第4稿 悪魔の囁きと丑の刻参り(襲撃編)(6)
午前2時。社務所の中には俺以外、誰も居ない。
コーン コーン
何かを打ち付けている鈍い金属音。
まさか……と思った。だが、この
社務所の扉を開き、祈祷受付所から外に出る。用心の為に鞄を持っていく。武器は無いが、何かあった時の盾にはなるだろう。
外は真っ暗だった。いや、強いて言えば橙色の電灯が数か所に灯っている。
コーン コーン
まだ、金属音は続いている。
階段を降りる。目の前に御神木の桂の木。ロープを踏み越えて、何者かが木に何かを打ち付けていた。おそらく、金槌で五寸釘を打っていることは想像に難くなかった。
白装束。頭には逆さになった鉄輪。流石に松明では無かったが、火の付いた蝋燭を三本、鉄輪に差し込んでいる。
俺は自然と足が前に進んでいた。その気配に気付いたのだろう。奴は俺の方を振り向く。
そいつは般若の面を被っていた。頭巾の様な物も頭に付けているらしく、髪型は分からない。
観察する暇は無かった。奴が金槌を振り上げて襲ってきたからだ。
声もなく、面を付けているので表情も分からない。そんな奴がいきなり此方に駆け出して、凶器を持って追いかけてきたら、普段の俺であれば逃げ出すところだ。だが、今の俺は冷静だった。
奴が俺の数十歩先の位置まで近づいた。この距離まで近付くと迫力がある。般若の面の縁の装飾までもがハッキリと見える。金槌はかなり錆びていた。かすかに朱色に似た焦げ茶色の滲みがあった。おそらく、血だろう。
つまり、奴はこの凶器で人を一人、殺しているのだろうということ。
そして、今から俺を殺すことを躊躇いはしないだろうということ。
短い時間の中で俺は二つの事が分かった。そして、般若面の賊はもう目の前だ。金槌が俺の頭に振り下ろされる。
ゴスッ
鈍い衝撃音が響く。衝撃が俺の手に伝わる。そして、奴は面越しに俺をじっと見詰めた。意外そうな顔で。
そして、俺は右手に持った木刀の刃の部分を、相手の金槌の槌と柄の間の部分に潜り込ませていた。鞍馬寺本殿で七条君が俺に貸してくれた木刀だ。「源義経公 降魔必勝の小太刀」。鞄のポケットにしまい込んだままだった。鞄を持ってきておいて良かった。そして、俺は心の中で深く七条君に感謝した。
「……!」
ギョッとする般若面。動きが止まる。その隙を俺は見逃さない。
俺は木刀を力を込めて右側に思い切り薙ぎ払った。そいつの手から凶器が離れ、暗闇へと消えてしまう。再び探し出すのは困難だろう。
戸惑う般若面。俺は左足を一歩、前に出す。薙ぎ払った時の勢いを殺さずに、右腕を下から上へ思い切り振り上げる。木刀の切っ先と刃の部分が容赦なく相手の下顎にぶち当てられる。またもや、鈍い衝撃が俺の腕に伝わる。
奴は顎を両手で押さえ、地面にのたうち回る。俺はそいつに近付き、顔面をえぐるように右足で蹴りを入れた。般若の面が宙を舞い、何処かへと消え去っていく。頭巾も外れ、鉄輪と蝋燭が地面に落ちた。もはや、正体は暴かれた。彼は茫然とした表情で俺の顔をじっと見ていた。
俺は静かな声で彼に声を掛ける。自分でも驚くほどに、その声は怒りを帯びていた。
「―――姉小路。さぁ、君の望む決闘の場だ。だが、勘違いするなよ。俺はお前に賛辞の言葉なんか送らない。お前のやったことに心の底から腹を立てている。此処はお前を糾弾する場だ」
(第4稿「襲撃編」終幕)➝(「真相編」続行)
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