第6章 再会 1

サンと真向かいで顔を合わせる。と言っても彼は、会った瞬間から口数は少なく、目を合わせようとはしない。シーを目に捉えた時の驚きようといったら、こちらが驚かされたくらいだ。

「あっ、あのさ」

 慌てた声に、シーはびくっとした。

「は、はい」

 サンは頬をぽりぽりとかきながら、ちらっとこちらを見ていった。

「ありがとう。スピンを助けてくれて。……あいつ、ちょくちょく勝手にでかけていくんだ。それでたまに漁師におそわれるらしくって。ほんと、こりない奴なんだ」

 二人の立つ砂浜から、スピンの背びれが見える。サンに会えたことで、スピンもだいぶ元気になったようだ。怪我の様子が不安になるほど、バシャバシャ泳いでる。飼い主によると、あれでもいつもよりは大人しくしているらしい。

「……ええ。どういたしまして」

 シーはほほえんだ。サンもつられて少し顔を崩すが、次には笑顔は消えていた。

「だけど、あの船で、俺はお前に助けられたとは思っていない」

 きつい口調だ。

「命を粗末にしてほしくなかったから。……助けたいと思った。あの時助けてもらったから、恩返しと思って。……なんであんなことしたの?」

 納得がいかない。なぜ、彼は命を捨てるようなことをしたのだろう。パラリオ号の上で感じた、一人で戦おうとする決死の姿が、頭に記憶としてこびりついている。

 サンはそれを聞くと、すぐに顔を背けた。

「お前が聞くことじゃない」

 気まずい沈黙が流れて、足もとにうちよせてくる波へと視線をやった。波は幾度となく私たちの足をさらっていこうとする。と、足元の波が流れを淀ませる。

「サン、あそぼ!」

スピンの声がシーにだけひびきわたる。

 水が威勢よく音立てて、サンへと大量にふりかぶった。太陽にきらめくしぶきと、サンの驚きよう。

サンはスピンの攻撃をまともにくらった。

 からからと、スピンの人間に似た笑い声が聞こえる。サンは呆然と、水浸しのまま、つったている。

 スピンの笑い声につられ、シーもぷっと吹きだした。

「ふふっ。……だ、大丈夫? びっしょぬれだよ」

 笑いながら一応聞いてみた。でも、顔のにやにやは隠せない。

 サンはすえた声で、

「おう」

と呟く。それからきっと、海の方をにらみつけた。

「こらー! スピン!」

 サンはばちゃばちゃと海に飛びこんでいった。

 シーは追いかけっこする二人を眺める。サンは怒ったふりをしているだけで、スピンの体をきづかってじゃれあってる。スピンはサンのことが純粋に大好きなのだろう。その思いは、夢の中で強く伝わってきた。

「仲がいいな」

 サラサラの砂の上に座り、海のふちで二人を見守った。

 楽しそうにはしゃぐ、その笑い声が海に響く。

(私も、一緒に遊びたいな)

 砂をぎゅっと握りつぶした。

 夢のおそろしい映像が、まきもどされる。巨大な波が、突如発生する。海の向こうからやってくる。巨大な波に気がつかずに遊ぶ二人の、すぐそこまで迫る。

「逃げて!」

 言葉にだした瞬間、はっとして口をふさいだ。正面をみると、よかった、シーの声は二人には届いていない。まだ夢中で遊んでいる。

 どくどくと、急激にピッチに達した心臓の音が、徐々におさまっていく。

 手につかんだ砂は、消えていた。

「姫さま?」

 後ろから声がかかる。

「カイ、おそい」

 シーは背をそらせ、カイの顔をあおぎ見る。カイはにこっと歯を光らせていう。陽光で白い歯がまぶしい。

「すいません。貝が見つかったもので、おいしそうですよ」

 カイの手には小魚が十匹ほど尾をつかまれてぴちぴちはねている。腰にかかった網には大量の貝が。

 ちゃっちゃと昼飯の準備を始めたカイの手伝いをシーはかってでる。

「久しぶりだなー、カイの手料理」

 シーはぶくぶくと沸き立つ鍋をのぞきこむ。細かに切られた魚が次々にその中に飛びこんでいく。

(おいしそう。鍋かな、スープかな。それにしても、カイったらどこから調理器具持ちだしてきたの?)

 毎度のカイの不可思議な現象に首をかしげながらも、鍋の中身をじーっと見る。カイがその上にふたをのせた。

「素朴な味ですけどね」

 カイの言葉を聞きながら、シーも渦巻き型の貝、ツブに小刀の刃をいれ、わっていき、内臓をとりだす。カイも黙々と手を動かしている。つと、カイが手を止めた。

「また、怖くなったんですか、海を」

 シーはそのまま作業を続ける。

「うん。海恐怖症にでも、かかちゃったのかな」

 笑えない苦笑をもらす。

「昔から姫さまはそうでしたよね。最近はおさまったはずでしたが」

 えっ、とシーは首をかしげる。記憶にない。

「覚えてません? 毎日海にいきたい、ってねだる子のはずなのにいきなり海が怖い、怖いって泣きだして。ちょくちょくありましたよ」 

 カイは困ったといいながら、なつかしむそぶりを見せる。

 それからシーが割った貝、カキやアワビなどを鉄網の上に並べ、小壺から魚醤を垂らす。じゅわっと身がはぜ、香ばしい匂いと磯の香りが広がる。

 シーは海をもう一度みる。ただ平らな、そして果てなく壮大な世界。

「なんだろう。……こう、広がっていく景色が怖くて。私が大きく手を広げても、遠くからだって海にはかなわなくて。私は、とても小さな存在なんだって、感じるの。あらがうことなんてできない。もし、夢と同じことが起こってしまったら、人は何もできずに海にのまれてしまう。シャルリーの運命を知っているから、こうして怖くなる」

「シャルリーの運命、か」

 海の反対側から、誰かの声が聞こえた。

 わっ、とシーは悲鳴をあげる。サンが真後ろに立っている。カイは鍋をかきまわすことに集中している。完全に見て見ぬふりだ。

「おもしろそうな話だな。俺にも聞かせてくれ」

 サンは腕を組み、こちらをあやしむような視線でさぐる。

「何でもないわ。私、あなたの正体は知らないもの、教えられないわ」

「へえー、俺の名前は知ってるだろ。なんでだ?」

 サンがふしぎそうに聞くが、シーは無視した。夢の中でしかないことを信じてもらえるはずがない。

「昼ご飯、できましたよ」

 その声と一緒に、おいしそうな匂いがふわっと立ちのぼる。グーっと、盛大に音が鳴る。二人は同時に腹をおさえて、赤くなった顔を見合わせながら、同時にお互いの腹を指さして笑いだした。

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