17【会敵】一


 校舎から少し歩いた先、裏門のすぐ近くには、弐朗やヨズミたち弓道部員が部活動で使用する弓道場がある。

 その周囲には銀杏いちょう紅葉もみじに囲われた空間が設けられ、建学の精神が彫られた石碑がその木々の隙間から僅かに覗いている。石碑は元々は正門近くにあったものが、十年程前に新しいものを建てた際にお役御免となり、裏門へ移動になったらしい。

 今はまだコンクリートが見えているこの裏門付近も、秋中盤には銀杏と紅葉の枯葉で埋まり、コンクリートと土の境目が見えないほどになる。

 地面を埋め尽くす枯葉は掃除当番が掃除の時間に掃き集めて焼却炉へ持って行き、用務員がまとめて燃やす。弐朗は噂でしか知らないが、数年前にその枯葉で焼き芋を作ろうとして小火ぼや騒ぎを起こした生徒も居たという。


 弐朗と虎之助が足を止めるのはほぼ同時だった。


 銀南高校裏門は日中は常に開け放たれている。全校生徒が下校した後、用務員や教員の手によって黒い鉄門が引かれ、しっかりと施錠される。

 左右に立つ門柱は赤煉瓦を組み上げた年季の入ったもの。


 その裏門の門柱から音もなく姿を現した女生徒の姿を見て、弐朗と虎之助は足を止めたのだ。


 弐朗は拍子抜けした。

 てっきり、自分の父親やヨズミの父親といった先代連中がやってきているものと思い込んでいたからだ。滅多にあることではないが、差し迫った事情があればない話ではない。

 あわよくば今日はこのまま授業をサボれるのでは、と期待したりもした。


 門柱の陰から現れた女生徒に、弐朗は全く見覚えがなかった。

 身長は刀子とそう変わらず、百五十程度。

 後頭部の高い位置で髪をひとまとめにした、やや目付きの剣呑な女子。その感情の読みとり難い目はどことなく猛禽類を思わせる。

 制服はこの辺りでは見慣れないブレザーであり、中学生か高校生か判断がつかない。膝上丈のスカートの下には剥き出しの骨張った膝小僧が覗き、黒のハイソックスに覆われた足は陸上選手のように引き締まって見える。


 虎之助が並び立つ弐朗を見下ろし、軽く顎をしゃくってくる。

 はいはい俺が話し掛ければいいんですよね、と、若干卑屈になりながらも、これも適材適所と諦め、弐朗は虎之助より一歩進み出て女生徒を真正面から見詰め返す。


 女生徒は憮然ぶぜんとした表情で立ち尽くしており、何も言ってこない。

 道に迷って困っているだとか、誰か呼んで欲しい生徒がいるだとか、そんな様子もなく、ただ値踏みするように弐朗を見詰めてくる。

 索敵に引っ掛かったことや、まとう雰囲気から使い手なのは間違いなさそうだが、索敵を試そうにも正面からの威圧が重く、弐朗は気圧されている自分に気付いて苦い顔をする。

 性別や体格で相手を侮るようなことはない。自分より小さい女子であろうと使い手である限り油断は禁物だ。それは平均身長を下回る弐朗自身、よくわかっている。なんなら声を大にして言いたい。見くびってんじゃねえぞ、と。

 だからといって、まだ何もしない内から気配だけで押し負けるのは意気地が足りない。

 堂々としてればいいんだ、堂々と!


「えっと。誰か待ってんの? 兄弟とか、友達とか」


 そう切り出してから「これじゃ下手なナンパだわ」と弐朗は苦笑いを浮かべ、一度咳払いをして仕切り直す。

 虎之助のフォローは期待できないとなれば、自分で自分をフォローするしかない。

「あー…ッと、ナンパとかじゃねぇよ? いや、一人で立ってるのが見えたから? どーしたのかなーって思って。なんか困ってる? あ、俺らここの生徒だから。怪しい者じゃないんで」

 だから警戒しなくていいんですよ? と、気安い調子で声を掛けてみるのだが、女生徒は微動だにせず見詰め返してくるばかりで何も言わない。


 暫く、間が開いた。


 弐朗はそのあまりの反応の無さに、言葉が通じていない可能性や、耳が聞こえない可能性なども考えつつ、ちらりと虎之助を見上げてみる。

 虎之助は死んだ魚のような目を女生徒に向けるだけで、今のところ口を挟んでくる様子はない。


不躾ぶしつけなことは承知で、ご協力頂きたいのですが」

「今、校内にいらっしゃる関係者の方を、全員呼んで頂けますか」


 たっぷり数分黙り込んだ女生徒が、無機質な調子で口にしたのはそんな内容。


 校内に居る、関係者。

 関係者といっても、使い手である自分たち四人の他にも血筋の人間は何人も居る。血刀の存在すら知らない者や、詳細を把握していない者も多い。どこからどこまでを関係者とするか弐朗が悩む横で、虎之助が短く舌打ちしながら弐朗の肩を胸で押す。


「先輩。関係者って、何の関係者か聞いてくださいよ。部活かなんかですか」

「え、お前。そりゃー…」


 血刀関係じゃん? と弐朗は言い掛け、上から凄んでくる虎之助の冷え冷えとした視線に気付くとキュッと口を閉じた。


 そうか、何の件でこの女子が銀南にきてるのかわかってないのに、血刀の話で進めちゃったら「俺ら血刀関係者でーす」って自己紹介してるようなもんだもんな!?

 あぶねえあぶねえ! やらかすとこだった。


「そりゃ、お前、あれですよ。ほら、」


 弐朗は言いながら再び女生徒へ視線をやり、片手にうぐいす色の竹刀袋を持っていることに目を付け、

「剣道部の人呼んでこいってハナシじゃん? だよな? 顧問と部長でイイ? なんか練習試合とかあんの、今日?」

と、その場しのぎではあるが、我ながらナイスな機転だと褒めたくなる自然な流れで女生徒に問い返す。

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