スケッチ

篠塚八重

獣 戦闘シーン 四面楚歌

 この戦いを終わらせる誰かがいるとすれば、レインをおいては他にいまい。

 鮮血と呼ばれる戦鬼。そのころにはすでにそう呼ばれていた男。

 雪原の白は、敵味方の血で濡れている。彼のその、漆黒の艶やかな髪もまた。

————フウゥ

 獣が身をかがめ、獲物に飛び掛かる寸前の息遣い。彼の視界の先にいるのは、オールディア帝国最強の貴族と、彼女が直轄する十二の従者たち。

「では、これにて戦は終結だ」

 その言葉を合図に、獣のごとく彼は飛び掛かった。

 駆けるのは戦場。賭けるのは威信でもなく、故郷への愛でもない。また、誰かへの憎しみでも誰かを守るためでもない。ただ彼は彼であるためだけに、人ではなく獣のように、そうであることが古来より、創世より決まっていたものと、そうあることしかできないのだ。



 彼女達はウィザーの兵士を薙ぎ払っている。戦士たちは、ウィザーのもつ秘蔵の人間兵器すら、敗走を始めている。

「ウィザーは、エイガートはこの程度か。ならばよい、この戦は、アレクシア=ルーラーが頂こう」

 血風を裂いて彼女と従者たちは戦場を縦断する。向かう先は、ウィザーの最前線基地。そして、目標はすでに眼前に迫っていた。

 批評家の瞳はこの戦況の要員はウィザーの指揮官たちの怠慢にあると考えていた。ひと月前の大勝は、すべて彼のおかげだというのにそれを理解していない指揮官クラスはレインを危険視し、後方にて半ば軟禁状態にて勾留した。

 けれど血の臭いをかぎ取った彼は、どこにいようと戦場に姿を現す。彼を彼たらしめるエイガート兵としての力は最強のソレだ。

 身体中を駆け巡る幻想金属、それを最大限に応用し、運用する能力について、レインの右に出る者はいない。

 レインはみずからの身体を、その内側を幻想金属ラスタで強化し、筋力を同じに強化した。出力とそれに耐えうる器、そのどちらもをそろえて疾走する様は、狼か、もしくは猛禽のように俊敏だった。

 阻む岩を砕き、視界を遮る枝を跳ね上げ、ぬかるむ泥を氷を踏み砕き、戦鬼——レイン=コールド・コートは疾走する。

「では、これにて戦は終結だ」

  最強の兵士と、最強の指揮官はここに激突する。


 従者の一人が躍り出る。その手には剣。レイン=コールド・コートが振り上げる腕を両断する軌跡。

「おい、やめろ」

 アレクシアが声をあげる。他の従者たちはレインを包囲する形に展開を始めている。しかし、それはあくまでレインの行動範囲を制限するためだけのモノ、直接対決を望んでいるのはアレクシアのみということが見て取れる。

 レインの腕を鮮血が覆う。それは彼の血液。硬化して、それは剣の刃をつかんでも毀れることはない。それどころか、握りつぶしてさらに従者の身体を撃つ。

 宙を舞う身体はアレクシアを弾丸のように襲う。アレクシアは非情にもそれを受け止めることはない。雪原に後をつける従者は呻く。すれ違うように、アレクシアは手にした剣を、切先をレインに向ける。

 応じて、レインは首を反らして片側の頬に傷をつけるにとどめる。代わりに、拳を強化して腹部に狙いを定める。加えて、武装用のラスタを展開して雨のように降る槍を構成する。その槍は茨、まずはアレクシアの脚部を狙い、それが躱されれば彼女を包囲する檻になる。その隙にレインは拳を打ち出す。動きを制限されたアレクシアはそれを受ける体制を取れない。痛烈に入る一撃がアレクシアの命を狩り取る、そのはずだった。

 高音が響く。轟音は静まる。それまでの悲嘆も、悲鳴も、レインの登場によってかき消されていた。レインの拳は、アレクシアを覆う不可視の鎧によって阻まれてた。

「お前———」

 レインは驚愕する。エイガートとしてならば、二人の実力は伯仲している。

 本来ならば、エイガートはウィザーにしか存在しない。

「予想外か? いいや、もう知っているだろう。レイン=コールド・コート」

  ケダモノに似たアレクシアの剛腕がレインを襲う。けれど、俊敏なのはやはり獣。レインは振るわれる腕に絡みつく様に、アレクシアを強襲する。

「わかっていても、お前は敵だ」

 再び振るわれる拳は交差して、お互いの顔面を穿とうと放たれる。

 不可視の鎧は正常に機能して、レインはもう片側の頬に傷を創るばかりだった。

 

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