最終幕 悪魔の囁きとNの喜劇(9)

「お見事です。そこまで分かってらっしゃるんですね。僕と八神さんが今までの事件を仕組んだことが分かれば及第点のつもりでしたが、まさか、先輩ご自身の事についてもお分かりになられたとは……。本当に先輩は推理の悪魔の声を聞けるんですね」

 七条君は惜しみない賛辞を述べた。その声に、いつものような茶化す雰囲気は無かった。まるで和気白雪の様に淡々と、感情を押し殺すような声と表情。つまり、俺が語った「真相」は決して冗談ではないということだ。

「でも、予め言っておくが、俺が推理出来たのは今の二点だけだ。『どういう技術で死んだ筈の人間が生き返っているのか』とか『何故、俺が二人にこんな目に遭わされているのか』、『どうして俺が死んだのか』については皆目見当がつかないし、推理の仕様も無い。その部分については是非とも、七条君からのご説明をお願いしたいね」

 その言葉に七条君が苦笑する。

「そうですね。流石にそこまで分かったら、N先輩には探偵ではなくエスパーへの転職をオススメしますよ。その部分はきちんと後でお話させて頂きます。で、どうして先輩は二つの事実に気付くことが出来たんです?」

「そうだなぁ。何処から説明したものか……」

 推理の内容について話すことは出来る。だが、あまりにも状況が複雑過ぎて、どこから話したら良いのか悩む。

 そうだ。先に貴船神社での不可思議な体験を彼に話しておかなくてはならない。深層意識での和気白雪との会話。彼女もその会話の内容を覚えていた以上、ただの夢では片付けられない。そして、七条君はこの会話の内容を知らないだろうから。

「実はさ。七条君は知らないかもしれないが、貴船神社で和気白雪と話をしたんだ。しかも、深層意識の中で」

「へぇ、どんな内容ですか?」

 驚いたり、疑ったりしないということは、七条君はこの話を「有り得ること」だと捉えたらしい。ということは、きっとあの深層意識下での出来事は俺の想像や妄想という訳ではないのだろう。何かの技術があるに違いない。だが、ひとまずそこはスルーして、俺は話を続けた。

「彼女は言った。『この世には決して行ってはならない禁忌がある』こと。『その最たるものは生者と死者が関わってはならない』ということ。そして、終わりにこのように忠告した。『貴方はもう推理をしてはならない。七条葵や八神叡瑠と関わってはならない。何故なら、貴方が本当は推理をしてはならない役割だから』とね」

 ここで俺は一旦、言葉を切る。

 もう覚悟は決めた。これは自分自身と向き合う為の推理だ。



「彼女の台詞が正しいとすると。その言葉の意味はこのように解釈できる。


『Nは本当は。だから、推理をするべき存在ではないし、生きている登場人物と関わることは許されない』とね。


 そして、君が送ってくれたあの暗号だ。『N↔?』。これの答えには『N↔S』も『N↔Y』も当てはまる。そして、その真の意味とは? 


『N↔S&Y』


 Nとは勿論、俺のこと。では、SとYは? Sは『七条葵』。Yは『八神叡瑠』。先程、言ったと思うが、ここで八神さんも今回の件に関わっていると分かった。

 そして、『↔』の意味は逆接。反対もしくは対照の意味。つまり、俺と二人は対照的な存在であるということ。では、何が対照的なのか。


 和気白雪は深層意識下でも梅小路公園でも同じ台詞を言った。『貴方達の道は既に分かたれている』と。そこで疑問に思った。何故、七条君は『S』つまり京都駅の南の方角にある梅小路公園を選ばずに、『Y』の地形である鴨川デルタの方を選んだのかを。暗号の意味自体はどちらでも成立するのに。

『Y』というのは『Y字路』。つまり、ことを意味する。『俺の死』という分岐点から『俺』と『七条君・八神さん』が対照的な存在となってしまったことを表す。

 この事に気付いて欲しかったから、君はあえて『Y』の方を待ち合わせに選んだ。それがだろう?」


 黙って俺の推理を聞いていた七条君だが、彼はまたもや苦笑した。

「先輩は僕が仕組んでいたことの全てを分かっているようですね。最後まで聞かせてもらいますよ。先輩の推理を」

「あぁ、勿論」

 俺は自信満々に返す。もはや、何の恐怖も感じなかった。

 完全に日は沈み、辺りは暗闇に包まれている。目の前の鴨川の水面に大きな光が反射している。空を仰ぐと月が出ていた。一欠片も欠けていない完全な満月。月明かりが幽かに俺と七条君の顔を照らした。

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