07【客亭】一


 清水きよみずから、名のある坂を幾つかくだり北へ進むと、八坂やさかへ至る。


 徒歩二十分程度のその道中は、細道に面した観光客向けの店舗や人力車じんりきしゃの声掛けもあり実に賑々にぎにぎしい。狭路きょうろのわりに観光客が多く、人の流れについて行く内に次の目的地に辿り着くことができる。見通しが利かないため、少し角を折れるだけでいきなり目の前に寺院や五重塔が現れたりもする。

 京都は歩けば歩いただけ、寺社仏閣史跡に遭遇する土地である。

 戦国大名の所有した名品珍品、建物の隙間に石碑、伝承を記した案内板、志士ししが寄り集まって会合を持った食事処。

 修学旅行生が教科書で見た歴史の足跡に感動するのも最初の一つ、二つで、コンビニよりも狭い間隔で点在するそれらを片っ端から見学する内に、次第にどうでもよくなってくる。


 移動は団体行動ではあったが、土産物屋に立ち寄る時間も設けられた。

 学年全員で突入するには規模の小さい店が多いため、クラスごとに覗ける店舗は分けられた。弐朗はその隙に走って細道の分岐まで戻り、狙っていた七味や山椒を幾つかと、別の土産物屋で気になっていた豆乳ドーナツを三人分買い込み団体に戻った。七味は自宅で使う用であり、ドーナツはおやつ兼、余れば皆で食べる夜食だ。

 刀子はどうやら一目惚れした帯留おびどめがあったらしく、帯締おびじめと一緒に買っていた。紙袋を掲げながら「ほてるでおひろめします!」とはしゃぐ刀子に、弐朗は「よろしくお願いします」と有難く頭を下げておいた。


 八坂にある広大な敷地の神社、その東には、日本庭園と大きな公園があり、その更に北に独特な除夜の鐘撞きで有名な寺がある。


 弐朗たちは公園から八坂に入り、神社へと移動した。


 多少寄り道はあったものの四時前には八坂に到着し、弐朗たちはそこでも神社入口の石段に並んで集合写真を撮った。


 集合写真の後は三十分ほど神社を散策する時間があり、弐朗と刀子はグループ行動をしながら神社内をあちこちうろついた。

 本殿の周りを一周するだけで幾つも小さな社に遭遇し、その中に「刃物神社」を見付けた時は弐朗も思わず写真を撮った。言わずもがな、刀子は行く先々でお気に入りのデジタルカメラを使って写真を撮っている。

 本殿以外では刃物神社にだけ賽銭さいせんを打った弐朗に、クラスメイトは「なんでここだけやるんだよ」と疑問顔だったが、弐朗は「俺料理するし。包丁!」と答え、適当に誤魔化した。自分が血刀使いだから刃物の神社に縁を感じる、だなどと説明するわけにはいかない。


 八坂から真っ直ぐ伸びる通りを西に歩けば、都会には必ずあるが地元にはいつまで経ってもきてくれない有名珈琲店や、油とり紙の専門店が立ち並ぶ。

 刀子が「このさきにまっちゃのおみせ。くずきりのおみせ。ちょっととおいけど、三条のほうにちんぎれがまぐちのおみせ」と教えてくれたが、弐朗たちはそこに辿り着く前に南に小路を曲がった。


 「花見はなみ小路こうじ」と石の道標に書いてあるその通りは、見るからに京都らしい道だった。


 相変わらず観光客は多いが、清水に比べるとどこかしっとりした雰囲気がある。

 小路の角には赤い塀に囲われた謎の店があり、入口に暖簾のれんが掛かっているため中が覗けない。ここは舞妓まいこ頻繁ひんぱんに出没するストリートで、上手くすればエンカウントすることもある、と近くの男子グループがしゃべっているのを聞きながら、弐朗は割烹かっぽうだの料理屋だのが出しているメニューの看板を見て驚愕していた。料金の桁がひとつ違う。見慣れた定食に見えるものが地元の三倍はする。あちこちに「祇園ぎおん」の単語があることから、この辺りが祇園と呼ばれる場所なのだと知れば、謎の店や料理の値段にも納得がいく。


「これがいちげんさんおことわりのせかい……! おいそれとははいれないおみせ! まいこさんのおうち! おちゃやさん!」

「これチキンだよな。ビーフじゃねえよな。チキンでこの値段、エグいな……何の肉使ってんだよ」

「にわとりでは!」

「俺も今自分で思ったわ。チキンだしそりゃニワトリだよな」

 そりゃそうだワッハッハ。


 そんな他愛ない話をしていれば、小路の曲がり角に寺院名の書かれた石碑と門が現れ、銀南高校の生徒は列の先頭から吸い込まれるようにその中へ入って行く。


 広い敷地の中、小路から続く石畳に沿って歩き、弐朗たちは拝観時間ぎりぎりで滑り込んで屏風びょうぶ絵やふすま絵の複製品、双龍の天井画等を見た。まるで移動のついでのように連れて来られた寺のわりに持っているものが凄い。複製品とはいえなんでこんな有名な屏風がいきなり出てくるのかとおののく弐朗に、近くに居た担任が自分のことのように自慢気に言う。


「このあと横を通る寺にも、お前らの大好きな、あの、口からなんかぴろぴろ出してる上人の像とかあるんだぞ。重要文化財だ。まぁ、拝観時間五時で終わってるから見れないんだけどな。さっき見た襖絵だって重文、屏風なんか国宝なんだぞ、国宝。くにのたから。どっちも複製品だけど。本物は最終日に行く予定の国立博物館にあるそうだ。どうだ、これが京都だ。すごいだろ!」


 なるほど、京都が多くの学校から修学旅行先に選ばれる理由もわかるというものだ。

 

 その後も弐朗たちは町中に溶け込む寺社仏閣に立ち寄り、町屋建築を眺めながら歩き、気付いた時にはホテルに到着していた。


 ホテルのロビーに固めて置いてある荷物の中から自分たちの鞄を見付け、クラス単位で夕食や風呂の説明を受ければ、後はそれぞれ割り振られた部屋へ移動する。

 生徒は八畳和室の五人部屋に、一グループ五、六人で二泊する。布団を六組敷けば重なるほどの広さしかないが、室内はきれいに整えられ、貴重品を入れておく金庫やチャンネル制限のあるテレビの他に、茶菓子の入った盆と湯呑の入った茶櫃ちゃひつ、保温機能だけで沸かすことはできない銀色のポットがテーブルに置いてあった。

 弐朗が早速茶櫃を開けて茶葉の種類や淹れ方を確認する横で、刀子も茶菓子をテーブルに広げ、全員に分配している。茶菓子は生ではない、焼いてある固い八ツ橋だった。保存が効くのかもしれない。


 荷物を置いて一息吐き、足の疲れを癒しながら今日見たものの話をしたり、スマホを取り出してゲームの画面を見せ合ったりしている内に、夕食の時間になる。


 夕食は宴会用の大広間に用意されていた。

 向かい合わせに二列、横につながった長い机が全クラス分並んでいる。

 一人分の四角い盆の上には天ぷら、刺し身、卓上コンロと小鍋、漬物、煮物やお浸しなどの小鉢が乗り、テーブル一つにつき二つずつおひつが置いてあった。

 全員分用意するの大変だったろうな、と弐朗は作業の手間を思いつつグループで席に着いたが、座ってから、ああ、でもこっちのほうが事前に用意できるし、テーブルに置いた盆の上に流れ作業で小鉢とか設置していくだけだから、勝手がわからずうろうろ動く人間が居るセルフサービスよりは楽なのかも、と思い直した。

 弐朗が手元のお櫃を手繰たぐり寄せて刀子にご飯をよそってやれば、グループの全員がそれに倣って弐朗に茶碗を差し出してきたため、弐朗は自動的に飯盛り担当になった。白米を無限に食べる後輩と居る時はいつも飯盛り担当な弐朗である。しょうがねぇなお前らとばかりに弐朗は慣れた手つきで次々に茶碗を盛り盛りにし、「いっぱい食べなさいよ!」としゃもじを持ちながらクラスメイトを鼓舞した。

 「食べ終えた生徒から順次大浴場での入浴に行って良し」と教師から言われたこともあり、男子は大半が掻き込むように食べ、女子も混み合う前に済ませたい面子は早々に食べ終えて大広間を出て行った。

 弐朗と刀子は食事を愉しみたい派であれば、クラスメイトの殆どが大広間から居なくなっても、写真を撮ったり味付けについて盛り上がったりと小一時間掛けてゆっくり食べた。


 弐朗と刀子が準備を整えてヨズミたちが泊まる旅館に到着した時には、時間は八時を過ぎていた。

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