11【客亭】五

 部屋に掛けられた時計を見れば、時間はそろそろ十時になろうとしていた。


 虎之助は弐朗の手に乗っていた茶菓子を全て食べ尽くすと、包み紙を小さく結び、他のゴミとまとめて部屋の外に捨てに行く。

 弐朗は虎之助の足に追い縋りながら「お前だって俺に泊まって欲しいだろォ!?」「一緒におしゃべりしたいだろォ!」と粘ってみたが、軽く鼻で笑われてしまった。虎之助は立ったついでに用を足しに行ったのだろう、襖の向こうで扉の開閉音がする。

 元の場所に戻ろうにも、刀子はさわらと童鬼を両側に呼び集めてデジカメで撮った写真を見せており、割って入るのもはばかられる。

 弐朗は少し迷った結果、そのまま虎之助が座っていた場所と鬼壱の間にこじんまりと座った。座布団は虎之助の分があったが、さすがに勝手に使うのは躊躇われた。


 そんな弐朗を、鬼壱が何かを確かめるようにまじまじと眺めてくる。

 鬼壱の視線に気付いた弐朗もまた、魚卵のような目でじっと見詰め返す。

 鬼壱の目は時折赤くえる瞬間がある。

 弐朗も周囲から「イクラみたいな目」と言われることがある。しっかりと確認したことはないが、形状ではなく色のことを言われているんだろうと受け取っている。

 きっと鬼壱さんも、写真、赤目に写りがちなんだろうなぁ。

 弐朗はそんなどうでもいいことを考え、鬼壱はといえば、終始何か言いたげだったが結局何も言わず、弐朗はただ顔を眺められて終わった。


「まぁ、我々は部外者だし。結局、やれることと言えば心構えをしておくことぐらいだね。此方から追い掛け回す時間も準備もない。弐朗クンたちが襲われるとは限らないがー…」

「いや。正直、確率は結構高いんじゃないかと思いますよ」

「やっぱり? 目立ってるかな」

「目立ってますねぇ……。紅葉さんは俺には掴めないですけど、阿釜と端塚はかなり。下手な隠密は地元の使い手警戒させるんでしなくていいとは言いましたけど、オープン過ぎるのも旅行者丸出しでー…うろついてるところもね、観光地だと尚更。ほんと、どこからどう見ても修学旅行生でよ、こいつら。旅行者なら地理も疎いし、襲いやすいと判断されるでしょうね」

「実際、修学旅行生なわけだし、こればかりは仕方ない。キミとさわらクンが避けられているということは、勝ち目のない相手は襲わないようにしているのかもしれないね。手頃な対象に照準を絞っているというわけだ。なら、確かにトラクンとジロクンは狙い目だろう」


「聞き捨てならないんですけど」


 弐朗が神妙な面持ちで聞いている後ろで、スパンと襖が開いたかと思えば、手洗い帰りの虎之助が不愉快さを隠しもせずそんなことを言う。


 弐朗は全く気にならなかったが、虎之助はどうやら先輩二人に雑魚扱いされたのが気に食わないらしい。

 虎之助は元々座っていた場所にどすりと座り、弐朗に肩を当てながら「言われっぱなしで腹立たないんですか」と睨んでくる。

 弐朗が「事実じゃん」と言い返せば、虎之助は弐朗の顔を掴んで力を込めた後、すぐに離し、苛立たし気にヨズミに言うのだ。


「明日、俺、ヨズミ先輩について行くって話になってましたけど、やっぱり阿釜先輩たちについて行きます。十九が近くに居ると寄ってこないかもしれないんでしょう。それに、餌は少ないよりも多いほうがいいじゃないですか。が二人も居れば、多少離れてても目立ちますよね」

「隠密しないキミたちはさながら夜道の街灯のようさ」

「葬式会場でクラクション鳴らすぐらいには目立つでしょうね」

「上等ですよ。襲われたらそれがなんであれ、返り討ちにしていいんですよね」

「可能なら捕獲、無理そうなら処理も已む無しー…と言いたいところだが、ここは地元じゃないからなぁ。なるべく生かして捕らえる方向で。発見次第、すぐ私に連絡を入れるように。捕まえたら鬼壱クンたちに大きな貸しが作れるぞ」

「え゛ッ。いやあの。……協力してもらえるのは有難いんですけど、あんまりデカい見返り要求されるのはちょっと」

「まぁまぁ。捕まえられたら、の話さ。何もなければそれに越したことはない。捕まえられなくても、せめて正体ぐらいは見極めてみせたいね」


 やってやろうじゃないか、と意気込むヨズミに、弐朗はウンウンと頷きながらもふと違和感を覚える。

 そういえば目撃情報がどうのこうのと言ってはいなかったか。

 そう。確か「伏見の神社でも被害報告と目撃情報が」とか言っていた筈だ。

 被害者は誰も襲撃者を見ていないとも言っていた。


 では、誰が何を見たのか。


 ヨズミは時間を確認し、刀子に「ここのお風呂使うかい? 部屋についてるよ」と声を掛けている。

 刀子もホテルに戻ってから大浴場で入浴するのは難しいと気付いたのか「はいります!」と元気に応じ、早速風呂場へ向かっている。刀子は部屋から出る前にさわらと童鬼に「いっしょにはいる?」と声を掛けていたが、当然のように断られていた。

 刀子の入浴時間を思えばこのまま済し崩しにここに泊まる話になりそうだ。

 弐朗は少しだけほっとしていた。もしそんな話にならなくても、もう遅いんで今日はここで寝て、明日、朝一でホテルに帰ります、と言い張れば、ヨズミも否とは言わないだろう。


「じゃあ、まあ。お手数お掛けしますが、あと二日、何かあったらそっちでよろしく対処して頂くってことで……。地元の人らが文句つけないよう、真轟さんたちは協力関係にあるってことは俺から説明しときます。何か揉めそうだったら御大の名前出してください。稲荷神社なら地頭じずさんも居るんで、いざって時は頼めば何かしら手伝ってくれるとは思います。寺関係は色々派閥あってちょっと難しいですけど、御所、神宮なら、御大の名前でいけますよ」

「そのあたりは明日、直接御相談させて頂くとしよう。先代出禁できんの件も含め、ね。そういえばキミは上の方たちから聞いてるのかな。うちの先代が京都出禁になってる話」

「え? ……嗚呼、ねえ? らしいですね。まあ、それとなくは」

「ぼかさなくていいよ。お互いよくわかってることじゃあないか」

「心眼同士でも配慮ぐらいしたっていいじゃないですかぁ……」


 私はこんなに包み隠さず話してるのに、とヨズミがにこやかに言えば、鬼壱は「包んで隠さなくても誤魔化す方法なんて幾らでもありますしね」と目を細めて言い返す。

 弐朗にはわからないが、心眼持ち同士、相手の本心やら隠し事の有無やらに気付いてしまえる二人だからこそわかる、難しい色々があるのだろう。

 隣座る虎之助などはそのやりとりが既に面倒臭いらしく、眉間に皺を寄せてぬるくなったお茶を継ぎ足しながら飲んでいる。


 じゃあ俺らもそろそろ、と鬼壱が切り出したタイミングで、弐朗は「あのッ」と慌てて声を掛けた。

 いつの間にかさわらは納刀したらしく、上座に居た童鬼の姿が消えている。


 その場の全員の視線が集まる中、弐朗は聞いた。


「結局、襲撃者が何かはわかってないんですよね? じゃあ、目撃情報って、何の」


 弐朗はヨズミへ視線を向けつつ問い掛けたが、返事は鬼壱から返ってきた。

 鬼壱は足元に置いていたヘッドホンを手に持ちながら、「出るんですよ」と短く言う。


「最近、このあたりに。やたらデカい怪鳥が」


 ケチョウ、と反芻はんすうする弐朗の隣で、虎之助が「怪しい鳥、で、ケチョウですよ」と蔑むような声で教えてくれた。

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