02 水平線*
巨大隕石が衝突したあの日、俺は父の赴任先である茨城県の官舎にいた。
父は職場である県警本部に詰めていて、今日はここには戻らない。だから、非常食を買い込んだ部屋で、1人でTV中継を見ていた。
隕石の落下予測地点は関東山地。
恐らく、埼玉県と山梨県の県境辺りになると言われている。
日頃は都内に下宿しているが、非常事態宣言が出された影響で大学が臨時休校になった。じゃあ、久しぶりに父親の顔でも見に行くか……そんな気になったのと、またこの場所が避難先として適していることもあって、先週からここに滞在している。
それに、父ひとり子ひとりだしね。災害時に離れ離れというは、やはり不安が拭えなかったから。
ここのところ、TV番組はどのチャンネルも隕石特集ばかりだ。
白亜紀の恐竜絶滅の原因のひとつが巨大隕石だと言われていることもあり、すわ人類滅亡かと、世紀末特集や予言者特集、サバイバル特集なども、各局で盛んに組まれている。
そして、今日はいよいよ衝突当日だ。昨夜から生放送で中継番組が始まっていた。
予定衝突時刻はもうすぐだ。
〈10,9,8,………3,2,1……〉
TVの液晶画面いっぱいに、大気圏を抜け、巨大な火球と化した隕石が映し出されると、いよいよカウントダウンが始まった。高揚したアナウンサーとスタジオの異様な興奮状態にある観衆が、一斉に数字を数えだす。
カウントゼロ。そして「衝突」。
その瞬間、TV画面がブラックアウトすると同時に——世界が《ブレ》て、グニャリと歪んだ。
*
どのくらい、そのブレが続いただろう? 数十秒ということはないと思う。数分、あるいは10分以上あったかもしれない。
周囲の景色があり得ない形に歪んだ。吐き気がして、自分の体がまるで自分のものではないような違和感に襲われ、一瞬だが意識を失ったような気もする。
いつの間にか閉じていた目を開けた時には、周囲の様子が激変していた。
……ここはいったいどこだ? 驚いて思わず辺りを見回す。
だって、今までいた部屋の中ではなかったから。そこは屋外で、周囲に建物の影さえ見当たらない。
息を吸い込むと感じる強い潮の香り。煽るように吹き抜ける海風。そして、間近に響く大きな波の音。寄せては返す波が、何もない白い砂浜を洗っては消えてゆく。
いったい何が起こった?
いきなり見知らぬ場所に放り出されて呆然としてしまう。俺はしばらくの間、目の前に広がる海岸と、その果てに広がる青い水平線を眺めていた。
*
なんとか気を取り直して、まずは現状を確認し始める。どうやら、変わったのは周囲の景色だけではなさそうだ。
「なんでこの格好なんだ?」
思わず独り言が出てしまうくらいの驚き。目線を少し下に下げるだけで、俺自身にも変化が訪れていることに気づいた。
着ている服がさっきまでとは全く違う。着替えてなんかいないのに。
だけど、目に見えているのは知らない服じゃない。いや、正確には服じゃなくて、装備……というべきか?
そう、この装備には見覚えがあった。
しばらく前に友人に頼まれてやったVRゲームで、自分のアバターが着ていた装備と同じものに見えた。
まさかね。……いや、でも。ここはゲームの中なのか?
そんなことがあるわけがない。自分でも半信半疑だったが、服以外にも変化があった。身体から受ける感触が違う。やけに身体が軽い。そしてこの軽さにも覚えがあった。鏡がないから断言はできないが、もしかしてアバター姿なのか?
ものは試しだ。ステータス画面を呼び出してみるか。ゲームと同じようにステータスと念じてみたら、目の前に表示が出てきた。
[ユーザー名]
[種族]
[種族レベル]27
[ステータス]
状態:健康 /体力100% 精神力100% 魔力100%
空腹度:微
STR ★★★★★
VIT ★★★
MND ★★★
INT ★★
AGI ★★★★★★
DEX ★★★★
LUK ★★★
[メインスキル① ]【刀術◆★★★☆☆】
[サブスキルA]【鋭斬】【連撃】【飛斬】
[サブスキルB]【跳躍◆★★★☆☆】【空歩◆★★★☆☆】【エアリアル◆★★☆☆☆】
[感覚スキル ]【N俯瞰◆★★★☆☆】【索敵◆★★☆☆☆】【N空間把握◆★☆☆☆☆】【気配察知◆★★☆☆☆】【暗視◆★☆☆☆☆】
[身体スキル]【N持続回復◆★☆☆☆☆】【身体強化◆★★★☆☆】
[精神スキル]【精神一到◆★★☆☆☆】
[魔法スキル]【S生活魔法—】
[生産スキル]【Q料理◆★☆☆☆☆】
[特殊スキル]【S簡易MAP—】【S簡易鑑定—】
[血脈スキル] ———
[特殊効果] 【PSS 会心率上昇◆★☆☆☆☆】
ははっ……マジか。
本当に出てきちゃったよ。眼前に浮かぶのは、ゲームの時によく目にしていた透明パネルだ。そこにステータス一覧が表示されていて、スクロールまでできる。
ユーザー名の「源次郎」は、俺の好きな武将、真田幸村の輩行名で、トレハンCWのアバター用に借りた名前だった。
やっぱり、ここはゲームの中なのか? でもついさっきまでTVを見ていたはずだ。ログインした覚えはないし、そもそもVR機器は下宿に置いたままなのに。
夢じゃないよな、これ!? もう、自分の目と頭が信じられない。
ペタペタ。ペタペタ。
自身の顔や身体を手で触って確かめてみるが、この感触は、偽物と思うには、余りにもリアリティがあり過ぎた。
でもVRの仮想空間の中かと言われれば、そこは自信がなかった。だって今いるこの場所は、ゲームというよりは、まるで本物の海岸のようだったから。
混乱したまま、ステータス画面の右端にある装備バナーに触れると、ステータス一覧の横にサイドバーが現れ、装備と所持品が表示された。
[装備中]
E【数珠丸】[刀]★★★★★
E【革の鎧】[鎧]★★
E【革の籠手】[腕装備]★★
E【革のブーツ】[脚装備]★★
E【布の服】[内装備]★
E【革のマント】[外装備]★★
E【兎印の黄色いハンカチ】LUK★+
[亜空間収納]
〈装備品〉
・【初心者の刀】[刀]★
・【初心者の鎧】[鎧]★
・【初心者の短靴】[脚装備]★
〈所持品〉
・ハンター登録証[ブロンズ]
・回復薬×18
・魔法薬×3
・魔石(小)×15
・魔石(中)×7
・標準野営セット
・スパイス5種類セット ×1
・塩 ×1壺
・砂糖 ×1壺
以前、ゲームを中断した時と全く同じだ。……そうだ! ステータス画面が出るなら、これも。
《メニュー!》
やはり出て来た!
ここからログアウト……えっ! なんで!? ログアウトボタンが無くなっている!
その事実に気付いた時、動揺のあまりドクン! と自分の鼓動が強く脈打つのを感じた。ゲームから出られない? これは本当に異常事態じゃないか。ヤバい。ヤバ過ぎる。
……えっと。落ち着け。こんな場合はどうすれば……クソッ! メールボタンも消えている。
こういう時にこそ必要とされる大事な機能が、ことごとく消えて無くなっている。こんな状態で何をすれば……?
……そうだ掲示板!
掲示板はどうだ? この状態で閲覧できるのか?
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