第4章 怪異

31 天馬☆

 

 クワドラの街の北西。


 下北半島の入口にそびえ立つ天馬山。青々と茂る木々に囲まれたその山麓に、大規模なキャンプを張っている一際目立つ一団がいた。


 お揃いの白い騎士服に、肩からはやはりお揃いの白いマントを羽織っている。そのマントの中央に大きな銀十字が描かれた彼らは、クラン「東方騎士団」のメンバーたちだ。


 そのキャンプ地中央にある大きな幕屋の中で、2人の騎士が何やら真剣な面持ちで話し合っていた。


「グレンさん。本当にこの衣装を着なくてはダメですか?」


「もちろん。君も説明を聞いていたはずだが? 伝承によれば、輝く虹のローブに身を包んだ清らかな乙女に、天馬は心を開くとある。従って、その衣装を君が纏うことは、今回の作戦の必須条件なわけだ」


 衣装1着を作るために、クラン総出で活動をした。彼らの地道な努力の結晶である衣装を前に、未だ戸惑いを隠せない若い騎士が、控えめながらも抵抗の意志を示す。


「年齢はともかく、俺は男ですよ。乙女というには無理があり過ぎるんじゃ……」


「いやいや。カイト、そこはおそらく問題ではない。我々のこの姿は、ゲームのアバターだ。元運営プレイヤーから得た情報でも、クエストの性別設定は緩くしてあるとあった。君なら十分にイケるだろう」


「どうせなら、ユリアさんの方が……」


「それも考えたが、みんなが最初に試すのは君がいいと口を揃えて言うんだ。それに、そもそも彼女は騎士じゃないしね」


 彼らは巨大隕石の衝突以前から天馬山にこもり、天馬のテイムを試みていたが、全く上手くいっていなかった。天馬に接触すると、必ず戦闘になってしまうからだ。


 そこで、天馬を餌付けしてはどうかという案が出て、次々と天馬が好むとされる食べ物を用意したが、これも失敗。


 その後も試行錯誤を繰り返していたが、実際のところ、状況はかなり行き詰っていた。


 元運営プレイヤーから、いくつかの貴重な情報を得ることはできたが、肝心のテイム系のシナリオを書いたスタッフがISAO内には見当たらないため、提供された内容は曖昧な記憶に基づく情報のみ。


 それでも彼らにとっては、この状況を打破するきっかけには違いなく、クランメンバーを総動員して調査に当たっていた。


 *


 提供された情報によれば、天馬をテイムするには、シークレットクエストの発動が必要であるという。そして、その発動キーは、ユーキダシュの大図書館に仕込まれているらしい。


 ユーキダシュの大図書館に収められた膨大な図書の数々。


 それは、ゲームの世界観やゲーム知識として創作された本以外にも、ISAOのレジャーコンテンツの一環として、その他の雑多な小説や随筆に、知識本や絵本なども潤沢に用意されていた。そのため、その中から求める情報を手にするには、森で木を探すように、人海戦術を行うしか方法がなかった。


 児童書を調べていた調査班から、待ち望んでいた天馬に関する伝承を見つけたと一報が入り、それとほぼ同時にシークレットクエストが発動された。


 調査員が見つけたのは、1冊の子供向けの童話だった。


「天馬に憧れる1人の少女と精霊族の小さな人たちとの交流が描かれた本……ですか」


「精霊族? そんな種族の情報って、これまであったかしら?」


「ないですね。今回が初出です。この本によれば、小さな人たちは天馬の現れる山の麓に集落を作って住んでいるとあります。まずは、そこから着手しましょう」


 騎士団員たちの惜しみない協力により、それから天馬山の麓エリアの大探索が始まった。


 ……といっても、それは簡単なことではない。


 本州の北端にある下北半島は、別名「まさかり半島」と呼ばれることから分かるように、その形が鉞によく似ている。


 天馬山は、鉞の柄に当たる場所を塞ぐようにそびえたつ山で、海岸線は切り立った崖になっていて、容易に進むことはできなかった。


「どのエリアから調査しましょう?」


「 元運営プレイヤーの話によれば、外洋側のマップ解放はかなり先に予定していたそうだ」


「では精霊族の集落があるのは、内海側ですか」


「ああ、おそらくティニア湾の海岸線のどこかだろう」


 そう当たりをつけた騎士団員たちの懸命の探索の結果、程なくして天馬山のティニア湾沿岸の崖に、地中へと続くトンネルの入口が発見された。


 *


「トンネル内は、我々人族のプレイヤーでも、小柄な者ならギリギリ屈まずに通れる高さがあります。しかし、大規模な隊列を組んでしまえば、すぐにトンネル内で渋滞してしまうと予想されます」


「小柄な者を集めて調査班を編成するしかないということか。具体的には、身長は何cmくらいが上限かね?」


「そうですね。理想的には160cm以下だと思います。無理をすれば165cmくらいまでなら何とか」


「それは該当者が限られそうだ。何人くらい集められる?」


「騎士職に限って言えば、男性騎士3人が該当します」


「おや? 女性騎士はいなかったのか?」


「はい。女性騎士は高身長の者が多く、全員167cm以上でした」


「それは予想外ですね。では騎士以外の職業で探索についていけそうな者は?」


「探索スキルを持つ斥候職スカウトが1人、魔法職が1人。これは、どちらも女性になります」


「総勢5人ですか。ギリギリだな。しかし該当者がいてよかった」


「はい。代替要員がいないのが厳しいですが、仕方ないですね。トンネルが安全で短いことを期待しましょう」


「そうだな。シークレットクエストは発動済みだから、ひとつずつ順番に試して行こう。焦る必要はないと、彼らには念を押しておいて欲しい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る