05【捕獲】四
空にはもう赤の余韻もなく、
べたりと黒い風景に
「……ッ、」
不意にぎくりと身体が強張ったのは、ほど近い材木の上に大きな黒い塊を見付けたからだ。
それが幼馴染だとわかっていても、材木から生え出るように立つ黒い影の中、ぽかりと丸く抜ける無機物のような
刀子の黒く長い髪が布のように広がり、セーラー服のスカートと共に夜風に大きく煽られる。
胸元のリボンですら、今は色も形もわからない。
人の輪郭を成さぬその
「くれ先輩の「
『はっは、縛られたか弐朗クン! そら、お客さんも見事に固まっているよ。今が好機だ』
ヨズミの指示に従ってすたすた歩き出す虎之助の後ろで弐朗も自分の
対象は大きく震えながら材木の上に立つ刀子を見上げている。その斜め前に、錆前を構えた虎之助。対象を挟んだ対角線上に俄雨を持つ弐朗が立つ。
『トラクン。捕獲、だ。わかってるね?』
ヨズミの念押しに虎之助は浅く息を吐くだけで何も答えない。
弐朗は
これだけ人の姿を保った素体を殆ど無傷で捕獲できるのだ。しかも子供でも年寄りでもなく、見た目五体満足な青年。きっとヨズミは自分に「
期待に胸を膨らませる弐朗など知ったことかと言わんばかりに、虎之助は右手に持った
問答無用の一撃を首裏に食らい、刀子を見上げて硬直していた青年は声を上げることもなくその場に崩れ落ちた。
その頭を軽く爪先で横向け、意識の有無を確認し、虎之助は男の両脇に手を差し込んで上半身を浮かせる。そして「さっさとしろ」と言いたげな目で弐朗に目配せをして足を持ち上げさせる。人手がなければ背負うこともあるが、いつ目を覚ますかわからない得体の知れないものを背負いたくないのだろう。
弐朗の持ち上げ方が甘ければ、虎之助は「もっと高く」と遠慮なく注文をつけた。
弐朗は「俺とお前で身長差二十センチ弱あるんだけどわかってる?」と喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。言えば自分が悲しい思いをするだけだということを、弐朗はよくわかっていた。
セメント袋でも扱っているかのような雑な持ち方で青年を材木置き場の出入り口まで運べば、そこには見慣れた黒塗りの高級車が一台、悠然と待ち構えていた。
刀子を運んだ車だ。
助手席のドアの前で腕を組んだ制服姿のヨズミが立っている。
黒のセーラー服に灰色のニットカーディガン、足元は鮮やかな青のカラータイツといういでたちのヨズミは、運ばれてきた対象を眺めて「それがポロクンか」と納得したように頷くと軽く顎をしゃくってそのまま後部座席に運び込ませた。
虎之助、弐朗、足元に対象と詰めて後部座席に座りながら、弐朗は念のためヨズミに結束バンドを借り対象の手足を縛っておいた。目が覚めて暴れられると面倒臭いからだ。
いつの間にか弐朗の隣に座っていた刀子に虎之助は一度大きく揺れて驚きをあらわにしたが、特に何かを言うことはなかった。
その地味に驚いた顔に弐朗は諸々に対する
三人と一体を回収したことを確認したなら、ヨズミも助手席に乗り込み、運転手に「カメさん、出してくれ」と声を掛ける。カメさんと呼ばれた黒服はルームミラーで後部座席をちらりと確認しただけで特に何を言うでもなく、黒塗りの高級車は滑るように走り出す。
この後三人は真轟の本邸で特上の桶寿司をご馳走になり、――と言っても二つ頼んだ桶の丸々ひとつは虎之助の胃袋に消えたのだが――、捕獲したポロシャツ青年の身元や状態については後日ヨズミからの報告待ちということで、その日は日付が変わる前にそれぞれの家に帰ったのだ。
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