第36話 二人の亀裂

 ~前回のあらすじ~

 超現実版人生ゲームという恐ろしい闇のゲームに人生を狂わされかけたその時、姿を表した大黒天の一撃のもとにゲームは粉微塵となった。

 その後、マイナスマスの効果がいくらかは発生したものの、じょじょに落ち着きを取り戻していったのだが……ある日アフターケア事業部に訪れた女性に一同驚愕することになる。

 その女性は、なんと二十年前の災害で助けた幼女だった。あの日手渡したお守りゴムを携えてやって来たアスカと、卑弥呼、ルナ、アマテラスを交えた戦いが、今まさに始まろうとしていた。

 ※嘘です始まりません。



「あー会えて嬉しいですう。いや、お互い死んでしまったので嬉しいというのは不謹慎ですね。でもやっぱ嬉しいですう」


「ええい、離せ離せ! さっきからその……当たってるんだよ!」


「あら、大きいのは好みじゃないですか?」


「小さいのが好きだ(年齢的な意味)」


「そうですか……おっぱいは怖くありませんよ?」


 アスカはちらりと谷間を見せつけてくる。悲しいかな……男のサガというものは、ストライクゾーンの範囲外であっても、その深い深淵へと誘われてゆくのであった。


「な、な、なんと……この三十五話まで続けてきた私の主役プリマの座が、音を立てて崩れようとしています!」


「いや、主役は俺じゃねぇの?」


 くっついてくるひっつき虫を無視しながら、青ざめた卑弥呼につっこむ。

 俺という主人公がいてこそ成り立つ世界線だろうが。


「ええ。本当に何を勘違いなさってるのでしょうか、この幼女ロリは」


「くっ、この私にぞんざいな扱い方をしたことをとくと後悔するがいいです。いいでしょう。無知は罪ですが、器の大きい私はあなたの言動に眼を瞑って差し上げますよ」


「ふふ。眼を瞑らないと胸囲の格差に驚異を覚えてしまいますものね」


「五月蝿いですね! でかけりゃ良いってもんじゃないってことを肝に命じておいておきなさい! 私はこのアフターケア事業部の部長を任されてます卑・弥・呼ですよ。どれだけ無知で白痴なあなたでも、名前くらいはおわかりになるでしょう」


「……あなたが卑弥呼ですって?」


「そうですよ。やっと私の偉大さと己の矮小さに気がつきましたか」


「あの引きこもりコミュ障エセ占師の?」


「テメェ! 吐いた唾は飲み込めねぇぞ!」


「まぁまぁ落ち着けって、とにかくいつも通り仕事すればいいだけだろうが」


「そうですよ卑弥呼様。これ以上キャラが渋滞すると、ただでさえ出番の少ない僕の出演シーンが大幅に削減されてしまうのです」


 あのうぶで純粋だったルナはどこへ行ってしまったのか。きっと闇のゲームのせいに違いない。

 そこでアスカとやらが思い出したように話始めた。というより報告を始めた。


「そうそう。このアフターケア事業部なんだけど、監査部が調査したところ色々問題が山積みみたいですね。部下のメンタルヘルスは……どうやら守れてないようですし」


「あ、あれはちょっと人生ゲームの影響で……」


「そもそも勤務中に遊びに興じるのがおかしいですけどね。それに、経費の私物化も問題です」


「ぎくっ」


「そういえば、誰かさんはちょくちょく現世に2.5次元アイドルのコンサートを観に行っていたりしてるとか」


「ぎくぎくっ」


「おいコラ。まだ続けてたのか。ちょくちょく姿を見ないと思ったら何してるんだよ。ていうか現世と行き来できるのかよ」


「それを必要経費で落とそうとするなんて、なんて無知で恥ずかしい人なんでしょう。本当に『無知は罪』とはよく言ったものですね。ご自分で証明されるとは、いやはや器の大きいことで」


 よくわからんが、流れは完全にアスカの勝勢だった。レスバ強すぎい。


「な、な、なんで人間であるあなたが、それを知ってるんですか。その情報の出所を言え! 誰にリークされたんだ!」


 その台詞がもうアウトだよ。完全に裏金がバレた政治家にしか見えん。


「はっ、もしや……」


 だから、なぜ俺を見るんだ。俺はお前の恩人ではないのか。まったく、俺だっていちいちそんなことするわけ……


「あ」


 そういえばアマテラスについ話しちゃってたっけ。


「もういいです! その一文字であなたが犯人なのはわかりましたから! 信じた私がバカでしたよ!」


 暴れ馬のように憤る卑弥呼をなだめようとしたが、相手は凹凸がないぶん掴みづらかった。摩擦係数ゼロ。永遠のゼロ。つんつるてんだ。


「どうどう。少し落ち着けよ。そもそもどうしてこの女がそれを知りうることが出来るのか不思議じゃないか? 俺の事を置いといてよ」


「離してください! さりげなく私の体で獣欲を満たすことと同時に自己保身に走ろうとしないでください! あなたの生殺与奪の権は私が握ってることを努々お忘れなく」


「お前の貧乳も俺が握ってることを忘れるなよ」


「生殺与奪の権は他人に握らせるなと誰かが言ってました」


「ルナよ。わかったから少し休め。な?」


 すっかり社会と他人を信用できなくなったルナを早退させると、アスカが改めて自己紹介を始めた。


「私、アスカ・ラングラーは、この度現世で暗殺された後に二階級特進を果たし、晴れて天界の監査部に所属することとなりましたので、ご報告に馳せ参じた次第です」


「か、か、か、監査部に、ですか? あの天界きってのエリートが集まるという監査部にですか?」


「そうですよ。こう見えても頭の出来は良いですから。ですので!」


 ビシッと指を指された卑弥呼は、アスカが自分より格上の地位とわかるやいなや、怯えた小動物のようにプルプル体を震わせていた。

 コイツ権威に滅法弱いんだよなあ。


「あなた方の仕事ぶりも、これからはつぶさにチェックさせてもらいますからね。あ、ダーリンはそのままでいいですらか。もしお望みでしたら、監査部の一員として向かい入れることも可能ですよ。もちろん全てにおいて待遇はアップすることをお約束します」


「ちょ、ちょっと! 監査部だからってあまり好き勝手言ってもらっては困りますよ! 第一、このニートは何も出来ないことにおいては、比肩する者がいないと高く評価してる男なんですから」


「なんだ、その前向きなのか後ろ向きなのかわからん人事評価は。再考を希望する」


 あれだけ救ってやったってのに、もう少し認めてくれてもいいんじゃなかろうか。

 そう考えると、なるほどアスカの申し出は悪くない話だ。たまには使える上司に恵まれたいもんだしな。


「福利厚生について話し合おうじゃないか」


「ちょっと! 何考えてるんですか! 私とあれだけ濃厚な付き合いをしておきながら飽きたらポイですか? ド畜生ですね」


「悪意のある表現やめろ。そりゃあ誰だってまともに評価もしてくれない上司よりも、断然アスカの条件の方が魅力的じゃねえか」


「そんな、魅力的だなんて……」


 そう告げると、卑弥呼は一瞬呆けた顔で俺を見つめ、次の瞬間には怒りで真っ赤に染まった鬼の形相に変貌した。目には涙を浮かべて――


「そんなにその女がいいと言うのなら……監査部でもちくわ麩でも好きなとこに行けばいいじゃないですか!」


「ああ、言われなくても行ってやらあ」


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