小型船が四つほど。それと、その後ろから大型船がやってきた。大きな船だった。たぶん、あの船だ」

「パラリオ? パラリオだったの」

 まさかという気持ちで聞いた。パラリオは王族の所有物だ。もしそうなら、船を指揮した人物は……。

「ああ。それだ。お前の父親が、船の上に乗っていた」

 ひゅっとシーは息をのむ。

「それで、どうなったの……?」

 その続きを聞きたくないと思うけれど、聞くしかない。

「俺たちは歓声を上げた。四つの小型船は近づいて、俺らの二つの船を囲んだ。はしゃいでた民の声は、小さくなっていった。何かがおかしいと感じたからだ。小型船の上にはそれぞれ三人ほどの男が乗っていた。武器をもっていた。長い剣だ。それをもって、こちらをにらむんだ。俺は船の小屋の中から奴らをのぞいた。大型船の方も見上げた。あいつと、他の偉そうな奴ら。その影に見えたんだ。ディリ族のあの男が。裏切られたとわかった。誰かの悲鳴が上がった。女の声だった。それから大混乱に陥ったんだ。族長が動けなくて、男たちはばらばらに戦った。泳ぎの得意な彼らだけれど、逃げるわけにはいかなかった。自分たちの子どもがいて、族長が動けなかったから、見捨てて海に飛びこめなかった。まあ、どんな戦略でも負けただろうけど。

刃と刃が金属のキーンとする音を立てて、おぞましい叫び声が聞こえて。ああ、まただな、って思ったんだ。またみんながいなくなるって。父さんの横たわる小屋ん中で、膝を抱えたんだ。ふるえながら、耳をふさいで、待ったんだ。早く来てくれと。こんなものすぐ終わってしまえ」

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