俺の異世界転生が始まらない!?

きょんきょん

第1話 出逢ってしまった二人

 この退屈で平和な日々は、無条件にいつまでも続くものだと信じていた。

 

 それがまさか――あのような形で終わりを迎えるなんて、いったい誰が想像出来ただろう。未曾有みぞうの大地震に襲われた俺の故郷ふるさとは、一瞬にして跡形も無くなってしまった。


「お兄ちゃんっ!」

「良かった……助かったか……なら……泣いてないで……さっさと逃げるんだ」


 まったく、縁もゆかりもない幼女を助けちまうとは、我ながらとんだお人好しな性格だぜ……。


 今にも倒壊しそうだった家屋に閉じ込められていた幼女を、なんとか引っ張り出して助けたは良いものの、微妙なバランスの上に崩壊を免れていた支柱が崩れて飲み込まれてしまった。


「嫌だよ、お兄ちゃんも逃げようよ」

「ちょっとお兄ちゃんは……動けそうにないな……追いかけるから、今は先に逃げるんだ」


 瓦礫の下敷きになっていた下半身は、完全に潰れているようで逃げようがなかった。それでも、目の前の幼女を助けるには希望が必要だった。


 血で真っ赤に染まった片腕を、泣きながらも引っ張り出そうと掴んで離さない幼女に向けて、最後の力を振り絞り伝えた。


「お兄ちゃんが……良いものあげるよ……これは……大事な……お守りだ」


 喋るだけでも激痛が走って口から血を吹き出す。わずかに動く右手で、ポケットの中をまさぐり、を差し出した。


「これ……貰って良いの?」

「あぁ……持ってけ……それは……きっといつか……君を助けてくれる……ほら、走って逃げろ」


 幼女は溢れる涙を拭うと、力強く頷いて振り返ることなく走り去っていった。


 あぁ……短い人生だったが……最後に幼女を助けることが出来て……本当に良かった。


 社会貢献の一つも出来なかった俺には上々な死に方だろう。次第に重くなっていく瞼が完全に閉じる、俺の人生の幕も下りた――。



         🪽



 再び意識が戻ると、真っ白な空間で目が覚めた。まるでお湯のなかで揺蕩たゆたうように、頭がふわふわしている。


 ここはどこだろう?


 汝、望むことはありますか?


 おれは……なにをしてたんだっけ。


 汝、望むことはありますか?


 そういえば……巨大な地震があって、小さな女の子……もとい幼女を助けたんだ。


 汝……望むことはありますか?


 思い出してきたぞ。瓦礫に埋もれてた幼女を発見して、俺が身代わりになったんだ。


 汝……望むことは……ありますか?


 ああ、完全に思い出した。

 幼女を救助して瓦礫の下敷きになって死んだんだな。最後に幼女を助けて死ねるなんて、まったくもって俺には出来過ぎた人生だったじゃねえか。


 ふえ……


 死んじまったもんはしょうがねぇ。次の人生があれば、また楽しみたいもんだな。さて、それまで一眠りでもするか――。


「き・い・て・く・だ・さ・いーーーーっ!!」


「うおっ、なんだなんだ」


「さっきからなに一人で起承転結してるんですか! 私の存在意義を無くさないでください! 意義を消滅させないでください! 異議申し立てしますよ!」


 なんか妙な声が語りかけてくるものだから無視をしていると、背後で癇癪かんしゃくを起こしてる奴がいた。その姿は小さな幼――子供で、プンスカ怒って立っている。


「ナレーションで訂正しなくても、十分ロリコンなのはわかってますよ」


「ナレーションとか言うな。いや、待てよ。あんたは一体誰なんだ? 見た感じ口リっ子ではあるが……俺と同じで死んだ口か」


「私ですか? 確かに生きてるとも死んでるとも言えない存在ですが、死んでいるかと言われると業腹ですね。私だって日々汗水流して労働しているのですから生の喜びは味わいたいのですよ。仕事帰りの一杯とか。キンキンに冷えてやがるビールとか。あとロリっ子じゃねぇ。クズニートが」


「何故出会い頭に罵倒されなくてはいけないのか解せぬ。次ニートって言ったらぶっ殺すぞ」


「おっと、会話が脱線してしまいましたね。貴方ごとき人間の疑問に、心の広い私が親切に答えて差し上げましょう。私は天界唯一の相談窓口、アフターケア事業部部長の卑弥呼と申します。この年で部長ですよ? 凄くないですか?末は社長か会長かですよ」


「なんだって? 卑弥呼っていや、あの教科書にも載ってるあの卑弥呼のことか?」


イグザクトリーそのとおり。私があの卑弥呼様ですよ。にもかかわらず、何度も無視した暴挙はこれから毎日崇め奉ると約束すれば、水に流すのもやぶさかではございません」


「いや、卑弥呼って――」


 卑弥呼とやらは薄い胸板の前で腕組みしてふんぞり返っている。その名前は有名なんてもんじゃない。高校を生来の人見知りを発揮して二日目で退学した俺だって知っている。あれだろ?


「あのインチキ似非エセ占い師!」


「ブチ転がしますよ! 三千世界のカラスと共に!」


「どおどお。その卑弥呼さんが俺に何の用なんだ」


「くっ……はるか高みに立つ私に、あろうことか地を這う豚がタメ口で何の用だとのたまいますか」


「まあ落ち着けよ。さっきから隠しきれない本性が漏れ出すぎだぞ」


「はっ、失礼……噛みました」


「いや、それやめとけ」


 悪ノリにしてはたちが悪すぎではないか。冒頭から大人に怒られたくないぞ。


「仕方ないじゃないですか。貴方が真面目に答えないものなので私もつい悪巫山戯わるふざけに興じるしかないのですよ」


「いや、わるふざけに興じるなよ。真面目にやれよ。なぜアフターケアのアフターケアをしなきゃいけないんだよ。大御所が黙ってねぇぞ。西尾先生とか」


「たまには手を抜くことも大事なのですよ。出来る女はオンオフを上手く切り替えるものなんです。ほら、見てください」


 そういって卑弥呼は両手を広げると、つまらなそうに叫んだ。


「こんな真っ白で、だだっ広い何もない世界には娯楽の一つもありません。本当は下界に降りてコンカフェとかコンサートとか推し活とか、好きなことをしたいんですよ」


「煩悩まみれだな」


「黙りなさい。しかしそれは叶わない故に、仕方なく一人遊びするしかないのですよ」


(未だに何をいってるかよくわからない子供だが、確かにこんな何もない所に一人でいるなんて可哀想だよな……少しは多目に見て優しくしてやろうか)


「ところでって具体的に何をするんだ?」


「本音と心の声が裏返ってやがりますよ」


「俺も煩悩まみれだからな、まあ気にしないでくれ。それより一体全体ナニをするんだ?」


「そんな、会ったばかりの豚に話せるはずないじゃないですか……秘密です」


 くそっ、焦らしやがる! 気になるじゃねぇか。現世で死んだとかもはやどうでもいい。今はこいつの一人遊びの正体を知るまで死にきれるもんか!(矛盾)


「教えてくれよ〜。なぁ〜卑弥えモ〜ン」


「大の大人が妙齢の女性に向かって一人遊びとは何だと教えてくれとすがりつく光景は地獄絵図ですね。ここ天国ですけど」 


「プライドなんて捨ててやるよ! 世界の真相えっちぃことを知るためならな!」


「かっこいい風に言わないでください。ルビから煩悩がだだ漏れですよ。そんな貴方にため息しな漏れませんよ。死してなお煩悩の塊ですかあなたは」


 すげなくあしらわれるが、それもまた良き。 


「俺はお前の全てが知りたいんだよ」


「何それかっこいい」


「なぁいい加減いいだろー? 先っぽだけでもいいからさー」


「マジで引っ捕らえてもらおうか、この男は。いいでしょう……減るもんでもないですし教えて差し上げます」


「おーさすが卑弥呼様だ! 卑弥呼様は一体どうやって一人で遊んでるのかな?」


 胸の高まりが押さえきれず、初めて道端に落ちていたエロ本を家に持ち帰った当時のワクワクが蘇る。


「おままごとです」


「ん? ナニか〝玩具おもちゃ〟を使って遊ぶってことか? 悪くないねえ。悪くないよ。そういうの好きだよお兄さん」


 迂遠な物言いに想像力を巡らせる。

 

「いえ、おもちゃは使いませんよ」


「なるほど、素手の使い手か。オーソドックスだが、一にして全、全にして一なるもので奥が深いものだ」


「いや、誰もいないので私が作った人形たちでごっこ遊びをしてるんです」


「なにそれ不憫な子。そんなことだろうと思ったけど。ノリで語ってたけども」


「現に私は清い身体のまま召されましたからね。そんな私が一人で……ゴニョゴニョ……するわけないですよ」


「いや、してもおかしくないだろ? 男が一人でして、女が一人でしないという悪しき文化思想に私は一石を投じたい」


「私はそんな貴方に一石を投じたいですけど。百石でも足りませんよ。ああもう、全く話が前進しませんね。とにかく貴方は死んだのです。はい」


「流れ作業感覚でセンシティブな人の死を宣告するな。本編始まってろくに物語始まってねえぞ」


「あなたの人生という物語は終わりましたけどね」


「何をっ!?」


「そうそう。私も一緒に異世界転生を一緒に手伝っていただけませんか?」


「だから流れ作業感覚で重要なことを告げるな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る