04 境界
「今日はこれくらいにしておくか」
日が落ちてきたので、野営の準備をすることにした。
あれからこの出現場所に留まって、昼間は周辺の捜索、日が暮れてからは掲示板の閲覧を続けている。自分の置かれている状況が分からない内に、無闇に動くのは危険だと思ったからだ。
すぐに準備は終わり、次に日課となった掲示板の閲覧を始めた。
「どんどん人が増えてきた。いったい何人くらいがこの世界にいるんだろう?」
不安を訴える書き込み。次第に明らかになる街の情報。書き込みが増えて、積極的に街に集まろうという意見が出てきた頃、最初の転機が訪れた。
千葉県北部在住だというプレイヤーが、非常に重大な情報を掲示板にもたらした。現実世界に現れた壁を通り抜けて、現実世界とトレハンの仮想世界を行き来できる。
ゲームの世界から出られる! その可能性に、にわかに掲示板が活気づいた。
数時間後には、オルレインの街にたどり着いた有志メンバーが、くだんの壁に向けて出発していた。書き込みをした千葉県北部在住のプレイヤーの先導で壁の存在を確認し、さらに現実世界に移動して情報収集に走り回った。
その結果分かったことは、房総半島北部は陸の孤島になっているという、全く嬉しくない現実だった。
南北にそびえる二種類の壁が、西側で「くの字状」に交差して陸路は閉じている。残った東側は外海で、なぜかトレハンCWの海洋モンスターが跋扈していて船舶が海に出られない。仮想世界以外には行き場がない、孤立した三角形の現実世界。
そんな閉塞的な状況で、次の転機になったのは、その地域内にあった通信施設を介して、西日本——正確には九州地方と連絡がついたことだ。
そして判明したのは、隕石衝突後の日本列島が異常事態に陥っているという情報だった。
・北海道・九州・沖縄・その他離島
・西日本:静岡西部・長野南部・紀伊半島南部・香川と愛媛の一部を除く四国全域
・東日本:千葉県北部
これまで確認された現実世界は、たったこれだけだ。あまりにも少ない。
残りは全く連絡が途絶えているか、この場所と同じく仮想世界に変化してしまった。残念なことに、今現在は情報が錯綜していて、西南日本にある仮想世界の詳細は分からない。
ただ確実なのは、西南日本から東には移動できない。その厳然たる事実だ。
「糸魚川・静岡構造線」——「フォッサ・マグナ」の西側に走る巨大断層に沿って現れた特殊な壁が、その原因となっていた。その先への侵入や通過は一切不可能で、「フォッサ・マグナ」地域と連絡を取る手段すらなかった。
唯一「現実世界」間では、無線やラジオ放送などによる相互連絡が可能だったが、海外との連絡や衛星による通信は不可能で、本州周辺海域は上空・海底も含めて仮想世界の影響を受けていることが分かった。従って、日本以外の国々がどうなっているのかは全く不明のまま。
首都機能が喪失し無政府状態の今現在、調査をするためのリソースが圧倒的に不足していた。
西南日本にいる人々とっては、こちらからの連絡は、北海道を除けば初めてになる東北日本からのアプローチだったそうだ。東日本は隕石の衝突により壊滅したのではないか。早くもそんな憶測も出ていたらしい。
そして、いきなりゲームの仮想世界に放り込まれたのは、俺たちだけではないことも分かった。
西南日本の仮想世界外周を取り巻く、景色が流れるように見える壁は、境界をまたいでプレイヤーが双方向に移動することが可能だった。ただし、「次元境界」と名付けられたその境界を越える際には、以下の現象を伴う。
・「仮想世界」に侵入すると、身体がその仮想世界(VRゲーム)のアバターに変化する。
・アバターへの変化は双方向に可逆性で「現実地域」に戻ると身体も元に戻る。
もしゲームのアカウントを持たない非プレイヤーが「仮想世界」に侵入を試みた場合、アバター登録とキャラメイキングを促され、拒否すると「次元境界」のシステムに弾かれてしまうそうだ。
ちなみに「現在世界」から「仮想世界」へのVR機器を通じたログイン・ログアウトは出来なくなっていた。
ゲームに飲み込まれた地域でも、一部のリアル日本——神社・仏閣などのパワースポットは現実のまま残されていることが多く、現実世界と仮想世界が混在した状態だという。
そして、気になっていた人々の動向も掴めてきた。
・隕石衝突時に「仮想世界」化した地域にいた非プレイヤー(アカウント非登録の地域住民)が、強制的にアバターに変化させられて仮想世界にいるケースが複数見つかっている。
・仮想世界に放り込まれた人々は、16歳以上60歳未満しか確認されておらず、消息不明者が多数出ている。
・アカウントを持つ既存のプレイヤーは、ログイン場所が必ずしも前回ログアウトした場所とは限らない。
・ 隕石衝突時に、現在音信不通になっている都心部にいたプレイヤー(当時ログアウト中)が、衝突後に西南日本にある仮想世界にいるのが見つかっている。
*
「……はぁ」
新たに増えた書き込みを閲覧し終わって、思わず溜息が溢れた。
何も分からない状態よりは幾分マシになったけど、隕石衝突から既に3日が経っている。その間、周辺を見回って父の姿を探していたが、どうやら無駄足だったみたいだ。
どこにいるのかな?
先ほどの動向調査を見ると、父は非プレイヤーとして、このトレハン世界のどこかにいることが期待できる。でも消息不明者も多数出ているから、考えたくはないが、そちらに含まれている可能性も否定はできない。
その消息不明者たちがどこにいるかは、現状では全く見当がついていなかった。
現実味がない浮ついた危機感の中で、みんなできることを模索していた。
公式掲示板には、当然のことながら消息を求めるスレッドが複数立っている。時間をかけて目を通してみたが、父らしき人の書き込みはひとつも見つからない。
無事だろうか? 仕事一辺倒でゲームなんてしない人だ。こんな状況で困っていないわけがない。
もし父が無事にトレハンエリアにいるとしても、掲示板の存在に気づいているかどうかは怪しいけど。
……自分の足で探すしかないか。
現在までに確認されている、トレハンCWに置き換わった地域は、茨城・栃木・新潟北東部だ。福島以北はまだ調査されていないが、かなり広域に渡ることが予想されている。
広い。あまりにも広過ぎる。
移動手段が何もないのが辛いところで、全て徒歩で移動するしかない。
俺が今いるのは海岸線のすぐ傍で、水平線から陽が昇ってくるのが見える。天文学的な
茨城・もしくは福島沿岸部辺りの可能性が高いと考えているが、今のところそれらしきランドマークも、街も、プレイヤーの姿さえ見つからない。
これから、どうしようか? いや、どう立ち回るべきか?
今いるのが、隕石が衝突したときにいた茨城県であれば、このまま南下すれば、おそらく、その存在が確認されたと掲示板に書き込みがあった「霞ヶ浦」が見えてくるはずだ。
霞ヶ浦の
このままでは埒があかないし、まずはそこを目指すか!
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