4-7:友達

 痛みはなかった。

 いや、"光弾キヤノン"が身を貫く衝撃すらない。


 恐る恐る頭を上げる。

 ふと、閉じたまぶたを通してさえ、周囲を煌々こうこうと照らす光を感じた。


 目を開けば、真昼の様な明るさになっている!

「!?」

 クラルはもちろん、『ゴーレム』たちまでも驚愕きようがくして辺りを見回す。

 頭上にいくつもの照明球が浮かび、敷地の建屋から、何人もの人影が飛び出して来るところだった。


 かすんだ眼をらす。

 人影は数十人といる。

 性別も年齢も服装も不そろいの集団だが、その中に朱色のマーカーが施された軽装鎧ライトアーマーを装備した者が数名、目に入った。

「動くな! 動けば攻撃する!」

 男の鋭い威圧が響き渡る!


 混濁こんだくしていた意識が覚める。

 紅竜騎士団ドラゴンズナイツだ!


 あっと言う間に、彼女たちの周りを取り囲む紅竜騎士ドラゴンズナイトたち。どうやらクラルが飛び込んだ先は、紅竜騎士団ドラゴンズナイツの敷地だった様である。

 形勢が逆転し、焦りの表情を浮かべる『ゴーレム』たち。

 無論、クラルとて悠長ゆうちようにしてはいられない。彼らから見れば、自分もまた一体の『ゴーレム』だ。


 ――だが、この機を逃す手はない!


 『ゴーレム』の一体が、そろいつつある騎士団の軍勢に立ち向かって行く!

 その中の男が一人、腰の長剣ロングソードを抜いて振り被り、雄叫おたけびを上げて迎え撃った!

 魔法を操る相手に剣一振りで立ち向かうとは無謀としか思えなかったが――

 ――『ゴーレム』の放った"光弾キヤノン"を見事に剣で弾き飛ばし、返す刀でその胴を両断した!


 流石さすがは対『ゴーレム』専門集団である。

 関心もほどほどにクラルもこの好機を逃さず動く。残された体力を振り絞り、囲みの薄い場所を狙って走り抜ける!


「あんた……ッ!?」

 目の前に立ちはだかった女が何かを言いかけたが、その娘を突き飛ばし、道を作る!

「貴様! 待て!」

 騎士たちが口々に警告を発するが、止まったら命はない。


「追え! 逃がすな!」

 背後から追跡を始める複数の足音を尻目に、クラルはひたすら走った。

 どこがどうつながっているか分からないが、建屋と建屋のあいだの細い通路に走り込み、追撃をかわす。


 隠れて回復する余裕を持ちたい!

 首を振って必死に隠れ場所を捜すが、町中と違って整備された紅竜騎士団ドラゴンズナイツの敷地内に隠れる場所はなかった。


 そうこうしている内に、進む先の通路を曲がった先からも、足音が響いて来る!


 挟み撃ちにされたか……!

 背の高い建物に挟まれた空間である。上を見上げるが、傷ついたこの身体で屋上おくじようまで登れる自信はない。


 だが、助かるためには一か八かやるしかない。

 息を整え、大地を蹴って飛び上が――ろうとしたその時!

 背後から伸びた腕が、クラルの口をふさぎ、もう一方の腕が彼女の胴をがっしりと捕まえた!


 捕まった!?

 パニックになりもがく!


「動かないで!」

 彼女を捕えた背後の人間が殺した声で警告してくる。若い女の声だ。

 敵意の感じられないその声に、クラルは観念してその身を預ける。


 まったく気が付かなかったが、すぐ後ろの壁に屋内へ通じる扉があったらしい。相手はそこから出て来てクラルの背後を取ったようだ。

 扉をくぐってすぐの死角にクラルを押し込み、女は口元に指を立てて、声を出さない様に指示してくる。


「……?」

 訳が分からないが、従うしかない。

 ちからなくうなずく。


「こっちに『ゴーレム』が逃げて来なかったか!?」

「飛び上がって、屋上の方へ登って行きました!」

「何!? なんて身軽さだ!」

 扉一枚へだてた向こうで、騎士たちのやり取りが聞こえる。嘘の誘導をしているのは、例の女だ。

 自分をかくまっているのだろうか?


 しばらくやりとりが続いた後、多くの足音が再び駆けて行き、やがて周囲は静寂せいじやくを取り戻した。


 女が戻って来る。

「立てますか? 奥の部屋に隠れますよ」

 こちらが返答する間もなく、女はクラルに肩を貸し、すぐ近くの部屋に担ぎ込む。

 物置らしい部屋は真っ暗で、内部の様子はうかがえないが、人の気配はなかった。


 床にクラルを降ろし、女はランプに火をともした。


 ようやく、相手の顔がはっきり見える。

 十七か八程の年齢の娘。

 赤みがかった栗色のくせっ毛をショートにまとめている。服装はラフで、どこにでもある普段着の様な格好かつこうだが、一応紅竜騎士ドラゴンズナイトだろう。


「酷い怪我…大丈夫ですか?」

「……えっと……? わたしを助けるのですか?」

「? そうですよ」

 逆に女が疑問符を上げる。

「……どうして?」

「どうして……って、自分のことを忘れましたか?」

自分の胸に手を当てて、首をかしげる。


 彼女の顔をまじまじと見つめる。言われてみればどこかで見た様な……?


「あ……!」

 思い出して声を上げる。


 カラナの部下だ。テユヴェローズへの道中、自分が命を助けた娘である。

 名は――サフィリアが散々さんざん叫んでいたハズだが――?

「……ごめんなさい。名前が出て来ません」

「ベロニカです」


 そうだった。聞き覚えのある名を聞いて、安堵あんどしたのか全身からちからが抜ける。

 倒れかけたクラルの身体をベロニカが慌ててかかえた!


「とにかく、傷の手当てをしてください!」

 ボロボロになったローブを破り捨てて半身をあらわにし、手に組み上げた魔力を癒しのちからに変えて、傷口にあてがう。


「さっき体当たりされた時は、驚きました。もしかしたら…と思いましたが、やっぱりあの時の『ハイゴーレム』でしたね」


 その言葉で、ようやく分かった。

 ここはベロニカが療養りようようしている紅竜騎士団ドラゴンズナイツの療養所だ。

 テユヴェローズに着いたばかりの時、彼女を預ける為にカラナとともにここへ来た。


 無我夢中で逃げていたが、無意識に一度通った道を辿たどっていたのだろう。


「なぜ……わたしを助けたのですか?」

 ようやく会話が出来できる程度に痛みが退き、クラルは問いかけた。

 ベロニカが、タオルでクラルの身体にこびりついた血をふき取りながら答える。

貴女あなたには恩があります。だから問答無用で破壊したりはしません。

 ですが、答えてください。カラナ様に連行された筈の貴女が一人で何をしてるのですか?」


「…………」

 これに答える訳には行かない。

 サフィリアがサイザリスだと知られれば大事おおごとになりかねない。ベロニカを巻き込むリスクもある。


「ごめんなさい、答えられないのです。ですが……」

 自分の胸元に手を当てる。

 ローブの下には盗み出した”フィルグリフ”がある。

「もし、わたしを破壊するのであれば、このローブの下に持っている物を、カラナ様に渡してください」


 考え込む表情を見せるベロニカ。おいそれとは信じられないだろう。

 だが、彼女も悩んでいるひまはない。

 ここは紅竜騎士団ドラゴンズナイツの敷地の中だ。いつ発見されてもおかしくない。もし見つかれば、ベロニカの意思に関わらず、クラルはカラナの元へは戻れない。


「……貴女を信じてよいのですね?」

 若干じゃつかんの不安をのぞかせつつも、ベロニカは立ち上がった。


 棚に積まれた箱を物色ぶつしょくし、その中からひとつを選んで床に降ろす。中から出て来たのは白い布――いや、紅竜騎士団ドラゴンズナイツ衛生兵ヒーラーのローブだ。カラナと一緒にいる時に身に着けているものと同じタイプである。


「これを着てください。貴女を安全な場所まで連れて行きます」

「……ありがとう」


 ローブを脱ぎ捨て、渡されたローブをまとう。少々ぶかぶかだが、贅沢ぜいたくを言っている場合ではない。ひたいの魔導石は、例によってバンダナを巻いて隠す。


「下町の宿屋で、カラナ様が待っています。ですが、直接宿に向かう訳にはいきません」

 大体の事情は察したと言う風に頷き、ベロニカは手をクラルに差し伸べる。

 その手をしっかりと握りしめ、クラルはベロニカに着いて、宿舎を後にした。


 外はいまだ、騎士たちがクラルを捜してランプを手に捜索している。クラルを追って来た『ゴーレム』二体は、既に片づけられてしまったらしい。

 ベロニカに手を引かれるままに、走る。

 さすがは紅竜騎士団ドラゴンズナイツの一人である。

 捜索している騎士たちをうまくかわし、目立たぬように療養所を抜け、小道裏道を抜けて下町へと移動して行った。


 半刻はんこくも走ったところで、ようやく見覚えのある風景が目に入る様になった。

「ここまでで大丈夫です」

「わかりました」


 無人の大通りの真ん中に立ち止まり、向き合う。

 クラルは深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。お陰でカラナ様やサフィリアの期待に沿えそうです」

「お礼を言うのはこちらの方です。……いいえ、むしろお礼を言うのが遅れてごめんなさい」

 ベロニカが頭を下げる。

「命を救ってくれてありがとう…………ええと……?」

「クラルです。わたしはクラル……サフィリアに名付けていただきました」

 二人は向き合って微笑んだ。


「じゃあ、わたしは騎士団に戻ります。あまり姿を消していると怪しまれます」

「あの……ベロニカ様」

「はい?」

 立ち去ろうとしたベロニカを呼び止める。


「もし、カラナ様の任務が無事終わったら……もう一度、お会いしてもらえますか?」

 ベロニカが屈託くつたくなく笑う。精神的なダメージはかなりやわらいだようだ。

「はい! お友達になりましょう!」

 ピシッと敬礼する。


 クラルもゆっくりと敬礼する。


 ベロニカの背中が、街並みの奥に見えなくなるのを見届けて――クラルはカラナ達の元へと急いだ。

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