05 遭遇

 海岸線を左手に見ながら、ひたすら南下した。


 このアバターは幸いハイスペックだけど、モンスターを狩りながらの徒歩移動では、どうしても進みは遅くなる。


 ……そう、ここはトレハンCWの世界だから、当たり前のようにモンスターが出る。


 ゲームの時とは違って、整備された街道はなく、街灯のような照明もない。日が暮れてしまうと辺りは真っ暗になるから、陽が落ちる前に野営の支度をして、夜明けと共に起き、また行動を開始する。その繰り返しだ。


 支度といっても簡単だけどね。手持ちの「標準野営セット」を取り出して広げるだけだから。


 ゲームの時に買った「標準野営セット」のテントには、モンスター除けの結界魔法が付与されていて、通常フィールドであれば1人でも安心して眠れる。それに調理器具もついているので、簡単な料理ならできた。


 早速、簡易コンロで焼いてみる。モンスターからドロップする魔石を埋め込むと、ちゃんと火がついた。


 道中狩った兎のモンスターのドロップ肉は、見た目は本物のブロック肉みたいだ。手持ちの香辛料と塩を振って付属の網の上に載せて、じっくりと炙り焼きにする。


 肉の焼ける香ばしい匂いと滴る脂が、とても美味しそう。毎食このメニューになりそうだけど、「空腹度設定」はおそらく生きている。


 空腹度が大きくなると、ステータスにデバフがかる。1人旅だから、その状態は絶対に避けたかった。栄養価は丸無視で、システム対策のために、食事を取らなければいけない。


 この世界で死んだ際にはどうなるのか……考えるのが怖い。死に戻りが可能なのかどうか。その検証が終わるまでは、極力危険は避けるようにしないと。


 *


 食事の後、テント内でゴロンと横になった。


 ……みんな、どうしてるのかな?


 俺以外のゲーム仲間は、隕石衝突時に現在連絡が不通になっている地域にいたはずだ。


 もし……もし顕現した仮想世界のひとつに、ずっとメインでプレイしていたゲーム「ISAO」の世界があれば、そこにいるかもしれない。


 掲示板を調べてみたが、今は臨時政府の発足の準備をしている影響で、仮想世界の調査は後回しになっていた。だから、新しい情報がない。


 ……会いたいな。


 どうしても無事を確認したい、そして会って話をしたい人がいる。もし「ISAO世界」が存在するなら、俺はできる限りそこに行くつもりだ。


 でもまずは父の安否を確認して、その安全を確保するのが優先になる。父がこのエリアで生活するのに問題がなくなったら、そこで初めて、他の仮想世界へ行く方法を模索するつもりでいる。


 こんな状況で、いやこんな状況だからこそ、行きたいし行かなければならない。


 「ISAO世界」でなら、便利な移動手段もあるし、住処も伝手もある。


 長くやってきたゲームだ。アバターのレベルもかなり高いし、装備やアイテムも揃っている。だから、このわけのわからない状況が落ち着くまで、「トレハン世界」よりも楽に過ごせるはずだ。


 それに、ISAOはレジャーコンテンツにも力を入れていた。このトレハンCWと違い、PKはできないし、普通に生活したり遊んだりできる「非戦闘エリア」が充実してるのも大きい。


 そこに父を連れて行けば、容易に安全を確保できるという思惑もある。そこまでの移動手段があれば、という条件付きではあるけど。


 ……そんなことをとめどもなく考えている内に、俺はいつの間にか眠りについていた。


 *


 草原狼の群れを倒した時、レベルがひとつ上がった。


 これでレベル28。


 ドロップを回収して、先に進もうかと顔を上げると、遠くに人影が見えた。2人連れだ。プレイヤーっぽい。この状態になってから初めての、人との遭遇になる。


 どうやら向こうも俺に気づいたようだ。少し緊張しながら、俺の方からも相手に近づいていった。


「よう! 北から来たのか?」


「ええ。海岸線に沿って南下しているところです。お二人はどちらからですか?」


「俺たちは、ここより少し南にある『ノア』という街から来た。ずっと北のほうの街に、家族がいることが分かったから、これから会いに行くところだ」


 南に「ノア」の街?


 聞いたことがない街名けど……それに、北にも別の街があるのか?


「北にも街があるんですか? 俺がこれまで通ってきたところには、道すらなくて、街も人も見つかりませんでしたが……」


「そうか。俺たちが目指しているのは、茨城県の最北部、福島県との県境に近い場所だ。そこに街があることが、ハンティングギルドの情報で判明した」


 県境なのか。それだと、俺の出発地点よりさらに北なのかもしれない。


「ところが、街の場所は分かっても、そこまでの途中経路の情報はほとんどないんだ。だから、こんなところでプレイヤーと会えるとは思わなかったよ」


「ここは茨城県なんですね。それすら分からなくて困っていたところでした。ありがとうございます」


「いや。こんな状況だからな。助け合いはお互い様だ。ここより北のモンスターは、どうだったか聞いてもいいか?」


「もちろんです。俺が通ってきたのは、ここから徒歩で日中2日分歩いた範囲ですが、キラーラビット、草原狼、ジャイアントラットが多かったです。その間、1回だけPSモンスターにも遭遇しています」


 そう、PSモンスター……preciousプレシャス stoneストーンmonsterモンスター。トレハン名物の貴石でできたレアモンスターが、この世界でも早速出てきた。


「PSモンスターが出るのか! どんな奴だった?」


「ゴーレムですね。ギガントクレイゴーレムでした。力は強いですが、スピードはなく、小回りがききません。核は胸部に露出していたので、懐に入ってしまえば楽に壊せると思います」


「分かった。情報ありがとう。『ノア』の街は、ここから南へ歩いてすぐだ。わりと大きな街だから、見逃すことはないと思う」


「街に行けば分かるが、『課金』ができなくなっているから、品不足で市場の相場が上がっている。良い装備や特殊アイテムの流通は、かなり少ない状況だ」


 ……課金ができない。そうか。ゲームでは当然のシステムだったが、この世界で続くわけがないよな。


「特に装備に関しては、売るのは待った方がいい。なかには騙し取ろうとする奴もいて、既に被害も出ているから、気をつけろ」


「情報ありがとうございます。油断しないように気をつけます」


「じゃあな! お互い頑張ろうぜ!」


「はい。お気をつけて」



 街に入る前に、中の様子を聞けてよかった。


 しかし、……課金ができないから品不足か。困ったな。治安も悪くなっているなら、用心した方がよさそうだ。


 トレハンは、課金が前提のゲーム構成だから、装備もアイテムもお金で買える。だから戦闘職を選ぶ人が多くて、生産職になる人はあまりいない。

 生産システム自体も、あるにはあるがイマイチだと聞いている。街へ着いたら、今後のために装備を更新したいと思っていたけど、そんな状況じゃ無理かもしれない。


 ……そういうことなら、PSモンスターを倒した時に手に入ったPSチケットは、ここで引いてしまおう。


《PSチケット 1枚 使用しますか?》


 ・【飛燕の服】[内装備]★★★ [色: オフホワイト]AGI上昇効果★+


 ……服が出た。


 レアリティは普通。でもPSチケットだけあって、AGI上昇効果★+という有用なステータス付与がついている。いいじゃないか。早速装備しておこう。


 それからまた南下を再開して、あの2人組が言っていた通り、わりとすぐに「ノア」の街を見つけることができた。


 さて、ハンティングギルドはどこかな?

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