13【追手】二

 不器用なこの後輩は「隠密とは?」と真顔で聞いてくるレベルで気配が殺せない。

 どちらかと言うと威圧や覇気で相手を圧倒し竦ませるタイプだ。

 そんなさわらと目が合い、一瞬にして戦意喪失し逃げ出してしまうのもわからないでもない。

 さわらは普通の女子高生の恰好かっこうをしてはいるが、いざ尋常に勝負となれば遠慮なく殺しに掛かる。さわらが殺そうと思ったかどうかはわからないが、その意思に関わらず、殺気に満ちた得体の知れない使い手に目の前に立たれれば逃げ出したくもなるだろう。


 しかし手ぶら。何も持っていなかったとは、どういうことか。


 手ぶらに見えるほど小ぶりの妖刀の可能性も勿論ある。

 鬼壱きいちの知る限り最も小ぶりなものは短刀程度のもの。

 妖刀は携帯していなければ気配を確認することはできない。読めたとしても使い手の気配、血刀使いのものだけだ。

 ただし、妖刀は実際に刀として存在しているものであり、使い手は所有者、契約者に限定されるとしても、ただ手に持って運ぶだけなら一般人でも運べる。

 なんなら猫や犬がくわえて運んだって構わない。


 さわらを見て逃げ出した男が使い手かどうかはこの際問題ではない。


 。そこが重要だ。


「ちなみに目が合って逃げたって、どういう状況だったんだよ」


 いつまでも正面に立たせておくのもなと、鬼壱がベンチの片側を空けるよう移動しても、鬼壱から促さなければさわらは座ろうとしない。「座れば?」と声を掛けて漸く、小さく頭を下げてすとんと横に座る。


 と、同時に訪れる重い沈黙。


 深夜の公園で高校生の男女が二人、ベンチに座って何をするでもなく黙り込んでいる。ともすれば別れ話でもしているかのような辛気臭さが漂うが、二人の仲は決してそんな甘酸っぱいものではなく、ビジネスライクな殺伐としたもの。


 数分黙り込んで思考を整理したさわらは、地蔵のように固まったまま要領を得ない調子で話し始めた。


「……練習試合は目黒の高校で行いました。相手方は、インターハイでは団体、個人ともに当たりませんでしたが、出場していた強豪校の一角です。つつがなく試合を終え、部の方々と街中を移動している時に、コインパーキングで数人の大学生らしき集団がたむろしているのを見掛けました。その内の一人が、逃げ出したやからです。目が合ったというか、なにやらよからぬことを企んでいそうな様子でこちらを見ていたので、自分も集団に視線を返しました。全員男性だったと思いますが、よくわかりません。逃げたのは白いポロシャツを着た、怯えた様子の方です。その方の肩に腕を乗せていたのが、……なんと言えばいいのか……縮れた……ほつれた毛糸のような髪をした方で。あと、黒縁眼鏡を掛けた方と、もう一人眼鏡を掛けたー…八重歯の目立つ色白の細長い方、スポーツ選手のような体型の黒髪癖毛の方もいらっしゃいました。あと一人は……。……ああ、顎鬚あごひげの生えた柄の悪そうな方でした。六人ですか。多分、そんなところだったと思います。八重歯の男性が自分を見て顔をしかめられたので、もしやと思い、自分はよく気配は読めなかったのですが、少しだけ抜刀してわわさんに確認したところ、妖刀じゃ、切って参れと、こう仰いますので、どうしたものかと考えていましたら、その。ポロシャツの方が仲間の手を振り払って逃げ出されまして。その瞬間、強い狂いの気配を肌で感じました。これはいけない、始末せねばと、そう思い……。顧問の矢小島やこじま先生に事情を告げ、皆さんとの別行動の許可を頂き追い掛けようとした時には、駐車場に残っていた方々も全て居なくなっており、わわさんが追えと示されたのが最初に逃げた狂いの気配でしたので、あれが妖刀ですかとお聞きしましたら、左様さよう、と。十九じっくですかとも聞きましたが、それには、わからぬ、と答えられました。それでも切れ、と」


「あれが妖刀であろうが十九であろうが、一太刀切り結べば程度も知れる、真に十九であればわわの一太刀も受けられよう、こぼれるようならその程度のもの、十九である筈がない。使い手が死ぬも同義。振るえぬ者が刀を持つなど烏滸おこがましい。振るえぬ者にその身を預ける妖刀もまた愚かしい。そのような者ども、まとめて始末して何が悪い。切って参れ。それが一番早う済む、と」


「なるほど、一理あると思いましたので、ならば切るべしと追い掛けたのですが。気付けばこんなところまで逃げられてしまい……。昨日の夕方には、この辺りの……地元の使い手らしき気配に邪魔され、なんともいえない嫌な気配を感じたのでいったん引きました。そこでぷつりと対象の気配も途絶え、どうしたものかと悩んだのですが、そういえばこの辺りには評判の良くない集団も居た筈と思い出しまして。逃げられた使い手と妖刀がその一派の手に落ちるのは良くないのではと。わわさんも気になると仰るので、きいちさんに連絡を入れ、自分はここで待機していた次第です」


 さわらは時間を掛け時系列を追って訥々とつとつと語ったが、それを聞きながら鬼壱は「長ぇ……」と溜息が漏れるのを止められない。

 さわらはその溜息に身を固くしたが、ちら、と公園の入口を見た後は口元を引き結んで難しい顔をするばかりで、次の言葉が続くこともなく。

 鬼壱も一度ちらりと公園の入口に視線をやり何もないことを確認してから、黙り込んで座っているさわらの、眉間にしわの寄った横顔を見る。葬式で出される固く握った塩むすびのような顔だ。さしずめ自分は握りの甘い鮭むすびか。

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