第25話 なんでそうなるの

「私はまだあなたの世迷言を受け入れたわけではありません。これは緊急措置であることを忘れないでください。純潔である巫女が男など作ったと噂された日には、立つ瀬がなくなりますからね。なので勘違いしないように」


「へいへい。御寛大な配慮、誠にありがとうございますよ」


 一人風呂に入っていた卑弥呼のもとに突撃お宅の晩御飯をかましてしまった俺は、危うく斬首されるところだった。晩御飯どころか末期の水さえ口に出来ない危機的状況で、運良く従者が現れて事なきを得たが――


「ひ、卑弥呼様!? そちらの殿方は一体どちらで」


「ああ、気にすることはない。身の回りの些事を任せる従者だ。ちなみにだから安心してよい」


「あわわ……風呂場……卑弥呼様……裸……男……つまり……し、失礼しましたーーーー!」


「なんだ、煩い奴め」


「名誉を不当におとしめられたことは法廷で争おう」



 ――とまぁ卑弥呼のイメージは立つ瀬どころか崖から突き落とされたようなものだが、敢えて口にはしない。本人が隠し通せるとでも思っているのなら、そっとしておこう。

 大人は余計なことを口にしないものだ。保身とも言うが。

 だって巫女が性奴隷使役してるとか歴史変わっちゃいそうだし責任持てん。重い女はエンガチョ。

 いかにもな巫女装束に着替え終えた卑弥呼は、ちょいちょいと俺に手招きをした。


「なんだ?」


「お前は設定上、これから私の従者となる。だから余計な真似は絶対にするなよ。特に弟の目に引っ掛かるような真似だけは――」


 卑弥呼が話終わる前に浴室の扉が勢いよく開かれ、むくつけき男が闖入ちんにゅうしてきた。


「姉上! 毎度湯浴みが長いですぞ! 午後の卜占ぼくせんだってたんまり溜まってるんですからね!」


「わ、わかっていますよ。えっと……少しは減らせない?」


「無理です! あれほどサボリ癖を治しなさいって言ってるのに改めない姉上が悪いのです。ん? そちらの男はどなたですか?」


 目の前でやんややんや騒いでいた男は、やっとぽつねんと隅っこで気配を消していた俺に気が付いたようで、鋭い眼光を向けてきやがった。

 こ、怖くなんてないんだからねっ!



「まさか……性奴隷!?――卑弥呼パンチ!!


「ひでぶ!! 何するんですか姉上!!」


「喧しいわ! 誰が清い身でありながら性奴隷なんて所有するんですか。そんなことしたら後世に神話として語り継がれますよ」


「でもさっきの従者は誤解してたぞ。ああ卑弥呼様もお年頃なのねって」


「へ?」


「そういえば姉上。巷で姉上が大奥を作って若い燕を囲おうとしてるとか不埒な噂が蔓延してますぞ。大奥がなにかしりませんが、由々しき事態です」


「あるぇぇぇ?」


「この世界にはTwitterでも存在するのかね。ものの数分で大炎上だ」


「なんてことしてくれるんですかあなたはっ! せっかくの私の清いイメージが炎上どころか木っ端微塵じゃないですか。もう表舞台に返り咲けません……残された道は文字通り一肌脱ぐしかないのですね。衆人環視の前で」


「いやぁ~お呼びじゃないと思うぞ。俺は好きだが」


「何を言うか貴様は! 姉上の体はこの国の至宝であるぞ! 幼児ロリ体型は正義ジャスティスなのだ!」


「なんだ。気が合うじゃねぇか。他人のような気がしないな」


「む。確かにお主とは初めて会ったとは思えぬ波動を感じる……」



 グワシッ――



「黙れ貴様ら。あぁ……もうお日様の下を歩けません」


「いや、そう言われてもな、俺はなにもしてないぞ」


「未来から来たとかほざくあなたに、一瞬でも隙を見せた自分が憎いです……」


「なに? お主常世の国から来たとでも申すのか」


「はっ……こんな糞みたいな男が神なんて」


「まあアマテラスは知り合いだけどな。あ、イザナギも知り合いっちゃあ知り合いか。でも確かに俺はただの人間にすぎない――」



 ――時が止まった。そうとしか言えなかった。その場で固まった二人はピクリとも動かない。

 そして、再び時は動き出す――



「も、も、もももも、申し訳ございません!!」


「大変申し訳ございませぬっ!!」


 目の前でF難度のスライディング土下座を披露された。

 まさか……神様と勘違いされてる?

 それは不味い。早く誤解を解かなくては。さもないと……神なんかと誤解されたに日には――

 

「ま、待て! それ以上喋るな! 俺の脳内のラノベ達アカシックレコードが最大級の警報音を鳴らしてるんだよ!」


「どうか倭の国を救っては頂けないでしょうか!」


「頂くもんかボケ!!」



 こうして、意図せぬ方向へと舵は切られていくのでした。おしまいおしまい。

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