47 密林

 

「源次郎!」


 俺に続いてレオが現れた。黄色いメッシュが入った長い黒髪に、緑色の目をした少女を連れている。


「レオ。俺のパートナーを紹介する。花螳螂ハナカマキリのランだ」


「よろしくね」


「俺はレオ。よろしく。じゃあ、俺のパートナーも紹介するよ。鬼蜻蜓オニヤンマでグリンっていうんだ」


「よ・ろ・し・く」


「スバルだ。よろしく。君、もしかして空を飛べるの?」


「もちろん。空からの狩りや偵察は得意よ」


 グリンが大人っぽく微笑んだ。


「スバル、ランもそのうち飛べるようになるよ」


 対抗心からか、ランが俺の服を引っ張りながら、そう主張してくる。通常のカマキリが空を飛べるのは知っていたが、ハナカマキリも飛べるようになるのか。


「それは凄いな」


「えへっ」


 そうやって自己紹介をしていると、香里奈が現れた。短い黒髪に黒目、褐色の肌をした少女と一緒だ。


「お待たせしちゃったかしら?」


「大丈夫。まだ自己紹介しかしていない」


「よかった。じゃあ、私も。私の名前はカリナ。この子はニュイ。狩人蜂かりゅうどばちよ」


「ニュイよ。みなさん、よろしく」



 一通り自己紹介が終わり、出発することになった。


「二人を見て驚いたわ。前のアバターは色こそ派手だったけど、あれがほぼ素の姿だったのね」


「ゲン……じゃなくて、スバルがあんまりアバターを弄ってないって聞いて、えーって思ったけど、本当だったんだな」


 二人も俺と同様にアバターは弄れなかったようで、全員黒髪だ。レオはそのせいか少し幼く見える。


「スバルくんもそうだけど、レオくんもよ。イケメンね、二人とも。目の保養でいいけど」


「香里奈はトレハンが強制キャラメイクだったせいか、全く変わらないな」


「酷いわよね。年齢設定くらいマニュアル設定にしてくれたらいいのに」


 香里奈は年上なのを気にしているらしいが、本人が言うほどではない。化粧っ気がないせいか返って若く見える気がする。


 そんな風に話をしながら、ゆっくりと移動を始めた。目の前に生い茂る、人の背丈ほどもある草を刈りながらなので、そう早くは進めない。


「巨人の国に来たみたいだな」


「本当に。草花も木もやけに大きいわ」


「虫が人のサイズだから、それに合わせてるのかな?」


 ゲームとしてどうなんだ、これは? 巨大化した緑のジャングルに人間大の巨大昆虫。太古の世界の再現なのかな? 数億年前の古生代に迷い込んだみたいだ。


 *


「敵が来ます!」


 空中でホバリングしながら警戒にあたっていたニュイから、鋭い警告が発せられた。


「クロオオアリ三体です」


「ラン、行けるか?」


「任せて!」


 クロオオアリは、これまでも既に何体か倒してきた。メインアタッカーはランだ。ランはふた振りの大鎌を鮮やかに両刀で使い、危なげなくアリをほふっている。


 残り二人のパートナーの協力もあって、間もなく戦闘は終了した。


「急に敵が増えてきたね。先に進むのをやめて、パートナーのレベルを上げた方がいいかな?」


 今ひとつ、このゲームの進め方が掴めないせいで戸惑いが広がる。


「自分がほぼ見ているだけっていうのが、思ったよりもしんどいわね」


 レベル1の召喚士にできるのは【応援】というバフくらいしかない。プレイヤー自身の身体能力にゲーム補正もかかってないし、現状では直接戦闘は無理な感じだ。


「だよね。俺も身体を動かしたい」


 始めたばかりだから断定はできないが、どうやらこのゲームは、実際に戦うのはパートナーに任せ、プレイヤーはそれを支援するという役割に徹せざるをえないっぽい。そう思ったのは、召喚士があまりにも無防備過ぎるから。


 武器も防具も戦うためのスキルもない。それが、どうにも歯痒く感じた。


「ずっとジャングルなのもこたえるな。どこかに集落や非戦闘エリアがあっても良さそうなのに」


 今まで旅をしてきたトレハンの世界は、キャンプ用品が揃っていたから気軽に休憩ができた。でもこの未知のゲームでは、少しも気が抜けない。


「そうよね。そろそろひと息つきたいところね」


 それとも、エリアボス的なものを倒さないと次のエリアにいけないといった制約があるのか?


 今のところ、出てくるのは雑魚モンスターばかり。敵を倒してドロップするアイテムは、毒消しや怪我治療などのポーション類。そしてパートナーを強化するのに使える強化玉だ。


「スバル、レベル4になったよ」


 褒めて、と言わんばかりにランが知らせにきた。


「よかったな。でも、敵が増えてきたから無茶はするなよ」


「うん!」


 パートナーとこうして会話をしてコミュニケーションをはかると「ハーレム指数」というパラメータが上がるらしい。だが、それを上げてどうなるのかが、皆目かいもく分からない。まさか本当に嫁にするわけでもあるまいし。


「また敵襲!」


 早いな。今倒したばかりなのに。


「敵は……クロオオアリを別の大きなアリが追っています。どうやら初めて遭遇する相手のようです」


 別のアリ?


「キャッ!」


 デカい! 


 現れた新種のアリはクロオオアリの倍以上の身丈があった。


 いかにも硬そうな黒いメタリックな装甲に、金色に光る鋭い毛が生えている。その大きな顎はのこぎり状で、俺たちの目の前で簡単にクロオオアリを噛み千切り、さらには尻にある鋭い針で何度も刺し貫いていた。


《フィールドボス巨大蟻「ディノポネラ」に遭遇! レイド戦 参加プレイヤー3/5 この戦闘は回避できません》


「逃げられないってこと?」


 クソッ! こんなのと戦えって? でもこれって、俺たちのパートナーで倒せる相手なのか?


「グリン!」


 宙に浮いていたグリンが、巨大蟻の顎で薙ぎ払われ地面に落下する。


 そして、巨大蟻の毒針が彼女を突き刺した。あっという間だった。HP全損でグリンの姿が消え、入れ替わりにレオの手元に虹色の玉が現れる。


「レオ、グリンは?」


「これ、グリンの召喚球だって。再召喚まで24時間ってある。復活するみたい」


 そうか、よかった。しかし、状況は全くよくない。


「ラン、無理するな。一旦引くんだ!」


 ランが巨大蟻に向かって行こうとするのを慌てて引き止める。


「回避できないってことは、倒すか全滅ってこと?」


 巨大蟻の正面になるのを避けるようにみんなで移動する。でも、これじゃあそう長くはもたないな。


「ダメ! これ以上は先に進めない!」


 見えない隔壁にぶつかった。逃げているうちにフィールドの端に追い詰められていたのか?


〈ザシュッ!〉狭い空間で回避しきれず、巨大蟻の顎が肩を掠める。


っ!」


「スバルくん、血が!」


 少し掠っただけなのに、皮膚に裂傷ができて出血してきた。そして結構痛い。


「マスターは私が守るんだから!」


 巨大蟻と俺との間にランが割って入る。


「ラン!」


 ランの身体を巨大蟻の尾針が貫き、彼女の姿が消えた。そして俺の手元に、召喚球が現れる。


 《召喚球:「ラン」花蟷螂LV4 再召喚まで23:59:59》


 目の前に浮かぶ表示見ながら、召喚球を握りしめて観念する。もうダメだ。このままじゃ、すぐに全滅してしまう。


 パートナーはこうして球になる。時間が経てば復活できそうだ。でも、俺たちプレイヤーは? 最初からやり直しならいい。だけど、万一……最悪の可能性を考えて背筋がゾッとした。その時。


《レイドへの参加要請がきました。プレイヤー名「ハルト」召喚士LV67。許可しますか?》

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