第四章「クラルの戦い」

4-1:『ゴーレム』のクラル

「……でも驚いたよ。カラナがローザ様のお孫さんだったなんて……!」

「その話は止めてちょうだい……。自分でも親……じゃなくて祖母の七光りだってのは自覚しているんだからさ…………」


 テユヴェローズに到着してから、早一週間が経過していた。

 今、いるのは南大通りに面した宿場町の一角にあるカフェテラス。店外の丸テーブルの席にクラルを含めた三人で座り、軽めの昼食を取っていた。


「しかし……カラナ様の立場であれば、失礼ながらコラロ村の守備隊長よりもっと良い待遇たいぐうが得られるのでは?」

 散々投げかけられて来た質問をクラルから受け、カラナは嘆息たんそくした。

「ちっこい村の守備隊長の方がしょうに合ってるのよ。それに――――」

 どうもあの祖母とは、感覚が合わない。


 竜族ドラゴンである以上、人間とは感覚が違うのは仕方がない事である。しかし――サフィリアを問答無用で抹殺しようとした様な――ある意味で超然とした言動に、近寄りがたさを感じていた。

 コラロ村に身を寄せていたのも、あの祖母の近くで仕事をしたくなかったからだ。


 竜族ドラゴン

 この大陸のはるか北方――年間を通して深い雪に覆われた山脈の奥深くにむ種族である。

 人間よりも遥かに長い寿命と遥かに優れた肉体を持ち、途方もない魔力を秘めた彼らは、人間を下等な生物と見下し、自ら接触を断っている。

 そんな彼らの眷属けんぞくと人間に数千年ぶりの接触があったのが、およそ五十年前――。

 人間の男が、傷ついて人界に迷い込んだ竜族ドラゴンの女――ローザを救った事がきっかけである。この男女に恋が芽生え、二人の間に一人の娘ブランカが産まれ―――


 などと言うありきたり過ぎる祖父母の出会い話に、今は興味がない。


「それよりか、ヴェルデグリスを壊す方法を考えなくちゃでしょ?」

 カラナの言葉に、サフィリアは神妙な面持ちでうんうんとうなずく。


 先日――元老院のお偉い方を相手取り啖呵たんかを切ったこの少女。

 大したものだと感心したが、肝心の手段は何も考えていなかった様である……。


 テユヴェローズでの滞在中、拠点を下町の宿屋とすることに決めた。

 元老院から、紅竜騎士団ドラゴンズナイツの寮を使う様に進められたが、カラナはそれを断った。

 これはあくまでカラナとサフィリアの問題。紅竜騎士団ドラゴンズナイツとしての任務でない以上、騎士団の施設を使う事は、躊躇ためらいがあった。


 また、元老院のお膝元で活動する事にも、警戒心があった。

 賛同を得たとは言え、彼らにはサフィリアを抹殺すると言う究極の手段が残されている。

 ヴェルデグリスの破壊は、あくまで次善の策なのだ。

 いつ、彼らが自らの保身に走り、牙をいてくるとも限らない。そんな環境下では事に集中できないため、距離を置くことにした。

 もちろん、彼らの管理下から外れることに難色なんしよくは示されたが、最終的には女神ローザがこちらの意見を飲んだことで、話がまとまった。

 それは、自由を与えると同時に、万が一サフィリアを連れて逃亡すれば、地の果てまで追いかけて行く、と言うローザの意思表示でもあったが。


「カラナ様は……何か策がおありなのですか?」

 パフェなど口に運びつつ、クラルが疑問符を浮かべながらこちらに視線を向けて来る。

 このむすめの印象もここ数日でだいぶ変わった。


 コラロ村で捕縛した時の無機質な人形然とした態度はどこへやら、今では言われなけば『ゴーレム』だと分からないほど、人間の少女そのものである。

 これはアナスタシス教団による感情抑制マインドコントロールが外れた影響なのか? それとも"彼女"の主人マスターである、サイザリスサフィリアそばにいる為なのか?

 前者だった場合、今までカラナがたおして来た『ハイゴーレム』も、本当はこんなにも人間に近い感情を持っていたのだと思わされ、若干陰鬱じやつかんいんうつな気分になる。


「その前にクラルさ、ひとつ確認しておきたいんだけど……?」

「はい?」

 質問し返されるとは思っていなかった様で、きょとんとした顔で首をかしげる。

貴女あなたは、サフィリアがサイザリスとしての魔力ちから放棄ほうきすることについて……どう思っているの?」

「そう、それはサフィリアも気になってた!」

 サフィリアが相槌あいづちを打って来る。


 "彼女"のかつての主人マスターはアナスタシス教団であり、今の主人マスターは、サフィリアだ。

 しかし、紛れもなく本来の主人マスターは魔女サイザリスである。

 サフィリアが魔女に戻る事こそ、彼女の悲願ではないか? とカラナは思っていたのだが……


「わたしは、サフィリアのお手伝いをしたいと思っています」

 あっさりと、魔女サイザリスとの決別を認める。

 こうあっさりこちら側に着く意思を見せられると、かえって不安なのだが……。


「いいの? サフィリアは、貴女の主人マスターじゃなくなっちゃうんだよ?」

「わたしの今の・・主人マスターはサフィリアです」

 パフェのグラスをテーブルに置き、クラルはまっすぐサフィリアを見つめる。

「そもそも、わたしはサフィリアがサイザリス様であった時代を知りません」

「え? でも『ゴーレム』ってサイザリスが創ったんだよね?」

 肯定こうていして頷く。


「アナスタシス教団の手先である『ゴーレム』は、すべてサイザリス様亡き後に起動させられたものです」

 言われてみれば……クラルはサフィリアがサイザリスだと知らなかった。顔を見た事がなかったと言う事である。

「じゃあ、クラルはアナスタシス教団のモノ?」

「サフィリアのお陰でその支配からも自由になりました。教団にとってわたしはもはや邪魔な存在でしょう」


 自分で語って自分で不安になったのか、若干不安げな表情を浮かべ、二人の顔を見比べて来る。

「……わたしが、教団の手先には戻らないと……信じてもらえますよね……?」

「もちろん!」

「当然よ」

 大きく頷くサフィリア。

 そのサフィリアの手前、歩調を合わせたカラナだが、心の底ではいまだクラルへの警戒心は解けていなかった。本人にその気がなくても、"彼女"が感情抑制マインドコントロールによって再びアナスタシス教団に寝返る可能性は残っているのだ。


「さて、話がれたけれど…クラルはサフィリアを手伝ってくれるって事で良いのよね?」

「もちろんです」

 しっかりと頷くクラル。


「じゃあ、あたしの考えている作戦を話すわ。

 まず、あたしたちが目指す事は、ヴェルデグリスの破壊よ。この為には、"破壊の言葉エンバーコード"を知る必要があるの」 


 魔導石は、その魔力を魔法として開放する"解放の言葉マギコード"と、すべての魔力を喪失させて、その機能を失わせる"破壊の言葉エンバーコード"が存在する。

 ヴェルデグリスは人間の魔力を封じると言う変わった使い方がされているが、魔導石であることに変わりはない。

 従って、普通の魔導石同様"破壊の言葉エンバーコード"が存在する……ハズである。


「その"破壊の言葉エンバーコード"を探る必要があるって事だね……」

 サフィリアが腕組みしてうなる。

「アナスタシス教団なら知ってるかな?」

 サフィリアの出した答えにクラルが首を横に振る。

「知らないと思います」

「じゃあ……手掛かりになりそうなものは? 例えばサイザリスの魔導書とか……魔導石とか……」

「あの教団にはサイザリス様につながる重要な遺産は置かれていません。わたしたち『ゴーレム』も含め必要なものをマザー・ヴィオレッタがどこか・・・からか調達していた様です」


「…それは多分、サイザリスの魔導研究所マジツク・ベースね」

 魔女はそこで共和国と戦う為の魔導研究に明け暮れていたと言われるが、その所在は不明である。


「そこで、貴女の出番って訳よクラル」

「わたし……ですか?」

「そう。マザー・ヴィオレッタはサイザリスの研究所と教団を定期的に行き来している筈よ」

 ここまで聞いて、サフィリアも閃いた様子だった。ぽんと両手を打つ。

「その移動した履歴が分かれば、研究所の場所も見当が付くって事だね」

「そー言う事! クラル、貴女なら何か知っているんじゃない?」


 顔を下に向けしばし考え込む仕草を見せるクラル。

 やおら顔を上げて頷いた。

「……思い当たるふしがあります。それが手に入れば良いと言う事ですね」


 ***


 テユヴェローズの最北――元老院議事堂。

 日は傾き、西日となって山々の向こうに沈みつつある。

 

 既に終業時間を過ぎ、評議会や職員が帰路についた議事堂内。人の気配がなくなり、静まり返った窓際の廊下を、一人の人影が歩く。

 廊下は薄暗く、窓から差し込む西日が逆光となって、その人影の容貌ようぼうはまったく分からない。


「……厄介な事になった……」

 しわがれた声で、つぶやく。

 元老院評議会は、ヴェルデグリスの破壊を決定した。

 彼らは分かっていない。この決定がどれほど危険で愚かな判断なのかを――。

 今の自分には――残念ながらこの決定をくつがえすだけのちから・・・はなかった。

 年を取ったものだ――。


 おまけに、アナスタシス教団も動き出そうとしている。

 魔女サイザリスの復活などと言う勘違いした暴挙に突っ走ろうとしている浅はかな者ども……。

 すべての元凶は、あのサフィリアなどと名乗る愚物だ。

 カラナやアナスタシス教団、そして元老院に踊らされた、愚かな操り人形――。


 あれを抹殺すれば――事はすべて、丸く収まるのだ!


「何としても――あやつらを止めなければならない……!」

 唇を噛み、やせ細った拳を握ってちからを込める。

 ヴェルデグリスは、そのまま静かに大聖堂の地下に眠らせておくのが、一番なのだ。


 立場上、自ら動く事は出来ない。

 しかも、ここは首都テユヴェローズのど真ん中だ。あまり派手に事を起こす訳にも行かない。

 何か、手を打たねば――。


 ふと、廊下の曲がり角から足音が聞こえる。

「!」

 慌ててたたずまいを正す。

 曲がり角から姿を現した、その良く見知った顔に安堵あんどする。


「アコナイトではありませんか。とっくに帰宅したと思っていましたわ。どうしたのです、こんなところで……?」

「ローザか。……ふむ、特に何があったと言う訳でもないが…ちと考え事をしていてな……」


 窓の西日に姿を照らし、二英雄は、並んで窓の外を眺めた。

今朝けさの……元老院の決定の事ですね?」

「うむ……。評議会の決定が正しかったのか――ワシには自信がなくてな……」

 ちからの無い言葉に、くすくすと笑う。

「年を取ったものですね、アコナイト。かつての貴方であれば自分を信じて突っ走ったものを…」

「よしてくれ、そんな昔の話は……」

 恥ずかし気に白髪の頭をかく。

「大丈夫です。サフィリアにはカラナが着いています」

「……そうじゃな。お前の孫娘じゃものな……」


 しばし語り合い――やがて二人は各々の自室に向かって通路を歩き出した。


 そう――年を取ったのだ。もはや、かつての様なちから・・・を振るう事は叶わない。

 すべてを一撃で一掃する事は不可能だ……。


「手始めに……」

 脳裏に浮かんだ顔。それは、あの黒髪の『ハイゴーレム』だった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る