3-6:アナスタシス教団

 首都テユヴェローズの大通り。

 食料、雑貨、武器、そして魔導石、その他様々な商品を扱う商店がのきを連ね、人が、馬車が行き雑踏ざつとうの向こうに、白い外壁と青い瓦屋根が特徴的な大きな建物がある。


 アナスタシス教団の本拠である。


 入口には、装飾の施された格子状の扉を構え、庭を進んだ先にはコの字型の聖堂と、その左右にはシスターたちの修道院、さらに背後にも三角屋根の別棟を備える。


 その門の手前で、大勢のシスターが一列に並んでいた。

 皆一様に、群青ぐんじよう色のローブを身にまとい、首から下げた銀のペンダントにはあおい宝石が輝いている。


 背後の壁には、「魔導師を元老院に!」「女性を政治に!」等の文字が大きく書き込まれた横断幕が吊るされていた。


「この共和国において、わたしたち魔導師は政治への参加を禁じられています」

 大勢のシスターたちを背後にして、木製の壇上に登り、良く通る声で大通りの道行く人々に語りかける女。

 アナスタシス教団の最高責任者マザー・ヴィオレッタである。


 緩いウェーブのかかった銀髪に、微笑ほほえみをたたえた優し気な顔立ち。歳は三十代半ばほどか。

 あい色のローブを纏い、その額には銀製のティアラ、開いた胸元にはネックレス、腕輪に指輪。様々なアクセサリーで身を飾りつけている。そのすべてのアクセサリーに、深い青色の魔導石が埋め込まれていた。


「わたしたち魔導師が、国政の蚊帳かやから外されているのは何故なぜか? それは、元老院が恐れているからなのです。わたしたち魔導師の魔力を! サイザリス様の御ちからを!」

 両腕を天高く広げ、ヴィオレッタは語気を強める。

 彼女の眼前で、この演説に耳を傾ける者は少ない。往来おうらいの邪魔にならぬ様に、壇上の周りに小さな囲みが出来できている程度である。

 しかし、ヴィオレッタは構わず演説を続ける。


「わたしたちアナスタシス教団は、魔導師の権利を取り戻す為、こうして皆様に語りかけています。そしてこれは、魔導師である以前に女性であるわたしたちの戦いでもあるのです!」


 ヴィオレッタの言葉にも、一理があった。

 ここテユヴェローズでは、魔導師や魔法に関する知識を持つ者の、国政参加が禁じられている。

 それは、かつて起きたサイザリスと共和国の対立が原因であった。


 元々、この国の政治は魔導師であろうとなかろうと――国外からやって来た者、現役の軍人など一部の例外を除き――平等に開かれていた。

 しかし、魔法と言う強力なちからを行使する魔導師は、軍事力であり、国政から排除するべきではないのか?、と言う意見も根強かった。

 この曖昧あいまいにぼかされていた問題に決定的な実体を与えてしまったのが、魔女サイザリスの叛乱はんらんである。これによって大きな被害を受けた元老院の論調は、一気に魔導師排除の方向へと傾いた。


 これには、国内外から批判の声が相次いだ。


 魔力と言うものは、人間に限らず生命ならば誰しもが持って生まれるエネルギーの流れである。しかし、これを魔法と言う物理現象へ変換出来るかどうかは別であった。

 魔導石を操り、自らの魔力を魔法へ変換出来るかどうかは、完全なる天賦てんぷの才能であり、いくら訓練しても才能の無い者には出来ないのである。

 一言で言えば、"魔導師"は完全な才能の世界だった。


 そして、もうひとつ忘れてはならない事がある。それは、"魔導師"が女社会であると言う点だ。


 この天賦の才能に目覚める者は女に多かった。これは人間に限らず、魔法を操る他の生物でもメスの割合が多い事で知られている。魔導師全体の八割近くが女であるとも言われていた。

 女の方が、精神と魔力の調和にけている、魔導石と精神との共鳴がし易いなど様々な理論があるが、何故魔導師に女が多いのか、正確には分かっていない。


 それはともかくとして――。


 生まれつきの能力と、生まれつきの性別で、魔導師を国政から排除した元老院のこころみを批判する者が現れるのは、必然であった。


「サイザリス様が滅ぼされ、わたしたち魔導師の声は、誰の耳にも届かない小さなものになってしまいました……」

 胸の前で手を合わせ、目を伏せて静かに語るヴィオレッタ。

 やおら、顔を上げ目を見開く。

 天を見上げ、やや芝居がかった声色こわいろで高らかに叫ぶ。

「しかし――潮目が変わったのです!」

 その言葉とほぼ同時だった。

 聖堂の扉が勢いよく開かれ、ひとりのシスターが列の中に駆け込んで来る。

 まだ若い、十七、八歳くらいの少女だ。

「…………!」

 肩で大きく息を切らして、膝に手を着く彼女に歩み寄り、そっとその頭を撫でる。


「何を慌てているのですかマグノリア? 心を落ち着ければ、何も慌てることはありません」

「サイザリス様が――!」

 マグノリアと呼ばれたシスターが一度言葉に詰まる。

 だが、その名前を聞いた瞬間、他のシスターたちからどよめきが起こった。


「サイザリス様が――テユヴェローズにご到着なされました!」

 胸に詰まっていただろう言葉を言い切った彼女の顔は赤く紅潮していた。


「みなさん。 わたしたちの望む時がやって参りました!」

 ひと際大きな声を響かせ、ヴィオレッタは大仰おおぎように両腕を広げる。大通りの観衆を背に、シスターたちに向かって。

 わずかにいた聴衆のぽかんとした顔を無視して、ヴィオレッタは歯切れよく続ける。

「元老院と…共和国と再び戦うときがやってきたのです!」

 どよめきが――歓声に変わる。


 シスターたちに軽く手を差し出し、落ち着く様にうながす。

「よいですか皆さん。此度こたびの戦いは、かつての様な魔力と武力をぶつけ合う戦いとは異なります」

 胸に手を当て、目を伏せる。

「サイザリス様は、心を失われており、わたしたちの声は届かないでしょう。

 この戦いは、元老院か――それとも私たちか――どちらがサイザリス様の心を解放するかを争う戦いなのです!」


 強い意志を込め、ヴィオレッタはあえてあおる様に語気を強めた。

「わたしはこれより、戦いの準備の為、この教団本部をしばし離れます。

 皆さんもそれぞれ、来たる時にそなえ、準備を怠らないでください!」


 もはや誰への演説なのか? ――盛り上がるシスターたちのあいだを悠然と歩き、ヴィオレッタは聖堂へと進んで行った。

 その後を、先ほどの若いシスタ――マグノリアが追って来る。

「サイザリス様をお迎えしなくてよろしいのですか?」

「間もあらず、サイザリス様よりお越し頂くことでしょう」


 礼拝堂を抜け、別棟へ続く渡り廊下を抜け、地下室へ――。

 階段を降りた先にある扉を開くと、松明たいまつで照らされた薄暗い地下でうごめく影たちが一斉に、ヴィオレッタとマグノリアを見る。

 彼女たちの尖兵せんぺい――『ゴーレム』だ。

 少女のかたちをした人形たちが、地下の空間で雑務をこなしている。ある者は、ローブやかしの杖などの装備の点検、ある者は地下室の環境整備、警備などなど、ここには『ゴーレム』たちの居住スペースが広がっていた。


 頭を下げて、道を開ける『ゴーレム』たちのあいだをすり抜け、ヴィオレッタは地下室の最奥へと進む。向かった先は、堅牢な鉄扉と、壁に埋め込まれた魔導石でロックされた部屋。

 部屋の前には、一体の『ゴーレム』が佇んでいる。

「開けて下さい」

 静かにヴィオレッタが命じると、『ゴーレム』は浅く頷いて、額の魔導石を壁の魔導石に近づける。両者が共鳴して碧い光を放ち――鉄扉が重い音を立てて開いて行く。


 扉の先は――一面の光だった。決して広くはない部屋の壁一面が煌々こうこうとした輝きを放っている。しかし、それは良く見れば壁が輝いているのではない。

 壁の棚に、所狭しと並べられた無数の細長い長方形の結晶体が、光を放っているのである。


 ヴィオレッタが、その内の一枚をおもむろに取り出し、テーブルの上に置く。その上に手のひらをかざすと、結晶体の表面を細かい光の羅列が走り、全体が強い光を帯び始める。

 光は弾けて宙を舞い、やがて収束し、光の粒子が空間に地図を描き出して行く。


 フィルグリフと呼ばれる情報記録媒体だ。

 文字や映像、音声などによる様々な記録が保存されている。


 このフィルグリフに保存されているのは、ここテユヴェローズ周辺の地図。その地図上に青く明滅するいくつもの光点は、アナスタシス教団の『ゴーレム』群の配置だ。

「先の作戦で、コラロ村を襲撃した部隊が壊滅しました」

 ヴィオレッタが細く手入れの行き届いた指を伸ばし、コラロ村上に配置されていた青い光点を弾いて消し去る。

 横からそれを覗き込んでいたマグノリアが、顎に手を当てて考える仕草をした。

「この重要な局面で我が教団の戦力が半減しました」

「無駄とばかりも言えません。この戦いがサイザリス様をテユヴェローズへ導く引き金となったのです」

「ですが、戦力ダウンは否めません」

「もちろんです」

 指先をコラロ村からテユヴェローズへ移動し、ヴィオレッタ自身を現す大きな青い光点を指し示す。


「わたしはこれより、サイザリス様の屋敷へおもむきます。そこで眠っている新たな『ゴーレム』たちを目覚めさせましょう」

 地図上に指を滑らせ、自身の光点を置いた場所――それは、テユヴェローズにほど近い山中に隠された、魔女サイザリスの研究所だった。

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