On the Day I Died

秋月カナリア

マリア

マリア

 

 じゃあ、私が死んだときの話をするね。


 今から七年前、私が十歳になったばかりの頃、田舎に引っ越したの。私は東京で生まれて、それまで一度も田舎で生活したことがなかったから、不安だったんだけど。パパの新しい仕事のせい。

 ママはずっと前から、子供は自然の中で育てたいって言ってたから大賛成だし、私一人反対してもやめになるわけじゃないし。まあ、仕方ないかなって。


 友達もね、別に、この先ずっと一緒にいるわけじゃないじゃない? 中学受験してみんなと離れて一人になる子はたくさんいるし、高校だってそう、留学も。

 だから、友達と離れたくないってことは、なかったなぁ。どこにいてもコミュニケーションはとれるもんね。友達できないんじゃないか、いじめられんじゃないか、って不安は転校しなくてもあるから。


 本当は四月から行くはずだったんだけど、ごたごたがあって、七月になっちゃった。

 七月から学校に通い始めてもすぐに夏休みに入っちゃうし、どうせならって、新しい学期から通うことになった。だから私はまるまる二ヶ月お休みになったの。宿題もなし。


 本が好きだったからたくさん読めるなって嬉しかったな。図書館の場所を調べたりして。でも一番近いのは学校の図書室だったから、やっぱり転校しておくべきだったかなって思ったり。


 新しいお家は山の中にあって、なんだかお城みたいだった。大人が見たらそうでもないんだろうけど。高い壁で囲まれていて、鉄門があって。門から玄関までちょっとだけ距離があるの。玄関までの道は左手には車が三台くらいおける駐車スペースがあって、右手には荒れ放題の庭。庭の奥には小屋があった。昔住んでた人のアトリエだったみたい。ママはそこをきれいに掃除して、庭を手入れする道具を入れる倉庫にしてた。


 ママは嬉しそうだった。バラ園にしたいけど難しいかしらって、バラのアーチを作りたかったみたい。



 パパの様子がおかしくなったのはいつからだったのか、よくわからない。もしかしたら、東京にいるときからそうだったのかもしれないし、田舎に引っ越してから劇的に変化したのかもしれない。

 とても小さなことから始まって、最終的に、私は犬用の檻に入れられるようになった。たまにね。パパの気に入らないのことをしてしまったときとか。ママが入れられることもあったけれど、私はそんなママを見るのが嫌だったから、パパの機嫌が悪い時はわざと悪いことをして、私が積極的に檻に入るようになってた。


 怪我も増えて。でも、病院に行ったことはなかった。


 パパの仕事は、いろいろやってたみたいだけど、一つは家の管理だったの。私たちが引っ越した家を修繕したり、庭を整えたり、人が住める状態を維持することを依頼されてた。


 家の持ち主は海外にいるみたいだった。国内にいくつか家があって、それぞれ親戚にかしていたみたいで、その中の一つが、なぜがうちに任された。


 冬季休暇中のホテルの管理をしている親子のホラー小説があるでしょう? うんと昔に映画にもなった。パパもママも笑いながら、似たような境遇だって話をしてた。まさか、本当に似たような境遇になるなんてね。



 あれは八月の最初の日で、私はその頃外出を許可されてなかったから、二階の自分の部屋にいた。折り紙や画用紙やノートの切れ端や、いろんな紙を使って紙飛行機を作って、どれが遠くまで飛ぶ素材か実験してた。


 パパやママの目に届かない場所まで飛んで行ってくれるやつ。中にメッセージを書きたかったけど、見つかったら、もっと酷いことになるってわかってたから、家の広い庭を抜けてずっと遠くへ飛んでいく飛行機が出来ないうちは、我慢してた。


 助けてって、書くつもりだった。誰宛でもない手紙。


 日がな一日窓から紙飛行機を投げていたら、ある時、その紙飛行機を拾った男の子が門扉から、こちらを覗いたの。オレンジ色の綺麗な紙飛行機。

 男の子は物珍しそうに庭や家を眺めてたんだけど、そのうち、私が窓から見ていることに気づいて、持っていた紙飛行機をちょっと掲げて見せた。たぶん、これはキミの飛行機? って聞いたんだと思う。

 私は男の子にわかるように大きく頷いて、そこで待つようにジェスチャーをしてから、部屋から転がるように出た。急がないと、男の子がどこかにいなくなってしまうんじゃないかって不安に思って。


 玄関の扉を開けると、男の子はそこにまだ待っていてくれた。

 私は息を整えると、ゆっくり歩いて門扉に近づいた。


「こんにちは。これはキミの?」

「そう。ありがとう。拾ってくれて」


 門の隙間から紙飛行機が差し込まれて、私はそれを受け取った。

 男の子はよく日焼けをしていて、この夏のほとんどを外で過ごしている匂いがした。


「ここんちの子?ずっと空き家だったけど」

 本当は管理を任されているだけだけど説明が面倒で、私は「うん」と答えた。

「引っ越してきたばかりなの」

「そっか。じゃあ、二学期から同じ学校だね」


 たわいもない話をして、その日は終わり。でも、それから、その子はほぼ毎日来てくれた。

 昼間、パパは仕事に行ってていないし、ママは部屋にこもってて顔を見ないし、その子と二人で部屋で本を読んだり、夏休みの宿題を手伝ったり、楽しかった。夜が来てパパが帰ってくるのが嫌だったから、余計に。


 そのうち、その子も、私の怪我に気づいちゃった。その子が怖がって、もう来てくれなくなるじゃないかって思ってたから、隠してたんだけど。でも、アザだらけなんだもん、仕方ないよね。


 その子は驚いたけど、私のことをすごく心配してくれて、外にいる大人に、例えばその子の両親とか学校の先生に相談しようって言ってくれたの。これからこのまま二人で家を出よう、うちに来たらいいって。


 私は…行けなかった。ママを残してはいけないとか、パパも、もしかしたら一時的に怒りっぽくなってるだけで、今日帰ってきたら、昔の優しいパパに戻ってるかもって…そう思っちゃった。


 あの子とパパは何回か顔を合わせてた。絶対に会わせないようにしなきゃって思ってたんだけど。

 パパは何故かあの子に対して驚くほど優しく振舞っていたから、私たちがパパに暴力を振るわれているって話を、あの子がすぐに信じてくれたのが、今思うと不思議。


 学校が始まったら、始まる時期になったら、何か変わるかもしれない。漠然とそんな期待もあった。

 パパは新しい土地と新しい仕事にストレスを感じていて、家にいてのんびり暮らしているママと私を見て、イライラしているのかもしれないから。



 逃げられないなら、暴力を振るわれないように対策を考えようってあの子は言った。次の日に、真っ新なノートを持ってきてくれて、私が言うことをあの子がノートに書き留めたの。


①家を汚してはいけない

②大きい声で話してはいけない

③遊びにきた子供は六時までに帰らなければならない


そして

④危険を感じたら、マリアの部屋に行ってクローゼットの奥に隠れる。


 危険ならいつでも感じていたのだけれど、ああ、もう、これは殺されてしまうなって感じたら隠れるようにって。マリア、私の部屋のクローゼットには小さな扉があって、その奥には空間があった。私たちの秘密の部屋。少し狭いけれど、子供が一人隠れられるくらいの大きさ。二人で相談して、そこには水とクッキーを入れておいた。あと毛布も。いつでも籠城できるように。


 扉に対してドアノブが上の方についていて、洋服がかかっていると、外からはそのドアノブが見えなくなったから、パパもママもあの秘密の部屋については知らなかったと思う。


 秘密の 部屋にはもう一つ扉があった。ダストシュートって言うのかな、一階にある勝手口の脇にまで滑り降りていけるチューブの入り口。そこから外へ逃げられることもわかった。

 あの子がまず一人で滑り降りて危険がないことを確認して、私も一回だけ滑った。


 ダストシュートにしてはあまり角度が急じゃなくって、滑り台みたいだった。両側の壁に手をつけばスピードを緩めて降りることもできたし。もしかしたら、これはあの子も言っていたのだけど、誰かが逃げるために作ったものかもしれない。


 そう、あの日そこを滑り降りていたら、私は今も生きてたんだと思う。


 あの日は、八月なのに寒い日だった。その週はずっと曇りの日が続いていて、水分を含んだ空気が重苦しかったけれど、気温が低いぶん過ごしやすかったと思う。

 あの子はその日夕方になってやってきた。子犬を連れて。あの子の飼い犬じゃなかった。首輪をしていて、ころころした茶色の、人懐っこい可愛い子だった。種類はわからない。あの子の後を、ずっとついてきちゃったんだって。


 あの子が子犬を抱っこしていて、玄関で私と話をしていたときに、その子犬が急に身をよじってあの子の腕から抜け出ると、すっと私の脇を通り過ぎて家の中に入っていちゃった。


 私とあの子は急いで靴を脱ぐと、子犬を追いかけて家の中に入った。家の奥にはママがいて、子犬を抱き上げてた。暗い家の中で、眼が覚めるような青色のワンピースを着てた。ママは笑ってた。久しぶりに笑顔を見て、私は嬉しくて、少しだけ浮かれてたんだと思う。



 パパが帰って来る前に、あの子を帰せなかった。 遠くで雷が鳴って。バタバタと雨が降り始めてた。


 気がついたらパパが車から降りるところだった。


 急に嵐がやってきて、家中をめちゃめちゃにした、そんな感じだった。


 ごめんね、私もこれから先はよく覚えてないの。帰ってきたパパはとても怒っていて、あの子がいるのに、ママに暴力を振るって。私はあの子を外に出して、玄関に鍵をかけた。家の奥ではママの悲鳴と、怖い音が聞こえてた。


 ママのワンピースは血でところどころ黒く汚れてしまってた。ママを見たのはそれが最後。パパの手にはトンカチが握られてたから、私は急いで自分の部屋に逃げた。あの秘密の部屋に逃げ込むために。



 でも、私が部屋に入ったら。窓の外から、あの子の声が聞こえた。一瞬だけ、一瞬だけと思って窓辺に駆け寄って、あの子と目があって、そして、そこで殺されたの。


 何度も殴られて、倒れて、目の前が真っ暗になって、おしまい。



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