12【追手】一
深夜二十三時。
少年は、人通りの少ない住宅街の公園で、一人、おしるこの缶を手に遊ばせながらベンチに座っていた。
この辺りでは見掛けないブレザーの制服を、前
ほの白い街灯の灯りを黒髪が円く弾く。少年は前髪を右側だけヘアピンで留め、左は流れるまま眉に掛かる程度で適当に遊ばせている。
耳にはしっかりとした密閉型の赤のヘッドフォン。
通学用にしては大き過ぎるリュックは今は背負ってはおらず、片側に無造作に転がしてある。その更に横には黒く細長い
秋口といえども、何もせずただぼんやりと夜風に晒されている状態は当たり前に寒い。
暫くすると、公園の入口に小柄な影が現れた。
人影はベンチに座る少年を確認し、よどみない足取りで真っ直ぐ歩み寄ってくる。
「きいちさん」
ベンチの正面に立って声を掛けてきたのは、少年と同じ配色のブレザーを着た小柄な女生徒。
身長は百五十程、細い手足は年相応の柔らかさも丸みもなく、見るからに筋張っている。スカートの下で真っ直ぐに伸びる足は黒いハイソックスに覆われ、尖った膝と引き締まったふくらはぎから、少女が何かしらのスポーツをやっていることが窺えた。
肩より少し長い程度の髪を後頭部の高い位置で固く括っている。
肩には高校指定のスポーツバッグと、こちらも少年と同じようなうぐいす色の竹刀袋。
少女に「きいちさん」と呼ばれた少年、
その酷薄な笑みに相応しく、声もまた嘲りを含んだ意地の悪いもの。
「さわらぁ。お前まさか走って追ったのかよ?」
「は」
「……ん? え、なに。それは聞き返してんのか、肯定してんのかどっち」
「はい。……、……? とりあえず返事をしなければと思い、しました。走って追ったかどうか、は。途中までは、走ったんですが。相手がどうも車で移動を始めたようだったので、自分も途中からは車に。走ったのは五キロ程度かと」
「車って、タクとか? 領収書あんなら上に請求できるぞ。つか、お前もちゃんと追跡とかできんのな」
「いえ。自分では上手く気配が追えなかったので、わわさんの指示に従いました。わわさんは「あっち」「こっち」とおおまかな方角を教えて下さるので、それを頼りに、信号で停車しているトラック等の荷台にお邪魔しながら」
「……お前それでよく追えたな?」
鬼壱はヘッドフォンを耳から首へとずらし、呆れ顔を隠しもせずベンチに深く背を沈めて少女を見上げた。
何処に向かったか確証もない、姿が視認できているわけでもない対象を、「あっちに行った」というざっくりとした指示だけで何十キロも追い掛ける。普通なら見失った時点で諦めて他の方法に切り替えそうなものだが、県境を越え、こんなわけのわからない田舎まで追い込んだのは、称賛を通り越して嘲笑に値する。
鬼壱の高校の後輩、ひとつ下の二年生である
今回さわらが一人で対象を追えたことですら、奇跡と言って差し支えない程度には、応用力に欠け臨機応変な対応ができない金属のような固さを持っている。
さわらは何を考えているのか、ちら、と公園の入口を確認するだけで自分からは特に何を言うでもない。ただひたすら鬼壱の前で背筋を伸ばして立ち尽くすばかり。
報告しなければいけないことが多過ぎて思考停止してるんだろうなとわかれば、鬼壱は浅い溜息を吐いて「で?」と先を
「お前、俺をわざわざ京都から呼び出したからには、確証あるんだろうなァ? お前が東京入るってんで絶対何かしらやらかすだろうなとは思っちゃいたけどよ……。部活の練習試合ぐらいサボりゃいいのに。この夏前あたりにヤバそうだった奴が居なくなって荒れてんだよな、あそこ。こっちにも注意しとけって話がくるぐらいだし。近くの奴らも東京乗り込んじゃ暴れてるとかで、できれば近付きたくなかったんだけどなァ……。今回の、お前が判断したんじゃねぇんだろ。わわさんは何て?」
聞かれて漸く、そこの報告からでいいのか、と得心したさわらが口を開く。
「は。
「お前はどう見る」
「わわさんが
「お前自身の見立てはどうなんだよって聞いてんだけど?」
「自分は、」
ベンチに深く背を預ける鬼壱に真っ直ぐ見上げられ、さわらは言葉に詰まる。
索敵が不得手な自分の見立てなど何の役にも立たないだろうと思いはするのだが、聞かれた以上、答えねばならない。
「自分は、気配はよくわかりませんでしたが、妖刀の使い手としてはあまりにも未熟な……分不相応な人物だと、感じました」
「どのへんが?」
「立ち居振る舞いと申しますか。自分と目が合うとすぐに逃げてしまわれたので対峙したわけではないのですが、
「あ?」
「そういえば、妖刀は持っていなかったように思います。手ぶらでした」
鬼壱は殆ど無い短い眉をひそめ、考える。
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