第3話 初仕事
隣国との戦は激化し、私たちが住む集落にもとうとう敵の軍勢が辿り着いた。
みな家族を守ろうと
ただ慎ましく暮らしていただけだというのに、悪魔のような軍勢は村を瞬く間に蹂躙しいく――
「ミーナ。今のうちに逃げて」
「お姉ちゃんはどうするの?」
「お姉ちゃんは……後から追いかけるから大丈夫」
嘘だった――本当はもう助からないことくらいわかっていた。
それでも、妹を逃がすには私が囮になるしかなかった。
「本当に?本当にまた会える?」
「うん。約束する」
「わかった……きっとだよ。約束だからね」
涙を堪えて逃げていく妹を見送ると、背後からは大きなうねりが刻一刻と近付いてきていた。
真っ黒な波のような軍勢は全てを飲み込んでいく。
村で唯一極大魔法を使える私は、命を賭して皆を守る覚悟を決めた。手に持つ杖を真っ直ぐ敵に向け、長い詠唱を唱える。
私はどうなってもいいから、どうか妹は助けてやってください――
あれ……ここはどこ?
つい先程まで敵の軍勢の足止めをしていたはずなのに、目を覚ますと、そこは血も黒煙も見当たらない、辺り一面真っ白な世界だった。唯一存在するのは巨大な扉だけ。
もしかしてタチの悪い夢でも見てるのだろうかと、自らの正気を疑った。
それにしても……この扉はなんだろう……とにかく急いで戻らないと……
訳もわからず扉に手をかけると、そこには――
『いらっしゃいませ☆』
「えっ?」
「敵は一人……お前も一人。何を畏れる必要がある……恐怖を捨てろ……前を見ろ……進め……決して立ち止まるな……!退けば老いるぞ……臆せば死ぬぞ……叫べ、我が名は……」
「いきなり始解しようとしないでください。何壮大なパクリを始めようとしてるんですか。誰が貴方に司会をしろと頼みましたか。ていうか何サングラスかけてるんですか。どこから出したんですか。そんなことしてたら卍解の前に最終回迎えちゃいますよ。やんごとなきお上の力で」
「あ、あの……お取り込み中のところすみませんが、ここはどこだか教えてもらえませんか?」
「おっと、申し訳ございません。ついつい遊びに興じてしまいました。ここは天界唯一の相談窓口アフターケア事業部です。そして私は部長の卑弥呼です。この年で部長ですよ? すごくないですか? 末は社長か会長かですよ。以後よろしくお願いしますです」
「あ、はい……よろしくお願いします」
「むう。反応が悪いですね。認識力とコミュニケーション能力に難有りです。えーと、名前はルネ=クレールと」
「いや、いきなり説明されても混乱するだけだろ。特にお前の与太話は。俺だってお前の事無視して一眠りつこうとしてたくらいだしよ」
「あっ、やっぱり無視してたのですね!
許せません! 神が許しても私は許しませんよ!」
「いや、お前もその神だろ。なんだよその
「あ、あのー……はっきりとは覚えてないんですが、ここはどこなんですか?」
「なんだよ、まだ理解できてないのか。なにがあったか知らんけど、あんたは現世で死んで転生される為にここに来たってんだよ。転生ってわかんねぇか? これからまた別の世界に旅だって貰うわけ。今のナリでな。そうだろ卑弥呼」
「ちょっと私の仕事奪わないでくださいよ。私の存在意義を奪わないでください。意義を消滅させないでください。異議申し立てしますよ。あとさらっと呼び捨てしないでください。そういうのはいずれ出逢うであろう素敵な伴侶に呼ばれるべきです」
「そのフレーズ流行らないからな? じゃあ変えてやるよ。
「ぶっ殺す」
「あ、あの……」
「あ、失礼しました。ここはこれから他の世界に転生される方が訪れる場所で、今話したように記憶は引き継げますし、なんなら強力な装備も差し上げますよ。オプションで」
「オプションかよ。そこは譲ってやるのが神様じゃねぇのかよ」
「慈善事業ではないので」
「愛はないのか」
「はっ、愛で食っていけるんですかね?」
「天界は思った以上に腐っているようだ」
「あ、あの、困ります。早く妹のもとに帰らないと心配させてしまいますので。ここがどこだがわかりませんが、帰り道を教えてもらえませんか」
「あーまだご理解されてないようですね。いいでしょう。説明して差し上げましょう。貴方は前世で隣国との間で始まった戦に巻き込まれ、妹も含めた村人達を救った後に敵国兵士に殺されてしまったのですよ」
「ちょっとはオブラートに包んだらどうだよ」
「昔から不器用なもので、まぁそのおかげでご家族は助かったようですし良かったじゃないですか。如何です? 少しは記憶が戻ってきたのではないですか」
「はい? 僕が死んだと言うのですか? 今ここに立ってるいるじゃないですか」
「なるほど。まだ認めたくないわけですね。なら貴方の人生を語って差し上げましょうか。一から十まで――」
生まれてから死ぬまでの物語を卑弥呼は用意された原稿用紙を読むように語り、それが間違いないなかったのは震える肩をみれば明らかだった。
確かに信じられないのも無理はない。
それでも卑弥呼はあくまでも事務的に訊ねる。
「――という具合で理解して頂けましたでしょうか」
「……そんな……もう妹に会えないの? 嫌だ……そんなの嫌だよ!」
「あー面倒ですねー。この有り様ですと他の世界では役に立てそうにありませんし、残念ですが転生は認められませんね」
「だから死者に鞭打つような事言うなって。趣味は死体蹴りなのかお前は」
「嫌ですねー。私が蹴っているのは何時だって世間の常識とあなただけですよ」
「それも蹴ってはダメだろう。なるべく優しくして欲しい」
「とにかくですね、ルネ。貴方の印象はよくないのですよ。家族を匿って助けたとこまでは良かったのですがね。とりあえずフードを下ろしなさい。顔を見せないのもマイナス点ですよ」
「うぅ……酷い言われようだよ」
おずおずと擦りきれたフードを外すと――予想もしなかった事態が待ち受けていた。
稲穂のように黄金色に輝く髪が、女児と見間違えるほどの可愛らしい顔が、俺の心臓を高鳴らせた。
「あれ? お前……もしかして……女だったりする? え? つまりは僕っ子? いやいや、あはは、そんなまさか…………僕っ子キターーーーー!」
「ひっ」
「五月蠅いですよ。あなたロリに飽きたらず僕っ子好きの属性まで持ってたんですか」
「ええい黙れ黙れ! 前世では一度もお目にかかることが出来なかった僕っ子だぞ!
しかもロリやぞ! こんな奇跡ないぞ!
ロリババアはあっちいってろ」
「ロ、ロリババア……」
「とりあえずお嬢さん」
「はい……何でしょう?」
「このブルマを履いてくださ――卑弥呼パンチ!
「――ぐほぁ!なにしやがんだ!」
「それはこっちの台詞ですよ! 何しれっとブルマ履かせようとしてるんですか。というより何処に隠し持ってたんです」
「いや、ちょっと具現化してみた」
「好き放題すな。
「いざとなったら無理矢理履かせられるまでの年齢まで成長するから」
「それは生物として退化してるのでは」
「俺の辞書に退くという言葉はない」
「やだカッコいい」
「あ、あのー」
「ああ、すっかり忘れてました。貴方の転生先は決まりましたよ。○○王国に決まりました。どう生きるかは貴方次第です。善き人生があらんことを」
「あ、あのー」
「はい? まだ何かありますか。ああ、オプションですか。それなら寿命の半分と引き換えに他人の名前生年月日がわかる眼とか有りますよ」
「お前は完全に死神だな」
「えっと、出来たらここで働かせてください……」
『『はぁ?』』
「お二人を見て、転生とやらをするよりも……その、楽しそうだなと思いまして。それに……ここにいたらそのうち妹に会えるかもしれないので」
「ブルマ履いてくれるのならOK」
「何勝手に言ってるんですか。こっちにだって色々あるんですよ」
「固いこというなよ。固いのはそのお胸だけにしとけ」
「よーしわかった。表出ろ。どーせ固くすんのは股間だけのくせしてよー。それも未使用未開封の賞味期限切れだろ、この抜け作が」
「ごめんなさい」
胸の事は完全に地雷だった。完全に踏み抜いた挙げ句、タップダンスを披露してしまった。
「ちっ……失礼噛みました」
「いやそれわざとだろ。それが許されるのなら世の中の大抵の事は許されるだろよ」
「はあ、困りましたねえ。一応ノルマもあるので人を雇う余裕は無いのですが」
「まぁいいんじゃねえの? こいつが働きたいというのなら、雇用期間とか設けてその上で判断すりゃいいじゃねぇか」
「なるほど。雇用期間の後にクビにすればいいのですね」
「思いっきりブラックじゃねえか。天界こんなホワイトなのにお前は思いっきりブラックじゃねぇか」
「明るければ明るいほど、闇の暗さも濃くなるというものですよ」
「確かにお前は
「ふむ。本音は?」
「ロリボクっ子と四六時中イチャコラ出来るなんて、此処こそ我が
前世ではなんも良いこと無かったけど、それもこの為のバランスを取ってたと考えれば
「ちょっとトリップしちゃったみたいなんで話を進めますね」
「は、はい」
「確かにこいつが話してた事には一理あるので貴女を採用致します」
「本当ですか!」
「で・す・が、ちゃんと働いて貰わないと此方としても困りますので、ビシビシ指導していきますよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「はあはあはあ……卑弥呼さま……あんたの本音は?」
「実は……女の子の友達欲しかったんですよね」
「お前のツンデレとか誰得だよ」
「あ、今現在貴方はヒエラルキー最下位ですからね?」
「愛はないのか」
「まあいいでしょー。ではルネ、貴方も頼みますよ」
「は、はい!」
「よろしくなー」
「それではお客様がいらっしゃったので――」
『『『いらっしゃいませ☆』』』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます