第4稿 悪魔の囁きと丑の刻参り(真相編)(2)

「さて、まずは事のあらましから説明しよう。この『姿無き刻参り』事件は二部構成になっていた。最初の『姿無き刻参り』は5月から6月の約二ヶ月間。週に一度くらいの頻度で奥宮で起こった。この事件に関しては犯人は田中瀬織さんだ。だが、その次に本宮で二週間前から起きた刻参り事件。この犯人はお前だ」

「ほう、それは何故だ? 何か根拠でも?」

 不敵な笑みを浮かべる姉小路。だが、俺は即座に言葉を返した。

「確たる証拠はあるが、それは後で話そう。だが、八神さんから今回の話を聞いた時、怪しいとは感じていた。それは、なんだ。何処の大学でも福祉を専門に学ぶ学部では、三回生の希望者を対象に障害者・高齢者・児童福祉施設へと実習に行く。これに応募する学生の多くは社会福祉士の資格取得を目指したり、将来、福祉職に就くことを希望している人間が殆どだ。。これは普通に就活をする学生にとってはインターンシップのようなものだ。その実習が突然のトラブルで急遽、中止になってしまった! 当然、スケジュールに狂いが出てくるだろう。ましてや、三回生の夏の時期だ。君のように将来の為に実習に参加するような意識の高い人間であれば、すぐに他に実習に行ける施設は無いかを探し、改めて実習に行くことを考える筈。だが、昼間、会員の一人が言ったんだ。『』とね」

 ここで姉小路は溜息を吐き、台詞を引き継いだ。

「つまり、お前はこう言いたいのか?『』と……」

 俺は頷いた。

「あぁ、少なくとも、呑気に一日がかりのサークル活動に参加する余裕はない筈だと思った。もっとも、実は君が能天気な性格だったとか、実はもう再実習先を決めていたとか。色々と考えられるから、根拠とは言えなかった。だが、こうも考えられた。『もしかしたら、コイツは実習先がトラブルで中止になる可能性をあらかじめ考えていたんじゃないのか?』とね」

「……成程ね」

 フンと鼻を鳴らし、「続けてどうぞ」と言うように手で示す。

「先に田中さんが起こした事件の方から解決していこう。普通の『丑の刻参り』は金槌で木を叩く音がしたり、白い着物に火の灯った蝋燭と目立ちやすい格好をしている為に見つかりやすい。だが、今回の儀式はいずれも姿が見られていない。それは、田中さんの特技に関係がある」

「へぇ、それは一体何だい?」

「弓道だよ」

 間の悪いことに、ここには分かりやすく説明する紙も無いし、実際に弓矢を用意していない。だが、どうせ姉小路は分かっているのだろう。俺は気にせずに説明を続けた。

「トリックに必要な物は弓矢、鉄製の矢尻、鉄製の五寸釘、長い紐、そして境内に頻繁に落ちていた乾電池と導線だ。理科の実験で『磁化』について習ったことはあるだろう? コイルを巻いて電磁石を作る実験は小学校三年生くらいに習っている筈だ。

 導線で作ったコイルに乾電池を用いて直流電流を流すと強い磁場ができ、その中に五寸釘を入れると磁化されて磁石になる。

 次に矢の方の改造だ。競技用の矢尻には鉄製の物もある。しかし、先が丸くなっている物が多いから、あらかじめ紙やすりか何かで削って先っぽを平らにしたのだろう。そして、かなり長めの紐の両端を矢羽根と自分の腕に結びつけた。あとは藁人形に文字が書かれた半紙を重ね、五寸釘でぶっ刺して固定すれば準備は完了だ。

 磁化されて磁石となった五寸釘の頭部を、平らになった矢尻にくっ付ける。田中さんは奥宮の境内の外から、境内の中の適当な場所に狙いを定めて矢を放ったんだ。そうすると、が木に刺さるという訳さ。正確に言えば、木に刺さるのは矢ではなく五寸釘の先端だけどな。磁力は強い衝撃によって弱まったり、失われたりする。木に刺さった衝撃で五寸釘の磁力も消え、矢は地面に落ちる。あとは、矢羽根と腕が紐で繋がっているわけだから、紐を手繰り寄せれば矢が回収できる。そして、木には藁人形を貫いた五寸釘だけが残るんだ。

 これが田中さんの行った『姿無き刻参り』のトリックさ。田中瀬織は釘を木に打ち付けていたのではなく、木に向かって射たんだよ。彼女は工学部だから、これくらいのトリックは考えつくだろうし、風の抵抗や矢の軌道なんかも計算出来ただろう。そして、三十三間堂の大的大会で優勝できた彼女だからこそ出来た芸当なんだよ」

 俺の推理に姉小路はわざとらしく拍手する。しかし、その顔からまだ余裕は消えていなかった。

「ふーん。そこまでは解けたのか。なかなかやるな。だが、それだけだと僕がこの事件に関わっていることは証明できていないな。先刻も言ったように、僕は此処で単に悪ふざけをしていただけ。お前の推理だったら、その方法を使えるのは田中瀬織、ただ一人だぜ。僕には『姿無き刻参り』をする理由が無い」

 白々しい彼の台詞に俺は怒りを込めて言い放つ。

「いや、動機はあるだろ。お前は姿んだ」

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