第35話 闇のゲーム 後編

 なんで、俺達はこんな悪魔のゲームを始めてしまったのだろか――


「はぁはぁ……ぼ、僕のターンですね。お願いしますどうかまともなマスに止まってくださいお願いします」


 既に満身創痍のルナが、ルーレットに手をかける。


「ふふ。一ですねぇ! どれどれ『僕っ子好きの変態に襲われて精神的トラウマを負う』ですって☆良かったですね」


「ルナ。俺をそんな眼で見るな。興奮しちゃうじゃないか♡」


「あんまりですぅぅぅ。特殊詐欺に引っ掛かって借金取りに追われて挙げ句の果てに変態に襲われるなんてあんまりだァァァァァ!!」


 いかん。自我が崩壊している。

 ゲーム開始直後から地雷除去部隊ばりに自らヤバいマスに突っ込んでいくルナは、既にライフポイントはゼロ。戦意を喪失していた。

 黒目からは見事にハイライトが消えてらっしゃる。


「さぁ……お次はギリギリで命綱を渡っているあなたですよ?

さぁさぁさぁ! お逝きなさい☆」


「クソが! こうなったらルナのかたきもとってやらぁ!」


 ルーレットが回る回る――現在運良く借金はない。かといって資産があるわけでもない。プラスのマスとマイナスのマスを行ったり来たりしてるだけで、このままではジリ貧なのが目に見えていた。

 現在、断トツでトップを走る卑弥呼に追い付き追い越すには、圧倒的なプラスのマスに辿り着くしか方法はなかった。


「頼む! どうか六が出てくれ! 神様仏様!」


 六が出れば、宝くじで過去最高額の一等が当選する。そうすれば卑弥呼に追い付くことも可能だったが――


「あは~☆惜しかったですねぇ~☆どうやら運に見放されてしまったようですねぇ」


「ぐ……くそがぁ!!」


 無情にも出た数字は一だった。

 これで追い付くことは不可能――そう思ったのだが。


「あり? こんなマスありましたっけ……」


「何て書いてあるんだ?」


 そのマスには、『前世からの運命の相手と結婚を果たす。ご祝儀を貰う』と書かれていた。


「なんだ、この嫌味なマス。前世に三次元の女の知り合いなんていない俺には、まったくもって当てはまらないだろ。まぁいいや。ほれ、卑弥呼様ご祝儀寄越せ。ルナは……スマン……ほんの少しでいいから」


 もう干からびそうなルナを直視できない。ルーレットの数字によってご祝儀の額が決まるが、ルナは……十二。なんでここで最大数字を引き当てるんだよ……。

 当然借金まみれの人間は空手形を切るしかない。

 スマン……ルナよ。お前の屍は越えていくぞ。

 で、卑弥呼様はというと――


「あるぇ? ルーレットが止まりませんよ? どうなってるんですかこれ」


 何故かいつまでたってもルーレットの回転速度が落ちない。

 むしろ加速していき、そして台から飛んでいくと、その先には太ったおっさんが立っていた。


「卑弥呼! 貴様ギャンブルに係わる全てを禁止しとったじゃろが!」


「だ、だ、大黒天様じゃないですか!!」


 飛んでいったルーレットは、その男神の手に収まり回転を止めた。


「大黒天って、あの金運の神様の?」


「そうなんです……。というかシヴァ神といった方があなたにはわかりやすいのでは」


 げ、シヴァってあの破壊神だよな。

 ということは、目の前のこの小太りなおっさんが、昔ヤンチャしていたけど今では更正しましたっていうサラリーマン金太郎みたいな神様か。


「なにやら不敬の念が聴こえてくるが勘弁してやろう。それより、なんちゅうもんに手を出したんじゃ。この超現実版人生ゲームは、あまりに危険じゃから廃盤にしたというのに」


「大黒天様! どうかお慈悲を! これは、この僕っ子が勧めてきたのです!」


 うわぁ、一寸の迷いもなく仲間を売っていくスタイル。嫌いじゃないぜ。


 スライディング土下座で謝罪している卑弥呼に向い、おっさんもとい大黒天は一喝した。


「こぉんのバカもんがぁぁあ!!」


「ひいっ」


 あまりの怒気に俺まで背筋が凍る。これが破壊神のオーラというものか。


「仕方あるまい。幸いまだゲームは途中のようじゃから、プレイヤーにマスの効力が及ぶかどうかは未知数といったところか。悪いが、ワシの力で物理的に破壊するからの」


 そういうや否や、大黒天は振り下ろした拳で、人生ゲームを破壊し尽くした。

 たぶん俺に振り下ろされたら、微塵も残らないレベルで。


「ハ、ココハドコデスカ?」


 廃人ルナが目を覚ました。


「とにかく、これに懲りたら危険なゲームはせんことだ。あと、卑弥呼」


「は、はぃぃぃぃ」


「あとでたっぷりお説教だからな」


「そ、そんな……あんまりだァァァァ」


 こうして、大黒天の手によって粗方のマイナスマスの影響はなく日々は過ぎていった。

 石ころにつまずいたり、財布を落とす程度のことは起きたが、それも時間が経つ毎に三人の記憶からは忘れ去られていった。


 そんなある日――



「失礼するよ」


 突然アフターケア事業部の扉が開かれた。

 転生者かと思って振り向くと、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 というか、見知らぬ女性が首筋に抱きついていた。はて?


「やっと会えました! 感激です!」


「へ? どちら様?」


 抱きついているということは体が密着しているわけで、やたら大きい二つの果実が形を変えて存在を主張する――やわっこ。


「当たってるんだが」


「当ててるんですよ」


「私の前で何乳繰り合ってるんですかぁぁぁ!! って、あなた……もしかしてあの時の?」


「誰なんだ。こいつ」


「あれから二十年以上経つんですもの。忘れても致し方ありませんね。ならば自己紹介しましょう。あの大災害が起きた日に貴方に助けられた少女ですよ」


「少女? あ、あの時の幼女か!」


「幼女で思い出されると少々複雑ですが、あの時助けてもらったのがこの私、アスカ・ラングラーです。このゴムを使うときが来ましたね」


「こ、こ、これは人生ゲームのマスの効力では……」


 卑弥呼はおののく。ルナはボケーッとしている。


 こうして、ただでさえ騒がしい天界に嵐が巻き起こるのでした。

 おしまいおしまい。


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