第四章「クラルの戦い」
4-1:『ゴーレム』のクラル
「……でも驚いたよ。カラナがローザ様のお孫さんだったなんて……!」
「その話は止めてちょうだい……。自分でも親……じゃなくて祖母の七光りだってのは自覚しているんだからさ…………」
テユヴェローズに到着してから、早一週間が経過していた。
今、いるのは南大通りに面した宿場町の一角にあるカフェテラス。店外の丸テーブルの席にクラルを含めた三人で座り、軽めの昼食を取っていた。
「しかし……カラナ様の立場であれば、失礼ながらコラロ村の守備隊長よりもっと良い
散々投げかけられて来た質問をクラルから受け、カラナは
「ちっこい村の守備隊長の方が
どうもあの祖母とは、感覚が合わない。
コラロ村に身を寄せていたのも、あの祖母の近くで仕事をしたくなかったからだ。
この大陸のはるか北方――年間を通して深い雪に覆われた山脈の奥深くに
人間よりも遥かに長い寿命と遥かに優れた肉体を持ち、途方もない魔力を秘めた彼らは、人間を下等な生物と見下し、自ら接触を断っている。
そんな彼らの
人間の男が、傷ついて人界に迷い込んだ
などと言うありきたり過ぎる祖父母の出会い話に、今は興味がない。
「それよりか、ヴェルデグリスを壊す方法を考えなくちゃでしょ?」
カラナの言葉に、サフィリアは神妙な面持ちでうんうんと
先日――元老院のお偉い方を相手取り
大したものだと感心したが、肝心の手段は何も考えていなかった様である……。
テユヴェローズでの滞在中、拠点を下町の宿屋とすることに決めた。
元老院から、
これはあくまでカラナとサフィリアの問題。
また、元老院のお膝元で活動する事にも、警戒心があった。
賛同を得たとは言え、彼らにはサフィリアを抹殺すると言う究極の手段が残されている。
ヴェルデグリスの破壊は、あくまで次善の策なのだ。
いつ、彼らが自らの保身に走り、牙を
もちろん、彼らの管理下から外れることに
それは、自由を与えると同時に、万が一サフィリアを連れて逃亡すれば、地の果てまで追いかけて行く、と言うローザの意思表示でもあったが。
「カラナ様は……何か策がおありなのですか?」
パフェなど口に運びつつ、クラルが疑問符を浮かべながらこちらに視線を向けて来る。
この
コラロ村で捕縛した時の無機質な人形然とした態度はどこへやら、今では言われなけば『ゴーレム』だと分からないほど、人間の少女そのものである。
これはアナスタシス教団による
前者だった場合、今までカラナが
「その前にクラルさ、ひとつ確認しておきたいんだけど……?」
「はい?」
質問し返されるとは思っていなかった様で、きょとんとした顔で首を
「
「そう、それはサフィリアも気になってた!」
サフィリアが
"彼女"のかつての
しかし、紛れもなく本来の
サフィリアが魔女に戻る事こそ、彼女の悲願ではないか? とカラナは思っていたのだが……
「わたしは、サフィリアのお手伝いをしたいと思っています」
あっさりと、魔女サイザリスとの決別を認める。
こうあっさりこちら側に着く意思を見せられると、
「いいの? サフィリアは、貴女の
「わたしの
パフェのグラスをテーブルに置き、クラルはまっすぐサフィリアを見つめる。
「そもそも、わたしはサフィリアがサイザリス様であった時代を知りません」
「え? でも『ゴーレム』ってサイザリスが創ったんだよね?」
「アナスタシス教団の手先である『ゴーレム』は、すべてサイザリス様亡き後に起動させられたものです」
言われてみれば……クラルはサフィリアがサイザリスだと知らなかった。顔を見た事がなかったと言う事である。
「じゃあ、クラルはアナスタシス教団のモノ?」
「サフィリアのお陰でその支配からも自由になりました。教団にとってわたしはもはや邪魔な存在でしょう」
自分で語って自分で不安になったのか、若干不安げな表情を浮かべ、二人の顔を見比べて来る。
「……わたしが、教団の手先には戻らないと……信じてもらえますよね……?」
「もちろん!」
「当然よ」
大きく頷くサフィリア。
そのサフィリアの手前、歩調を合わせたカラナだが、心の底では
「さて、話が
「もちろんです」
しっかりと頷くクラル。
「じゃあ、あたしの考えている作戦を話すわ。
まず、あたしたちが目指す事は、ヴェルデグリスの破壊よ。この為には、"
魔導石は、その魔力を魔法として開放する"
ヴェルデグリスは人間の魔力を封じると言う変わった使い方がされているが、魔導石であることに変わりはない。
従って、普通の魔導石同様"
「その"
サフィリアが腕組みして
「アナスタシス教団なら知ってるかな?」
サフィリアの出した答えにクラルが首を横に振る。
「知らないと思います」
「じゃあ……手掛かりになりそうなものは? 例えばサイザリスの魔導書とか……魔導石とか……」
「あの教団にはサイザリス様につながる重要な遺産は置かれていません。わたしたち『ゴーレム』も含め必要なものをマザー・ヴィオレッタが
「…それは多分、サイザリスの
魔女はそこで共和国と戦う為の魔導研究に明け暮れていたと言われるが、その所在は不明である。
「そこで、貴女の出番って訳よクラル」
「わたし……ですか?」
「そう。マザー・ヴィオレッタはサイザリスの研究所と教団を定期的に行き来している筈よ」
ここまで聞いて、サフィリアも閃いた様子だった。ぽんと両手を打つ。
「その移動した履歴が分かれば、研究所の場所も見当が付くって事だね」
「そー言う事! クラル、貴女なら何か知っているんじゃない?」
顔を下に向けしばし考え込む仕草を見せるクラル。
やおら顔を上げて頷いた。
「……思い当たる
***
テユヴェローズの最北――元老院議事堂。
日は傾き、西日となって山々の向こうに沈みつつある。
既に終業時間を過ぎ、評議会や職員が帰路についた議事堂内。人の気配がなくなり、静まり返った窓際の廊下を、一人の人影が歩く。
廊下は薄暗く、窓から差し込む西日が逆光となって、その人影の
「……厄介な事になった……」
しわがれた声で、
元老院評議会は、ヴェルデグリスの破壊を決定した。
彼らは分かっていない。この決定がどれほど危険で愚かな判断なのかを――。
今の自分には――残念ながらこの決定を
年を取ったものだ――。
おまけに、アナスタシス教団も動き出そうとしている。
魔女サイザリスの復活などと言う勘違いした暴挙に突っ走ろうとしている浅はかな者ども……。
すべての元凶は、あのサフィリアなどと名乗る愚物だ。
カラナやアナスタシス教団、そして元老院に踊らされた、愚かな操り人形――。
あれを抹殺すれば――事はすべて、丸く収まるのだ!
「何としても――あやつらを止めなければならない……!」
唇を噛み、やせ細った拳を握ってちからを込める。
ヴェルデグリスは、そのまま静かに大聖堂の地下に眠らせておくのが、一番なのだ。
立場上、自ら動く事は出来ない。
しかも、ここは首都テユヴェローズのど真ん中だ。あまり派手に事を起こす訳にも行かない。
何か、手を打たねば――。
ふと、廊下の曲がり角から足音が聞こえる。
「!」
慌てて
曲がり角から姿を現した、その良く見知った顔に
「アコナイトではありませんか。とっくに帰宅したと思っていましたわ。どうしたのです、こんなところで……?」
「ローザか。……ふむ、特に何があったと言う訳でもないが…ちと考え事をしていてな……」
窓の西日に姿を照らし、二英雄は、並んで窓の外を眺めた。
「
「うむ……。評議会の決定が正しかったのか――ワシには自信がなくてな……」
ちからの無い言葉に、くすくすと笑う。
「年を取ったものですね、アコナイト。かつての貴方であれば自分を信じて突っ走ったものを…」
「よしてくれ、そんな昔の話は……」
恥ずかし気に白髪の頭をかく。
「大丈夫です。サフィリアにはカラナが着いています」
「……そうじゃな。お前の孫娘じゃものな……」
しばし語り合い――やがて二人は各々の自室に向かって通路を歩き出した。
そう――年を取ったのだ。もはや、かつての様な
すべてを一撃で一掃する事は不可能だ……。
「手始めに……」
脳裏に浮かんだ顔。それは、あの黒髪の『ハイゴーレム』だった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます