07【方針】二

 ヨズミと刀子とうこがゾンビの話で盛り上がる中、そうじゃなくてと弐朗じろうが尚も言い募ろうとすれば、虎之助とらのすけは不機嫌を隠そうともしない冷ややかな目で弐朗を見上げ、チッと大きく舌打ちをする。


 そして返ってくるのは、弐朗の忠告をお節介だと一蹴する投げやりなもの。


「遅かれ早かれ狂うんなら、とっととったほうがてっとり早くていいじゃないですか。俺が成ったら遠慮なく首落としてください。下手に生かされるほうが迷惑です。それに、抜刀ばっとうした回数や切った数に比例して狂うんなら、うちの親父も先輩のとこのおじさんもとっくにバケモノ化してると思いますけどね」


 それを言われてしまうと弐朗は返す言葉が浮かばない。


 確かに、いまだ現役で全国津々浦々、北は北海道から南は沖縄まで飛び回って仕事をしている先代たちに比べると、自分たちなどまだまだ数えるほどしか切っていない。

 この四人の中で最も多く切っているのは虎之助、様々な現場に立ち会い場数を踏んでいるのはヨズミだが、それでも学校生活の片手間にやれる範囲のものだ。

 ましてや、高校に入ってから仕事をするようになった弐朗や刀子など言わずもがな。これまでにこなした案件は大小合わせても三十にも満たない。


阿釜あがま先輩に殺れって言ってるわけじゃなし。アンタはおとなしくサポートに徹してればいいでしょう」


 重箱を空にした虎之助に吐き捨てるようにそう言われ、弐朗の頭の中は一瞬にして宇宙になった。


 そりゃそうですけど。

 実際、手、下してんのは殆どお前ですけど。

 誰かがやんなきゃいけないことで、それをお前が一手に受けてくれてるのは知ってるけど、だからこそ、その絶対殺すマンっぷりをどうにかしないとって、俺は俺なりにサポートのつもりで言ってるんであって。

 お前の負担を軽減させたいって思うからこそ、殺さずやる方法考えましょうよって話なんですけど?

 勿論、道徳的にとか常識的にとか、そういう諸々込みで「生き物殺すのってよくないよね!」みたいな話もあるけども。

 一番はお前のためを思って言ってるんですけど。

 なに、その、実際やらない奴は黙ってろみたいな言い方。

 確かに俺はサポート担当ですけど?

 仕方なくない? だってそういう血筋だし、そういう血刀けっとうなんだし! 

 俺だってお前やヨズミ先輩みたいな攻撃特化、憧れるけども!

 いや、いや、わかるよ。わかってるつもり。さっさと殺したほうがこっちの被害も最小限にできるし、余計な目撃者増やして諸共口封じみたいなことせずに済むっていうのはわかってる。

 でもそれって極論過ぎない?

 ガン患者に対して「もう治りませんね、医療費無駄なんで死んどきましょうか」ぐらいの乱暴さない?

 言いそうだけど。お前なら言うし、実際延命装置ぶっ壊しそうだけど。

 でも例え治る見込みのない病気だろうが、狂いだろうが、化け物だろうが、生きてて欲しいと思う人だって居るだろが。

 生きてりゃなんとかなるかもしれないじゃん。

 そういうの考えたら、安直に「殺す」なんて言えなくない?

 もっとしっかり熟考しましょうよって思わない?


 体感的には数秒、実際には数分。


 はっと我に返った弐朗が周囲を見渡せば、虎之助は立ち上がって片手で膝を払っており、刀子はお茶を片付け、ヨズミは重ねた重箱を風呂敷で包み直している。


 トラは駄目だ、何を言っても言い負かされる。

 だってあいつのほうが頭いいし、それっぽいこと言ってくるから。

 でも、ことの決定権はトラにはない。それを持っているのはヨズミだ。ヨズミが首を縦に振れば、トラも口煩いことは言えまい。


 弐朗は慌ててヨズミに向き直り、シートを片付けられる前にと、錦鯉の上で這いつくばりながら訴える。

 所謂いわゆる土下座の姿勢になっていることはわかってはいたが、なりふり構ってなどいられない。


「ヨズミ先輩! センパイ! 殺すのちょっと待って下さい、俺にも! 俺にも「分離ぶんり」試すチャンスください! 前のは慌ててたのと、思ったよか変化が進行してて手遅れ気味だったって言うか、深度がキてて失敗しちゃっただけで、でも、でも今度は上手くやれる気がするんッス! ガチめに!」


 お慈悲を! と縋る勢いでアピールしたなら、レジャーシートの上で仁王立ちしたヨズミが目を弓の形に細め、口角を引き上げにんまり笑う。


 秋晴れの突き抜けるような深い青、そこに浮かぶ白い太陽。

 逆光で黒い影となったヨズミの、目元と口元だけが細い三日月のかたちでそこにある。


 弐朗は「あ、俺、これ、はやまったかな」と遅れて気付いたが、ヨズミがパチンと鳴らした指を自分の鼻先に突き付けてきたなら、もう後には引き返せない。


「よろしい! では今夜八時、全員うちに集合だ。先日掘り出した資料ブイティアールを鑑賞後、弐朗クンの「分離」を補佐するとしよう!」


 おたのしみの予感に喜びの舞を踊る幼馴染と、面倒くささに鋭い舌打ちをする後輩の気配を背後に感じつつ。


 弐朗は準備の追い付かない心に嫌な汗をかきながら、「先輩決断はやいっすね?」と震えるしかなかった。

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